モノツキ | ナノ



「御馳走様でしたぁ!」


けぷっとヨリコが満足げな笑みを零した。

どら焼きとおしるこに加え、昼行灯がお気に入りだという最中までごちそうになり、実に清々しい御馳走様を言ったところでヨリコは気が付いた。


「ご…ごめんなさい!昼さんのお見舞いの品だけじゃ飽き足らず、最中まで!」

「いえ、いいんですよ」


昼行灯はヨリコに出す緑茶を準備しながら返した。

しかし、本人の許可の元とはいえ、流れに乗っかり人のものをばくばくと食ってしまった事実は、ヨリコとしては恥ずべき行為であり、いいとは言われても頭を下げずにはいられなかった。

頭が空っぽだろうと、一応その程度の良識くらいヨリコにはあるのだ。例え気付くのが遅くとも。


「美味しかったようで、何よりです」

「うぅ…本当にすみません」


顔を赤くして謝罪するヨリコに対し、昼行灯は恐ろしいまでに上機嫌だのように窺えた。

今にもランプの頭から鼻歌が聞こえてきそうなまでに、心なしか声の調子も良い。尤も、それにヨリコが気付くことはなかったが。


「気にしないで下さい。奨めたのは私ですし、それに…美味しい物は誰かと食べた方がより美味しいと言うじゃないですか」

「…昼さん」

「誰かとこうして好きな物を囲み、談笑するなんてこと…随分としていなかったように思えます」


お茶を煎れ終えた昼行灯は、ヨリコの向いに腰かけると、いつものように指を組み合わせた。

だがその指が落ち着きなく動くことはなく、彼の声色同様、全てが穏やかそのものだった。


「私一人でこれを食べているより、とても有意義な時間でした。ありがとうございます、ヨリコさん」


昼行灯は、相変わらずランプ頭だった。

しかし、その向こうには嬉しそうに目を細め、柔らかく笑う男の顔が見えるようで、ヨリコは不思議と胸が温かくなった。

菓子を貪ったことへの罪悪感は未だ拭い切れないが、それでも思い切って昼行灯の元に菓子を届けて良かった、と心底思える。そんな光景だった。


「…私こそ、ありがとうございます」


ヨリコは謝罪ではなく、感謝の意を込めて頭をぺこりと下げた。


「でも、昼さんがあんこが好きってのは意外でした」


数分後。せっかくなので少し話でも、という流れがどことなく始まり、ヨリコは昼行灯に出された茶を啜りながら言った。

昼行灯は頭にぐっ、と矢印的な物が刺さる感じがしたら、ヨリコの言葉に刺はない。


「こう…昼さんってどっちかっていうと洋風なものが好きそうな感じだったので、どっちかと言えばケーキのが好きそうだなって」

「……ケーキも、まぁ嫌いではないですよ」

「じゃあ、逆に嫌いな物ってありますか?」

「………………」


昼行灯は顎に手を置き、しばらく考えていた。ヨリコは向いでワクワクしながらこちらの回答を待っている。

なんだか奇妙な流れになってしまった気がするが、特に問題もないだろうと昼行灯は答えた。


「……漬物、ですかね」

「漬物…って、たくあんとかですか?」

「そうですね。たくあんもそうですけど、キムチとかガリとか…紅生姜も好のましくないですね。
浅漬けならまだ食べられるのですが、進んではあまり口にしないです」


昼行灯は気恥ずかしそうに指で頬を掻きながら答えた。

漬物という幅の広さのせいもあるが、嫌いな物として並ぶ物が多いのでは、と今更ながら後悔の念が出てきた。

好き嫌いが多い男というのはいい印象ではないのでは…と昼行灯はヨリコの様子を恐る恐る窺ってみた。


「またまた意外です。昼さんお漬物が駄目なんですね」


ヨリコは思いの外、笑っていた。

ヨリコの笑顔には沈静効果もあるのか、と思う程に昼行灯の胸からバカらしい不安が消えていった。


「昼さん、あんこが好きだったりお漬物食べれなかったり、意外にお子様だったんですね」

「おこ……」

「もっと私が知らないような高級食材とか出てくるかと思ってました」


三十も近い歳になって、まさか十歳近く歳が離れている子供にお子様呼ばわりされるとは思ってもいなかったのか、昼行灯の顔が固まった。

勿論ヨリコに悪気も悪意もないのだが、それにしてもお子様はないだろう。

なんだか悔しいという気持ちが湧いてきた昼行灯は、自分のことだけ教えるのも癪だ、といった調子で。今度は自分からヨリコに尋ねることにした。


「…では、ヨリコさんに好き嫌いはありますか?」

「勿論ありますよ。えっと、まず好きなものは………」


それに対しヨリコは唇に指を当て、しばらく考えた。

しかし、しばらくするとうーーーんと唸りながらこめかみを抑え、その内頭を抱えるようにして考え出した。

答えがどうにもまとまらないようだった。


「…駄目です。好きなものが多すぎて上手くまとまりそうにありません」


ヨリコはお手上げ、といった調子で顔を上げて溜息を吐いた。

何も好きな食べ物をあげるのにそこまで悩まずとも、と思いながらも、たかが好きな食べ物でそこまで悩むヨリコも愛らしい、と昼行灯は笑いを零した。


「うーん…アイスもクレープもハンバーガーも、たこ焼きも捨てきれないですし…あ、ラーメンもいいですよねぇ。私味噌味が一番好きなんですけど塩も醤油もやっぱりおいしいし…あ、駅前にある焼き芋屋さんもおいしいんですよ!あそこバターたっぷりつけてくれてすっごくおいしいんです!」


口を懸命に回し、身振り手振りも交えて喋る様は、まさに女子高生のそれ。

自分との歳の違いを改めて感じさせられるが、上機嫌な昼行灯は今のところ気にしてはいないようだ。


「では、嫌いな食べ物は?」

「うーん…それも思いつかないかもです」


子供であろうと大人であろうと多かれ少なかれ食べ物の好き嫌いはあるが、次々に好きな食べ物を並べた時と違い、嫌いな食べ物の名前がヨリコの口から出ることはなかった。

先ほど続々と苦手な食べ物をあげた昼行灯の立つ瀬がない。


「私出されたら大体なんでも食べれちゃうので…んー……」

「嫌いなものが特にないというのは素晴らしいことだと思いますよ」

「…えへへ」


こんな他愛のない会話も、ただ流れていく時間も、全てが穏やかだ。

この呪われた身になってから、血眼になり武器を振るい、僅かな隙をつくように言葉巧みに相手を叩き伏せ、そうして殺伐とした毎日を送ってきた昼行灯にはその全てが愛おしく思えた。

ふいに零れる笑みも、ふとした瞬間訪れる沈黙も、中身などあってないようなこの会話も全て。
ヨリコがひとしきり話し、それに相槌を打ったと思えば、思い出したかのようにこちらに話が振られ、それに少し頭を捻りながらも答える。

するとそれにヨリコが驚いたり、時に共感したりと、そんなことを繰り返している内にいつの間にか日は傾き、昼行灯の部屋は夕暮れの色に染まってきた。


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