モノツキ | ナノ


物語にはハッピーエンドがある。めでたしめでたし。この魔法の一言で、何もかもが素晴らしい終わりというものを迎える。

だが、現実はそうはいかないもので、どんなドラマチックな物事があっても、それでおしまい、とはなってくれず。人生にラスボスというものはいないのだと語るように、今日も世界は波乱万丈。嵐の海の上の船さながらに、俺達を運んでいく。


嗚呼、これが第二期とかセカンドシーズンとか、そういうものであったなら。


そんなことを考えている内に季節は巡り。気が付けば、この世界が人の物になってから一年以上の月日が経過していた。





<おはようお兄ちゃん、朝だよ!おはようお兄ちゃん、朝だよ!早く起きなきゃ、遅刻しちゃうよ〜!!>

「………………」


起き抜けの頭に響く、甲高いアニメ声を拳で止めながら、青年は思った。どんな推しの声でも目覚まし時計にすると殺意が湧くので、精神衛生上の為にこれを使うのは今日限りにしよう、と。愛くるしい笑顔を見せる美少女のイラストがプリントされた目覚まし時計を黙らせ、青年は重い足取りで体を起こした。

時刻は午前十時。早起きを急かされる時間はとうに過ぎているが、昨夜、もとい今朝の就寝時間を思えば十分早起きである。
もっと惰眠を貪りたいところだが、生憎今日は約束がある。相手が相手なので、多少寝坊しても笑って許してくれそうだが、彼女を待たせると別のところから拳骨が飛んでくることは必須。

睡眠時間も大切だが、首関節を痛めることを回避するのはもっと重要だ。ただでさえ万年肩こりを抱えているのだから、これ以上仕事に支障が出ることは避けねばなるまい。
青年は、バキバキに凝り固まった肩をほぐさんと腕を伸ばしながら、緩慢な足取りで洗面所に向かい――扉を開いたところで硬直した。


「おっ、起きたか」

「…………」


暫しローディング。その後、バタンと扉を閉めると、濡れた頭にタオルを当てていた人物が、すぐさま扉を開けてきた。


「何だよ、その顔。アタシがいたら不都合でもあんのか」

「いや……典型的ラブコメディのような展開でありながら、相手が普通に服着た状態でエンカウントしたことにショックを受けているというか」

「はぁ?」

「取り敢えず、あの、離してもらえますか。スウェット伸びちゃう」

「もうこれ以上となくダルッダルだろうが」


何故朝っぱらから、こんな目に遭わなければならないのか。しかも、ただ自宅の洗面所を使おうとしただけで。

胸倉を掴まれ、獣の如き鋭い眼光で睨まれながら、青年は勘弁してくれと力無く項垂れた。

そりゃ誰だって、自分の家の洗面所に招いた覚えのない人間がいたら驚くだろう。何かの間違いではないかと、ドアの一つ二つ閉じるだろう。
それを咎められる理由が一体何処にある。仮にもし、青年の言う典型的なラブコメディのように、相手がタオル一枚、もしくは全裸であったなら、ビンタくらいされてもいいと思えるが。
がっつり服を着ている状態で怒られても、ただただ理不尽でしかない。というか、人の家の風呂を勝手に使ったそっちの方が咎められるべきではないだろうか。

なんて口にしたら、ますます相手の怒りを煽ることになりそうなので、青年が無抵抗を決め込んでいると、朝から血気盛んな彼女は彼の着古したスウェットに物申し始めた。


「こないだ買ってきた服、どうした。あれ着りゃいいだろ」

「…………その辺?」

「ぶっ飛ばすぞ、てめぇ」

「やめて離して乱暴しないで」


つい先月だったか。いくらなんでも小汚いと、衣料量販店から適当に見繕ってきた服を幾らか送り付けられたが、青年はその悉くを洗濯カゴに放り込んだまま放置して、ろくすっぽ袖を通していない。

これは流石に咎められても致し方ない気もするが、そもそも頼んで買ってきてもらった物でもないし、其方のお節介だ――なんて、反論出来たらいいんですがね。


青年は、もう好きにしてと両の手を広げたが、彼女の拳が飛んでくることは無く。締め上げられていた胸元も、あっさりと解放された。


「まぁ、いいや。今に始まったことじゃねぇし」


そう言いながら、首に提げたタオルとカゴの中身を洗濯機に放り込むと、彼女は幾らか水分の残った髪を結い上げ、洗面所を出た。

一歩踏み出す度に揺れ動く、犬の尾のような長い茶髪。其処から香るシャンプーの香りに、青年はそういうとこだけ女らしいのは狡くないかと眉を顰めた。


「台所、借りるぜ。お前も朝飯食うよな、ナナミ」


犬歯を見せて笑う彼女の選択肢は、いつもYES OR はい、だ。
そろそろテキストウィンドウを見る気になれなくなってきましたと天井を仰ぎながら、青年――マドカ・ナナミは「少な目でお願いします」と祈るように返事をした。


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