モノツキ | ナノ



せめてもの慈悲か。皿の上に盛られた料理は、どうにか食べきれそうな量に留められていた。

焼かれたバターロール二つ。ハムエッグ少々とレタスにプチトマト。台所を借りるとは言われたが、はて朝食の材料になるようなものはあっただろうかと思っていたナナミであったが、そう言えば、彼女が此処に上がり込んでくるようになってから、我が家の冷蔵庫は仕事するようになったのであった。
ちょっと前までは常に空っぽで、数年前に賞味期限の切れた残り僅かなジュースくらいしか入っていなかったというのに。

ナナミはバターロールの切れ目に卵を詰めながら、この辺りについてはまぁ、幾らか感謝してもいいだろうと、向いでコーヒーを注ぐ彼女を見遣る。


「あんたも飲むか?」

「ん、ああ……じゃあ一杯」


眠気覚ましが栄養剤ばかりでは体に悪いだろうと、コーヒー用の電気ポットやマグカップが導入されたのも最近のこと。

思えば、随分色んな物が彼女によって持ち込まれてきたが、その割に部屋の中がごたついて見えないのは、彼女が定期的に掃除してくれているからか。
お陰で大掃除イベントが消えたと喜んでいた雇い主のことを思い出しながら、コーヒーの入ったマグカップを受け取ったナナミは、見た目によらず家庭的なところで攻めてくるタイプはギャルゲの外にも存在するのだなと小さく感嘆の息を吐いた。


「今日はこれから出社だろ。着替えはハンガーにかけておいたから」

「着替え……?」

「お前まさか、その格好で外出る気じゃねぇだろうな」


心底呆れ返ったような視線がなぞるは、所々に食べかすやソース汚れが付着した、毛玉だらけのスウェット。
かつての某洗濯機頭の彼に匹敵する小汚さだ。こんな格好で出歩いては、浮浪者と間違われてもおかしくない。最悪、警察に声を掛けられるだろう。

幾ら私服が許されている職場とはいえ、社会人としてこれはあんまりだと、彼女は眉を顰める。


「あんま見苦しい格好してっと、叱られんぞ。帝都管理局局長としてどうなんだってよ」


この小さな世界が、神の箱庭から人間の園に変わって、もう一年が過ぎた。

天地開闢の後、絶対の存在であったつくも神を失うという未曾有の事態に、帝都クロガネはてんやわんやの大騒ぎ。まさに蜂の巣を突いたような混乱状態に陥ったが、意外にも騒乱は早々に治まった。

それは偏に、渦中の人であり、全ての真実を知り得た人物、アマガハラ・ヒナミの活躍が大きい。


アマテラスカンパニー社長としての知名度と信頼。それをフルに活用し、彼女は自ら矢面に立つ覚悟で、己の言葉で世界中に真実を発信した。
その傍らに、ラグナロク首謀者であるマドカ・ナナミと、神殺しを経て新世界の創造主となった、ホシムラ・ヨリコを置いて。ヒナミは、一から十まで全てを語った。

自らの弟が、アマガハラ・テルヒサがモノツキとなったことから、昼行灯という忌み名で裏社会で生きてきた彼が、ナナミ――もといLANや、ヨリコと出会ったこと。
そうして始まった神々の黄昏と、その結末まで、何もかも洗い浚い話した後、あろうことかヒナミは政界進出を宣言した。

かのアマテラスカンパニーが、身内の中からモノツキを出した挙句、それを隠蔽し、彼の死を捏造した挙句、裏社会に放逐。これによりアマテラスカンパニーと、それを率いるアマガハラ家が大きく信頼を欠くことになるにも関わらず、彼女が全てを曝した上で尚、政治家として名乗りを上げたのには、理由があった。


曰く、新たに生まれ変わったこの世界を回していけるのは、自分以外にはいないとヒナミは語った。

つくも神を失ったこの世界は、今後、人の手で回していかなければならない。その為に必要なシステムの設計をナナミが、プログラミングを彼が率いる霊術式プログラマー達が、最終調整を調律師であるヨリコが行っていく。彼等無くしてこの世界は回らない。其処でヒナミは、彼等を中心とする新組織・帝都管理局の設立を提示し、政界への出馬を表明した。

何故、彼女が政治家になる必要があるのか。それは、世界の管轄は一企業が抱えていいものではないという尤もな考えと、新世界創造プラグラムと彼等について理解がある自分こそが、民間・政府と帝都管理局の橋渡しとして最も適任であろうということで。これについては賛否両論飛び交ったが、政治家として携われないのであれば、アマテラスカンパニーが新世界創造プログラムを独占するしかないというヒナミの言葉に誰もが折れた。

世界の全てを掌握出来る技術を独占されては、今度はアマガハラによる独裁政治が始まる。
ヒナミが何故、ナナミとヨリコを引き連れてきたのか。それは、自分が世界を支配することも可能だとアピールする為――言うなれば脅迫も同義だったのだと、人々は膝をついた。

人々が受け入れるにせよ、拒絶するにせよ、ヒナミはどんな手を使ってでも帝都管理局を築き上げ、実権を握るだろう。彼女がナナミとヨリコを携えている以上、それは避けられない。
であれば、早々にこれを帝都政府の一端として組み込んでおくのが得策であろうと、帝都政府はヒナミを受け入れた。


こうして、ついに政界に君臨したヒナミは、私財を投じ、帝都管理局を設立。ナナミは新世界創造プログラムの設計者として、ヒナミから管理局局長として任命され、まさかの大出世を遂げることになった訳だが、彼自身は相変わらず。外に出るようになっても、身なりに気を遣うでもなく、小汚い格好で平然と出社して、暇さえあればゲームに興じている始末。

これでは帝都管理局とヒナミの沽券に関わると彼女は言うが、ナナミの方は露骨に面倒臭そうにしている。


「ヒナミ社長は、仕事さえきっちりしてくれればいいって」

「社外の奴の眼も考えろ。お前、ただでさえ悪目立ちすんだからよ」


言いながら、額をコツンと小突かれると同時に、パソコンの液晶が波紋を起こす。その様を呆れ返った眼で見遣りながら、彼女はバターロールをむしゃりと齧る。


「なんでまた、その頭に戻ったんだ?人間でいた方が何かとスムーズだろ」

「……まぁ、そうには違いないんだけど」

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