モノツキ | ナノ


(――ろ、やめろ!昼行灯!!)


最初は、何を言われているのかさえ分からなかった。

それ程までに遠く聞こえた、制止の声が、真っ白になっていた頭の中にで言葉になった頃。
己の体の支配権と意識を取り戻した私が見たのは、血に濡れた自身の手と、同じ色をした彼女の姿で。
薄紅達に取り押さえられながら、私は、これはきっと、何か、そう。悪い夢だと考えていた。


私が、彼女を手にかける訳がない。

この呪われ、忌み嫌われた身に寄り添い、微笑みかけてくれた、ただ一人の人を――レイラを、どうして私が、殺したり。


(期待していたのか、彼女に)


そう。私は、期待していたのだ。

誰もが忌み嫌い、嘲り、虐げた私を、彼女は、必要だと言ってくれた。近くにいたいと言ってくれた。力になりたいと言ってくれた。

だから私は――彼女ならばきっと、つくも神にかけられた忌まわしき呪いから、私を救い出してくれるだろうと。私に、真実の愛を与えてくれるだろうと、そう信じて――。


(期待してたのに)

(あのアマガハラ・テルヒサだから、期待して、近寄ったっていうのに)

(でも、もういいわ)

(この人についていけば、私はそれで、階段を上がれるから)

(貴方は、もういいの)


嗚呼、何時から。何時から私は、夢を見ていたのだろう。


彼女が本音を明かした時か。

彼女を問い詰めてしまった時か。

彼女が姉様と繋がっていることを知ってしまった時か。

彼女ならばと心に決めた時か。

彼女を此処に招いた時か。

彼女に手を差し伸べた時か。

彼女に初めて出会った時か――。


一体、何処が幻想と現実の境目なのか。それさえ、今となってはどうでもよくて。どうにも、ならなくて。


(そうか。だからお前は、裏切ったのですか、と言ったのか)


力を失った手から、血まみれの杭が滑り落ちる。

誰よりも愛した彼女を刺し貫いた、杭が。
彼女を殺そうと、握り締めて、振り翳した杭、が、血溜まり、に。


(身勝手な期待を背負わせておきながら、裏切ったなんて)

(一体お前は、何時になったら独りよがりを脱することが出来るんだ)

(なぁ、昼行灯)


床に崩れ落ちて、膝を付く。
一面に広がった彼女の血液が、飛沫を上げる。

そのまま、血の池の底にでも沈んで、死んでしまえばいいと思った。


(彼女に、何の罪があった)


この期に及んで慟哭を上げ、呵責の声を掻き消すような、愚かで惨めで、醜い私など、死んでしまえばいい。

どうせもう、死んだも同然の身なのだから。


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