モノツキ | ナノ


襖を吹き飛ばすような音と、聞き覚えのある声が、室内に転がり込む。
その音に引っ張られるようにして顔を上げてみれば、其処には誰もがよく知る人物が、息を切らせていた。


「ケ……ケイちゃん?」


この場にいる殆どの者が、彼女に会ったのは今年の春先が最初で最後だったが、あまりに強烈な印象であったので、誰も見紛うことはなかった。

らしくもない悲痛に歪んだ顔をしていても、こんな所にいる筈がなくても。彼女はヨリコの唯一無二の親友、ケイナに違いない。

しかし、何故彼女がアマテラス邸に、という一同の疑問は、彼女が自発的に答えてくれた。


「……テレビ見て、あんたが狙われてるって知って……ツキカゲに行ったんだ。したら、ビルが燃やされてて……中に入ろうとしたら、あの人達が」


あの人達というのは、ケイナを此処まで送り届け、案内してくれたヒナミの部下達だった。


つくも神の電波ジャックを見て、居ても立ってもいられず家を飛び出したケイナは、無我夢中で月光ビルまで走った。

確か今日は、ヨリコは休みの日だ。しかし、彼女が自宅にいるとは考えられず、本能のままにケイナはツキカゲへ向かい――其処で、惨劇を目の当たりにした。


神殺しを討たんと武器を持ったモノツキや人の群れ、燃え盛る月光ビル。
夜を食むような炎が上がり、人々の狂気じみた声が谺する其処は、まさに地獄だった。

その渦中にヨリコがいるのではと、炎上するビルの中に突っ込んでいこうとしたところで、ケイナは周囲を張っていたヒナミの部下達に制止され、此処に連れて来られたという。


彼女の話を聞いて、初めて自分達の会社が燃やされたことを知った一同は、ヨリコがいることが知られたら、此処も焼かれてしまうのではと危惧したが、帝都一の大企業を担う一族の屋敷に火を放とうとする輩は中々現れないだろうし、外は警備員達で固められている。
ヨリコが此処にいることが露見したとしても、屋敷が焼かれるまでには至らないだろう。

尤も、危険なことには違いないが――等と思案している内に、ケイナはヨリコの元へ力無く歩み寄り、その場にすとんと座り込んだ。


「……なぁ、嘘だよな、ヨリコ」

「ケイ、ちゃん」

「お前が神殺しだなんて、つくも神の勘違いなんだろ?お前が、生きてるだけでこの世界を壊す存在だなんて、そんな」


ケイナは、未だに信じられなかった。

誰よりも優しいヨリコが、神を殺し、この世界に存在する全ての者を葬る力を持っているだなんて、何かの間違いに決まっている。

そうなんだろう。それなら、はっきり否定してくれと、ケイナは問う。

ヨリコが神殺しでないのなら、自分が声を大にして、それを世界中に伝えよう。全人類一人一人に言って回るのだって、厭いはしない。
こいつはすごく優しい奴で、神様なんて殺せやしないと、喉が枯れるまで主張してやる。

だから、自分は神殺しではないと、ただ一言答えてくれとケイナは待つが、ヨリコは俯き、沈黙している。


「……なんで、黙ってるんだよ」


何も、迷うことはない。間違いなら間違いと、そう言えばいい。
お前は何も悪くはないのだからと、ケイナは震えるヨリコの肩を掴んで、迫る。


「なぁ、ヨリコ!何とか言ってくれよ!!」

「ケイナさん!」

「嘘だって……神殺しなんかじゃないって……そう言ってくれよ!!なぁ!!」


昼行灯の制止を振り払い、ケイナは縋るように吠える。


本当は、彼女とて分かっているのだ。
勘違いでも、誤解でも、人違いでもない。ヨリコは神殺しであるというのは、紛うことなき真実であると。分かっていても、ケイナはヨリコに、否と言って欲しかった。


「じゃないとお前……このままじゃ、殺されちまうじゃねぇかよ……」

「……ケイちゃん」


ツキカゲが焼かれているのを見て、ケイナは痛感した。

このままでは確実に、ヨリコは殺されてしまう。神の為に、この世界の為に。
唯一無二の親友が、誰よりも優しいヨリコが、存在するだけで罪だなんて理由で、殺されてしまう。

そんなこと、死んでも認められなくて、堪えられなくて。ケイナは心底悔しそうに歯を軋らせながら、ぼろぼろと大粒の涙を零した。


「誰よりも優しくて、虫一匹殺せないようなお前が……生きてるだけで二千万人を殺すなんて……そんな訳ねぇのによ……」


彼女より罪深い者など、この世界にはごまんといる。
なのに、どうして彼女一人が死ななければならないのか。何故彼女が、最大の悪と見做されてしまうのか。

こんな不条理、受け入れられやしないと咽び泣くケイナに、ヨリコは応えることが出来なくて。


「ごめん……ごめんね、ケイちゃん……ごめんね……」

「なんで、謝ったりすんだよ……」


ただただ謝ることしか出来ないヨリコに、ケイナはしがみ付くようにして、更に泣いた。


「頼むから、止めてくれよ……。これから世界の為に死ににいくみたいに……止めてくれよぉ……」


どうして、他の誰でもなくヨリコなのか。
彼女はこんなにも優しいのに、どうして生きているだけで罪とされてしまうのか。

分からない、分かりたくもないと哀哭するケイナを見ながら、火縄ガンがぽつりと呟いた。


「……何とか、ならないのカ」


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