モノツキ | ナノ
オフィスには誰もいないが、立ち話も何だろうと昼行灯は応接間に通してくれた。
奇しくも、これまたあの日と同じ。ソファに座って、テーブルを挟んで、向い合って、二人。
こんなシチュエーションも、今ではそう珍しいことでもないのに、運命めいたものを感じてしまう。
だからだろう。妙な意識が働いて、いつものようにと努めようとしてしまうのは。
「さっき、ヒナミさんのお見舞いに行ってきました」
「姉様の」
「はい」
出されたコーヒーを傍らに、ヨリコは普段しているような会話に逃げた。
彼とこうして、その日起きた出来事や、何気なく思った事を話す時間は、いつだって心地が良かった。
この時が失われることを考えれば、ぞっとするくらいに。
「ヒナミさん、かなり回復したみたいで、お見舞いに持って行ったプリンを喜んで食べてくれました」
「……そうでしたか」
「前にヒナミさん、甘いものが好きだって言ってました。和菓子と洋菓子の違いはありますけど、やっぱり姉弟だからそういうとこ似てるのかもって」
「…………そうでしたか」
「…………」
だが、昼行灯には見透かされていたようだった。
普段通り、いつものようにを気取っていることも、無理な作り笑いも。
全てはヨリコの無駄な抗い、意味のない逃避で、彼女がわざわざ此処に来たのは、別の目的があってのことだと、昼行灯は気付いている。
それが分からぬ程、ヨリコは愚かでは無かった。
本題を敢えて先延ばしにしてしまったのは、これから失われるかもしれないものを、最後に噛み締めたかったからだ。
そんな想いで、これまで通りにしようとしたって、ちぐはぐなものにしかならないと分かっていたのに。それでも、拭いきれない恐怖が、ヨリコを臆病にさせていた。
「昼さん、私……」
これを言ってしまえば、何もかもが終わってしまうかもしれない。
それが怖くて、恐ろしくて、この期に及んで尚も口籠るヨリコを見兼ねたのか。はたまた、この空気に堪えられなかったのか。
「……聞いたのですか」
先に切り出したのは、昼行灯の方だった。
「レイラのこと……過去に、此処で私が彼女にしたことを……」
「…………はい」
ヒナミの見舞いに行った、ということから、何もかも推察していたらしい。
流石だと思う反面、こんな時ばかりは彼の鋭さが憎いと、ヨリコは心の奥底で自棄くそ混じりに笑いながら、白状した。
「全て聞きました。昼さんとレイラさんとの間に起きたこと……此処で起きたこと、全て」
かつて此処で、彼は愛した人を手にかけた。
きっと自分を救ってくれるだろうと望みを懸け、手を伸ばし続けた人が此処を離れると知って。裏切られたのだと憤慨し、憎悪を抱き、彼女を殺そうとした。
そこに至るまでの経緯も事情も、何もかも洗い浚い、ヨリコは聞いた。
事の全貌を知らぬ内には、昼行灯に合せる顔が無いと。ヨリコはヒナミから、全てを聞き出した。
それが、彼にとって何を意味するかを知りながら。それでも、自分が彼を救いたいなんて傲慢な願いを持つ以上はと、ヨリコは真実を享受した。
その上で、話したいことがあるのだと彼を訪ねてきたのだが――昼行灯は、その先を許さなかった。
「……そうですか」