モノツキ | ナノ


神殺し、ホシムラ・ヨリコの存在が露見し、つくも神による電波ジャックが起きてからの帝都クロガネは、まさに騒然としていた。


つくも神の恩赦を求め、モノツキ達は身を潜めていた社会の闇から這い出て回り、さながら百鬼夜行。
さしものツキゴロシ達も、これを鎮圧・撃滅する気にはなれず。逆に、モノツキ以上の社会的不穏分子を討つべしと、自らが虐げてきた者達と同調している始末だ。

表の人間達も、神の恩赦がどうこう以前に、この世界そのものを滅ぼしかねない神殺しという存在を危惧しているらしい。
一般人までもが武装して、何処かに神殺しが潜んでいるのではと辺り一帯を練り歩く様が報道されている。


これまで、互いを隔絶してきた表と裏の住人達が、こんな風に一致団結する日が来るとは――なんて皮肉を言う気にもなれず。
ヒナミの部下達にウライチから連れ出され、畳敷きの客室に通されたツキカゲ一同は、悪い夢を流しているようなテレビから目を逸らした。


「…………」

「…………」


重苦しい沈黙の中。誰もが自然と、膝を抱えて座り込むヨリコと、隣に寄り添う昼行灯に視線を向けていた。


馬鹿げた偶然による奇跡のような出会いから始まり、何度も離れそうになりながら、強い引力によって惹かれあい、ようやく結ばれた二人。

それが、抗いようのない運命の奔流に呑まれ、今度こそ完全に分かたれようとしているのだ。


その存在自体が罪だと見做され、神の為、世界の為に葬られようとしているヨリコ。
彼女が此処に匿われていることも、何れ暴き出される。こうして膝を抱えていられるのも、そう長くはない。
何とかして、現状を打破する術を見付けなければ――そうは思えど、所詮ただの人間でしかない彼等に、今回の問題はあまりに大き過ぎた。

未だ、終わりが決まった訳ではない。希望が残っているのなら、最後までそれに齧り付くべきだと、つくも神に反旗を翻してはみせたが、世界の命運、クロガネに生きる二千万人の生死など、手に余るどころの話ではない。
刻々と時間が過ぎる度、目に見えて絶望が深まっていくのを感じて、誰もが口を閉ざしていた。

そんな空気に堪え兼ねたのか。テレビから垂れ流しにされる騒乱を打ち消したかったのか。閑寂の中に、ヨリコの声が落とされた。


「私…………やっぱり、死んでしまうべきなんでしょうか」


さながら一陣の風に吹かれ、煽られた草木のように、誰もが声も出せぬままにざわめいた。

彼女がこう言ってくることは、予測出来ていた。それでも、自ら死を求め、提案してくるのがこんなにも早いとは思わなかったのだ。

総員、返すべき言葉が見付けられず、中途半端に伸ばし掛けた手をそのまま宙で止めたり、僅かに開いた口を噤んだりする。
唯一隣にいた昼行灯だけは、彼女の正気を確めるように「ヨリコさん、」と名を呼んだが。それでも、ヨリコは至って正気だった。


「私は、生きているだけで、世界を滅ぼしてしまう存在で……私がいると、帝都に住むたくさんの人が犠牲になってしまう……。昼さんも、皆さんも……」


ヨリコがヨリコとして正常だからこそ、彼女は自らの死を望んでいる。

自分という存在が、クロガネに住まう二千万人を――何よりも尊び、愛している昼行灯達までも鏖してしまう。彼女にとってそれは、何よりも堪え難いことだ。
例え、どれだけ惨たらしい最期になるとしても、愛する者達を殺すくらいなら、死んでしまいたい。

世界と自分達の身を秤にかけても尚、自分を守ることを選んでくれた昼行灯達に、こんなことを言うのは憚られる。
しかし、このまま自分が籠城していても、外の騒乱は肥大化し、いつか彼等までも呑み込んでしまうだろう。だったら、早い内に決断すべきだと、ヨリコは嘆願する。

どうか自分が死ぬことを、許してくれと。


「それに、私がいるせいで、昼さんは人に戻ることが出来ない……だったら、私――」


されど、彼女の願いは聞き入れられなかった。


「……その先は、絶対に言わないでください」


めちゃくちゃな力加減で掻き抱くようにして、昼行灯は腕の中にヨリコを閉じ込めた。

彼女が、何処にも行ってしまわぬよう。世界や誰かの為に消えてしまわぬよう。震える小さな体を抱きしめながら、昼行灯は必死に哀求する。


「もう……いいじゃないですか。貴方一人を犠牲にしなければならないのなら……こんな世界、壊してしまえばいいじゃないですか」

「昼、さん……」

「どうせ、長らえたところで……奴らの玩具にしかならないのです。ならば、もう……全て、終わらせてしまいましょう」


彼にとって、もう世界なんてものは何の価値も無かった。

忌まわしき神々に弄ばれ、誰かを傷付け、排他しながら廻る絶望の箱庭。こんなもの、ヨリコを犠牲にしてまで保つ必要などない。何なら、今すぐにでも壊れてしまえ。
そんなエゴを振り翳して、醜く追い縋ってでも、昼行灯はヨリコを手放したくなかった。

終焉が目と鼻の先にあると分かっていても。最後の最後まで足掻いて、もがいて、抗って、彼女の傍に在りたかった。


「何もかも忘れて、破滅の時を此処で過ごしましょう。……私は、最期まで貴方の傍に」

「…………駄目です……」


けれど、そんなあまりに罪深い祈りを、ヨリコは受け入れられなくて。
本当は何度でも、何度でも、強く頷いてしまいたい衝動を殺しながら、ヨリコは弱々しく首を横に振る。


「そんなこと、駄目です……絶対に、駄目です…………」


それが、昼行灯にとってどれだけ酷なことか。分かっていても、ヨリコは肯定出来なかった。

最後まで”真実の愛”を貫き、それに殉ずることが出来たら、どれだけ幸福か。考えるだけで眼が眩み、心が揺らぐ。
だが、その一時の幸せの為に犠牲にするものが余りにも大きく、尊くて。ヨリコは涙を流しながら、懸命に拒む。


「私一人の為なんかに、この世界を……皆さんの未来や幸せを犠牲にするなんて……そんなの、私、嫌です……絶対に嫌です……」


その殆どが、名前も顔も知らず。世界の為に自分を殺そうとしていても、ヨリコは彼等を救いたかった。

しかし何よりも、此処にいる――自分の為に世界を滅ぼそうとしてくれた昼行灯や、ツキカゲ社員達。
自分を匿ってくれたヒナミや、これまで良くしてくれた全ての人達の未来や幸福を奪うことなど、ヨリコにはとても出来なかった。


「どうして……どうして貴方は……」


どうして貴方は、そうも、残酷なまでに優しいのか。

言い切るだけの力が出せず、昼行灯はただ、ヨリコを抱き締めることしか出来なかった。


残された時間はあまりに短い。その間だけでも、彼女をこの世界に、自分の胸に縛り付けておきたくて、昼行灯はヨリコを抱き潰してしまいそうなくらい、腕に力を込める。

いっそ、このまま彼女を殺してしまえば――なんて、悍ましいことを思いながら。子供のように泣き出してしまったヨリコを、昼行灯は抱き竦める。

薄紅達はそれを、ただ見ていることしか出来ず、痛ましい静寂の中に、ヨリコの泣き声だけが響いていた。その時。


「ヨリコ!!」

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