モノツキ | ナノ


始まりは、あの日、あの時、あの場所で。

悪ふざけのような運命が、私達を交差させたことから、全てが始まった。


(貴方……モノツキじゃないんですか?)


笑ってしまうような偶然が重なって出来た、奇跡のような出会い。
ほんの少しでも何かが違っていたのなら、私達の道は、一生交わることは無かっただろう。


何処にでもいる、平凡な女子高生。社会の闇に追いやられた、ランプ頭の罪人。

この小さな世界に在りながら、重なる筈のなかった私達。

けれど、あの出会いを境に目まぐるしく変化していった日々と、温度を取り戻した心を眺めていると、深く感じる。

貴方に惹かれ、貴方に恋をしたのも、全ては決められていたこと。私は、貴方に出会うべくして出会ったんだって。
烏滸がましいことかもしれないけれど。馬鹿げているかもしれないけれど。それでも、私は――。


(彼を救えるのは、君以外にいない。誰よりも優しい君ならばきっと……。いや、必ず奴の臆病も、孤独も、変えることが出来るに違いない)

(ヨリコくん。あいつを救えるのは、やはり君だ。その心で、その言葉で……君は、あいつに掛けられた本当の呪縛を解くことが出来ると、私は信じている。
何も不安に思うことはない。君の想いを全て、ありのままに伝えればいい。それであいつは……全てを取り戻すだろう)


私は、信じてみたい。

貴方と出会ったことで私が救われたように、私と出会ったことで貴方も救われるのだと。二人はそういう運命を辿るように、見えない糸で結ばれていたのだと。

そんな、お伽話のような結末を。






かんかん、革靴の底が鉄製の階段を踏む度に小気味良い音を立て、古びた雑居ビルの薄暗い階段を、一人の少女が上っていく。

もう何度こうして、此処を行き来したことか。
初めてこの階段を登った時の緊張や昂揚を思い出しながら、少女は――ヨリコは睫毛を伏せた。


あの日から、一年と少し。もうそれだけ、と思う反面、まだそれだけと感じる時の流れ。
思い返せば何もかもが劇的で、回顧するにもキリがない。思い出せないが、それでも確かに衝撃を受けたこと、心踊らされたことも多々あっただろう。

鮮やかな記憶が代わる代わる、さながら万華鏡のように脳内を彩っていく。
ヨリコは、此処で過ごした激動の日々と、そんな中にも存在した穏やかな日常の光景を回視しながら、扉の前で足を止めた。


「帝都第二地区八番街、月光ビル三階……間違い、なし」


あの日と同じことを呟きながら、あれから幾度も吹き飛ばされては嵌め直されてきた哀れな鉄扉を眺める。

こうしている今だって、あの時のように蹴破られ、何処かの誰かと共にすっ飛んでいきそうな、頼りない一枚の扉。
その向こうに、彼がいる。今日までヨリコを此処に繋ぎ止めてきた、彼が。


「…………」


すぅ、と深く息を吸い込む。
あの時だって、こんなに気を張らなかったろうに――なんて、心の何処かでもう一人の自分が嘲笑っている気がした。

何も知らず、新天地への夢と希望に浮かれていた、かつての自分。あの時の能天気さをそのまま持ち込めていたら、どれだけ気が楽なことだろう。
そんなことを考えたら、無性に可笑しくなってきて、ヨリコはふっと口角を上げた。


そう、可笑しなことだ。誰一人として知ってる人のいない場所へ赴くことよりも、よく知った、親しい人のもとへ向かう方が恐ろしいだなんて。
全くどうかしていると、ヨリコは目を細め、改めて眼前の扉を見据えた。


ちゃちなドアノブを掴んで回して、押し開く。ただそれだけで、世界は切り替わる。

停滞や膠着という安寧に甘んじるこれまでと、全てを崩しかねないリスクを越えた先にしかないこれから。

この期に及んで揺れ動く天秤を制し、ヨリコが選んだのは――。


「…………失礼します」





扉の向こうは、緋色に染まっていた。全てが変わる切っ掛けが生まれた、あの一本道と同じ夕暮れの色。
その中に、やはり彼はいた。


「……ヨリコさん」


夕暮れに溶け込んで、幽かにしか見えない蝋燭の炎。それを囲む黒い鉄と硝子の頭部。

ちょうど、あの日と同じ黒いスーツを見に纏っている彼は、ヨリコの訪問に驚いているようだった。


「今日は……確か、お休みでは」

「はい」


大した用もないのに自分が此処を訪れることも、少なくはない。
しかし、こんな時間に訪ねることはこれまで無かったので、今日は意識から外れていたのだろう。

もしくは――それどころではないと思われていたのか。

ヨリコは、片付けられた茶々子のデスクを一瞥した後、昼行灯へと視線を戻した。


「……今日は、昼さんにお話があって来ました。少し、お時間いいですか?」


精一杯作った笑顔がぎこちないことは、自分でもよく分かった。

それでも、昼行灯がノートパソコンを閉じて応じてくれたことで、ヨリコはようやく肩の力を抜けた。


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