モノツキ | ナノ




「さて、今度は時間が出来ただろう」


呼び出された先は、ツキカゲの地下室。

主にすすぎあらいが仕事で使う――この会社で最も汚れた場所。清掃を業務としているヨリコも立ち入りを禁じられている、解体部屋。

其処に呼び出された時は、自分がバラされてしまうものだとばかり思っていたシグナルであったが、
扉を開けた先。打ちっぱなしのコンクリートの床に転がるハヤマの姿を見た時。

彼はつまらなそうに壁に凭れていた昼行灯が、何の為に自分を呼び出したのか、悟った。


「依頼人の頼みだ。改めて聞こう………さぁ、どうする。シグナル?」


薄暗い部屋を照らす蝋燭の明かりが、鋭く突き刺さる眼光に感じられる。

温かみの欠片もないその火を、シグナルはよく知っていた。


「この一件…すぐに片付く筈が、お前のお蔭で余計な労力を使うことになった……。クライアントも、まだ仕事が片付かないのかとご立腹だろう」


炎は灯れど、明かりはなく。静かに揺らぐそれが最後の光となり、後には闇が訪れる。

無明の迎え火、という名を現すその火から顔を逸らし、シグナルは昨夜からこの状態なのだろう。抗う気力も失い、ぐったりと床に転がるハヤマを眺め、また、昼行灯へ視線を向けた。


「…俺が、何を言いたいか分かるか?」

「…………」


ここで、分からないと言えば。そこで自分も終わるだろう。

昼行灯が手を下すこともなく――長らく無明の迎え火を見て、その脅威の元に暴れ回っていた、運び屋・シグナルが。
自ら勝手に転げ落ちて、ちょうど目の前のハヤマのように横たわって、終いだ。


そう、運び屋・シグナルがこの帝都から消えるか否かは、全て昼行灯への返事に掛かっている。

致し方なく過ごして日々を捨て。人の顏と名前を捕り戻した今、表の世界でセキ・アオキとして生きていく。
その道を進むことが、今の彼には出来る。そして、許可されている。

髑髏路の依頼により、次を与えられている彼には、選ぶことが出来るのだ。

ここでツキカゲを離れ人として生きていくか、改めてシグナルとして帝都の闇の中を歩んでいくか――。


答えは、扉を開けた時から決まっていた。


「俺ぁよ、昼行灯。この会社に拾われた時から、てめぇのことが嫌いだったぜ」


膝を折って、未だ何か救済が来るものだと期待している。そんな眼をして此方を見るハヤマの首元を掴み、不様に転がる彼の体を起こしてやる。

それを、指先一つ動かすことなく見ている昼行灯の前で、シグナルはまた立ち上がって、深く息を吐いた。


「何も捨てようとせず…取り零すまであれこれ背負っていられる…手に入れられるもんを持て余していられる……。
そういうお前が、見ていてイラついた。色んなモンを捨てて、諦めてきた俺がバカみてぇで…腹が立った。………だけどよ」


ゴッと鈍い音を立て、ハヤマの体がまた、床に転がった。

鼻がひしゃげ、血を垂れ流す顔面に、全力の蹴りを食らった為である。


轡をしているので、ハヤマは叫び声を上げることも出来ず、くぐもった息を零しながら、痛みに悶えることしか出来ていない。
それに気付くと、シグナルはハヤマの口から轡を取ってやり、思う存分悲鳴を上げることが出来るようになった彼にまた、思い切り蹴りを浴びせた。

何度も、何度も、何度も。せっかく声が出せるようになったというのに、その余裕すら与えられず、ハヤマは蹴り続けられ。
昼行灯は、仕事用に使うボイスレコーダーを持ってきた意味はあるだろうかと手持無沙汰気味にそれを手にしていたが。

間もなく、壁に立てかけられている、すすぎあらいが前の仕事で使ったのだろう鉄パイプをシグナルが掴んだと同時に、
あぁやはり、持ってきて正解だったかと、レコーダーのスイッチを入れた。


同時に、ベギンという音が響いて。脚の骨を折られたハヤマの絶叫が谺する中、シグナルは鉄パイプを振り下ろしながら、ぽつぽつと続けた。


「俺は、実際バカだった。お前らに気付かされるまで、何も見えずにいた程度によ……」


昼行灯は、それを聞きながら携帯電話を開いた。

こんな状態で通話する相手は、決まっていた。この仕事を持ち込んできてくれた、ハルイチである。


依頼が来てから数日。もうだいぶ待たせてしまっているクライアントに、無事仕事は片付くが、もう少し時間が掛かると伝えてくれと。
そう彼に頼む為に、昼行灯はハヤマが一つ一つ骨を砕かれていく中、コールボタンに指を添えた。


「……たかが一夜で、頭の出来は変えられやしねぇが。それでも、今は分かんぜ昼行灯。
なんせ、やっかみながら、こうありたいと思っていた奴のお考えだ」


ハルイチとの話を終え、携帯を閉じた頃。

さて、今回のターゲットはどんな顔をしていたかと思い出せなくなる光景の中。
人として生きる道を放棄し、人でなしであり続けることを選んだ彼は、まだ息をして、あらぬ方向へ逃れようとするハヤマの腹を踏み付けると、取り戻した顔に、なんとも言い難い笑みを浮かべた。


なんとも、人間臭い。そうとしか形容しようのない表情に、昼行灯は低く笑い。
それにまた、シグナルは眉間の皺を濃くしながら、にっと口角を吊り上げるのであった。


「……ついでと言っちゃなんだが。もう一つ、俺の次のご希望…聞いちゃもらえねぇか?」


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