モノツキ | ナノ



時々、ふとした瞬間。とても怖くなってしまう。


長年冷たい土の中に閉じ込められているような、孤独の中にいたせいか。
この幸せが、一瞬の夢や幻のように、儚く終わってしまうのではないかと、幸福過ぎる現状が恐ろしくなってしまう。

尊いこの時間が、この場所が、それらを与えてくれる人達が、瞬きしている間に消えてしまうのではないかと。


そんな喜ばしい恐怖心を抱えながら、私はまた、一つの季節を乗り越えようとしていて。

蒸し返す夏の終わり。そこが大きな分岐点になるとは思いもせずに、私は不安を抱えてあの日もツキカゲへ足を運んだのだった。






「えー、という訳で」


きちん、と伸ばした背筋をぺこりと折り曲げ。皺一つないスーツに身を包んだ青年は、一同の前に恭しく頭を下げた。

染めて痛んだ金髪と、両耳を飾るピアスに加え、引き攣った笑顔と、作ったような爽やかな声が生み出す違和感が、一同の腹筋を痛め付け、堪え切れないと数名が噴出す中。
再度頭を上げた青年は、にっこり(本人はそのつもりらしい)と笑みを浮かべて、再度口を開いた。


「今日からお世話になります、新入社員のセキ・アオキです!皆さんよろしくお願いしますっ!………これでいいかよぉお、昼行灯!」

「えぇ、私は満足しました」


やっと聞き慣れた調子に戻った声に、昼行灯はこれまたいつものように、性根の悪さを丁寧な言葉で包んで返し、
静聴…という程、大人しくしていられなかった一同も、改めてと拍手で彼を出迎えた。


「はい、では改めまして。本日から再入社となるシグナルこと、セキ・アオキさんです。
色々あってこうなりましたが、今まで通り……いえ、今までより幅広く業務に取り組んでいただきますので、皆さんお願いしますね」

「「はーーーい」」


夏の終わり。先日、ツキカゲに反旗を翻したことで解雇されたシグナル――もとい、セキ・アオキは、騒動の全てに片をつけた後、再入社面接を無事に乗り越えて、此処にいた。


ミドリが息を引き取り、あれやこれやと病院側が用意している間。全てを失ったシグナルは、さてこの先、自分はどうなってしまうのかと病室の外で呆然としていた。

会社を裏切り、上司たる昼行灯に悪罵を飛ばし、その上で温情に肖って。それでのこのこ会社に戻るなど、どの面を下げて出来るのかと。
というか、まず葬儀場に連絡してくれている薄紅達になんと声を掛けたらいいのかさえ分からない。とにかく、ひたすらに気まずい。

シグナルは人のそれに戻った頭を抱え、全力で考えた。

もうこのまま、素知らぬ顏で逃走してしまおうとか、全員頭を撲ったら上手いこと今回の記憶が抜け落ちてくれやしないかとか。
どうしようもない、無茶苦茶なことばかり浮かぶ頭をがしがしと掻きながら、シグナルはどうするどうすると脳味噌を空回りさせていたのだが――。


「それにしてもシグくん、こんなお顔だったのねー。なんていうか、まんまって感じ」

「おぉい、それどういう意味だ茶々子ぉ」

「イメージ通りっていうかなんていうかぁ…まぁいいじゃない!ともかく再入社おめでとうシグくん」

「そうですそうです!色々おめでとうございます、シグナルさん!」

「……けっ。ま、めでてぇ日のことだ。無礼講にしてやんよ」


悩める彼に差し出されたのは、救済の手…ではなく、電話の受話器であった。


昼さんからです、とヨリコにおずおずと備え付けの公衆電話まで案内され、さぁ何を言われるのかとどんよりとした思いで通話に応じてみれば、
ミドリの葬儀の準備は薄紅達がやるので、外に出てこいと言われた。

これは、いよいよ公開処刑か。

そんなことを思いながら、指示された場所に足を運んだ先。次にシグナルが手に取ることになったのは、義父・ハヤマの屍であった。


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