カナリヤ・カラス | ナノ


「ほぅっほっほ。すまんのう、鴉、鴇緒。先日の疲れもまだ癒えていないだろうに」


突然の呼び出しを受け、月の会ビルの応接間に通された二人は、手を組んで笑う福郎の向かいで、どっかりとソファに腰掛けていた。

二人の体には、先日の衝突で出来た傷を覆う包帯が巻かれている。それを眺めて、福郎が口元の皺をより一層深くして笑うと、彼の背後に控えた黒丸と三人の黒服が僅かに身構えた。福郎の挑発的な態度を前に、どちらか――或いは二人が怒り任せに飛び掛かって来るのではと警戒したのだ。
が、二人は福郎に微塵も興味を示してはいなかった。彼等が隙あらば掻こうとしているのは、隣に腰掛ける相手の首。それは誰の眼にも明らかで、故に福郎は、彼等の苛立ちを煽り立てるように笑った。


「まぁ、それを承知で呼び出すだけの話があるのだ。主らにとって、非常に旨い話がの」


言いながら、福郎は手元に置いていた紙束を二つ、鴉と鴇緒に手渡した。それは、ステープラーで簡素に纏められた冊子だった。


「昨夜急に入ってきた仕事での。何でも、第五地区にある大戦貴族の工場が、貿易商会に内密で外と取引をしているらしくての。大戦貴族が相手では動き難いゆえ、ゴミ町でも腕の立つ主らに依頼したいとの事でな。見せしめに工場と、取引用の商船を盛大に破壊してほしいそうだ。大戦貴族を嫌悪するテロに見せかけてのう」


冊子を捲ると、ターゲットとなる大戦貴族の持つ”培養家畜”の加工工場の見取り図と、内部の人間や取引先についてまで事細かに記載されていた。


――この星に遍く命は、その殆どが戦争によって滅びた。牛も、豚も、鶏も、戦火や毒薬、生物兵器によって、死滅した。しかし、命という命を奪い尽くした戦争は、同時に、新たな生命を造り出す技術を生み出していた。

人類は生きる為、バイオエシックスに唾を吐き、禁断のテクノロジーへと手を伸ばした。彼等は残された動物の骨から採取したDNAを素に、絶滅した動物達をクローン技術で復活させたのである。そうして蘇った家畜種の細胞を利用して造られているのが、”培養家畜”だ。

”培養家畜”は、培養液の中で育つ肉だ。ベースとなる動物の形を取る物もあるが、その殆どは肉だけが育つ。肉にする為に動物を育てる旧式の畜産とは違い、肉そのものを育てる。それが現代の主流畜産だ。
動物を育てるより遥かに早く、飼育コストも掛からない為、戦後の市場は”培養家畜”に支配され、今では当たり前の物として食卓に並んでいる。昔ながらのやり方で牛や豚を育て、出荷している場所もあるにはあるが、そうした肉は高級品になる為、庶民の口に入る事は殆ど無い。


斯くして、需要の絶える事のない”培養家畜”産業は多くの企業が着手し、諸外国への輸出量も少なくは無い。しかし、未だ食糧問題は深刻だ。”培養家畜”の遺伝子異常や伝染病、機械の故障といった諸々の事故により、国内供給量が落ち込む事もある。それは他国も同様である為、食料品は外交のカードとしても重宝されている。

その為、壁の中では食品類の輸出量に制限が設けられ、貿易商会でも厳しく管理されているのだが――国産の”培養家畜”は、壁外や他国で高く売れるので、闇に流す者が現れる。件の標的も、工場の生産量を偽装し、密造”培養家畜”を国外に売り捌いていた、との事だ。


ちなみに、その”培養家畜”の密貿易及び、商会への密告にはミツ屋が関与しており、月の会への依頼を商会に勧めたのもハチゾーだ。あの男は、こうして美味い汁だけ啜って飛び去っていくのが上手い。如何にも陽気で豪放磊落な人柄に見えて、あれもゴミ町住人らしく、何処までも性悪だ。


「報酬は総額二億。主らで折半しても一億……悪い話ではあるまい?」


相手は大戦貴族だ。守るべき面子と立場がある人間が直接手を下すには憚れる。故に、鴉達のような人間が動かされる。金さえ与えれば要望に応え、一切の情も持たずに相手を嬲り、反撃を受ける事になろうとも問題もない、使い捨て可能な人間が。

彼らも、それを弁えている。ゴミ町という弾かれ者の町で暮らし、明日死んでもおかしくない日々を過ごしている身で、大層な扱いをしてもらおう等と考えてはいない。此方を見る眼が侮蔑や嘲笑を孕んでいようとも、与えられる仕事が血生臭くとも、満足し得るだけの金があれば、それで良い。


「……俺らに一億ずつじゃなく、総額で二億か」


そう、満足出来ればの話だ。


「っつーこたぁ、掃除屋と金成屋……両方来いとは言われてねぇっつー事だよなァ」



ぱらぱらと捲った冊子を、鴇緒がテーブルに放り投げる。その視線は福郎に真っ直ぐ向けられているが、見据えているのは彼の先。未だ此処に無い札束の山だ。

彼は今、二億という金を全て、その手で掴み取ろうという眼をしている。紙幣一枚たりとも他に渡す事を許さず、手を伸ばそうものなら容赦なく叩き落とす。そんな眼を。


「確かに先方は『金成屋と掃除屋に声を掛けてほしい』とは言っておったが、両方来いとは言っておらぬなぁ。急な話でもあるし、どちらか都合の付く方が捕まればと思ったのであろうが……儂は、主らが協力してやればいいと思うがのぉ」


福郎は顎に手を当て、わざとらしく二人に協力を促した。協力させる気など毛頭ない。それがはっきりと窺える程、福郎の口角は吊り上っている。例え自身の目論みが露見したとしても、二億という報酬を前にした両者は引かない事を、福郎は分かっているのだろう。鴇緒も、そして鴉も、大金とプライドが賭けられた以上、この舞台から降りる事は無い。それが、彼には手に取るように分かっていたのだ。


「『壊し』は俺の専売特許みてぇなモンだぜ、じいさん。金成屋なんて雑務職が来るまでもねぇ。その仕事、俺ら掃除屋だけで十分だ」

「専売特許ついでにテメェの頭も壊れてんのか?壊すだけが能の馬鹿よか、何でも熟せる雑務職のがよっぽどマシだと思うがな」

「ふむ、困ったのう…どちらも共に仕事をする気は無いのか」

「「当然」」


乗せられている事が分かっていようとも、譲れば其処に付け入られる。そういう状況になれば、福郎が何かを企んでいると承知の上で、鴉も鴇緒も乗らざるを得ない。だからこそ福郎は、二人を同時に呼び出したのだ。


「協力出来ぬというなら仕方ない。どちらが請け負うか、主らで決めてくれ。時間はそうないのでな。返事は二日以内に頼むぞ。ほぅっほっほっほ」

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