モノツキ | ナノ


そんなことを、昼行灯は幼少期から中学校までのアルバムや日記を捲りながら、思い出していた。

母の存在を励みに、自分が乗り越えてきた日々を記録したそれらを見ながら、昼行灯はどこか他人事のように、かつての自分を回顧した。


「……母様の顔を見たのも、久し振りだ」


テルヒサの名を、顔を失い、昼行灯となってから。過去の栄華を見て惨めにならないようにと封印したそれらに、思わず苦笑いが漏れる。

少し前の自分であれば、これらを目にしようという考えすら浮かばなかっただろうし、それでもこうして過去と向き合っていたのなら、きっと耐え切れず嘔吐していただろう。


だが、今は大丈夫なのだ。母が言った通り、大丈夫になった今ならば。昼行灯は、眼を背け続けてきたものに対峙することが出来る。

決断まで時間を要したが。それでも、昼行灯はテルヒサであった頃と、自分自身と改めて向き合う覚悟が出来た。


だからこうして、昼行灯は自分の顔だけ蠢く闇に塗り潰されている写真すら、見ることが出来るのだった。


「…こんなとこまで、律儀な呪いだ」


つくも神の呪いは、罪人の顔と名前と、社会的地位を奪う。顏は物へと変わり、名前は新たに授けられ、築き上げられてきたものは全て奪われる。
そうして何もかも失った者が、唯一の免罪符である本物の愛を得ることを阻止すべく、つくも神は罪人が自らの素性を明かせないようにと徹底した呪いを施した。

その結果、モノツキ達は自分の顔や、名前を、自分以外の誰かに伝えることが出来なくなってしまうのだ。


名前を口にしても文字にしても、相手には決して伝わることはなく。
異形と化す前の顔を見せようにも、こうして写真や映像記録には黒い靄のような物がかかって、髪の先すら見せることは叶わらない。

アマガハラ・テルヒサであるが為に苛まれてきた昼行灯には、いっそ関係のないルールであったが。こうして自分の顔が潰されているのを見ると、流石に血の気が引く。


今の状態でもこれだけの精神的ダメージを受けるのだから、以前の自分には耐えられはしなかっただろう。

それでも、これらを処分せずに持ち続けたのは――まだ、期待していたからなのだろう。

待ち望んでいたいつかが来て、これらと対面する時が来ると。嘲りながらも信じていたからなのだろう。


浅はかな、と思いながらも、昼行灯はそれでよかったと思った。

アルバムの中で美しく微笑む母の姿を見て。割り切れないまま、諦めきれないままにここまできて、本当によかったと。昼行灯はそう思った。

例え世界に否定されようとも、自分を受け入れてくれる人が現れて。
その人を、更に求めたいと願う今。自分はどうすべきなのかを模索するのに、過去の教訓は非常に良い教材であった。


アルバムや日記を捲れば、見たくもない自分の姿が見える。

それを睨み付けるように凝視し、ありのままの自分を再認識して。その上で、彼女に――ヨリコにどんな姿勢で向かうべきなのか。
その答えを出す為に、昼行灯は休みを使って、己の過去を見ていた。

忘れかけていた、忘れようとしていた記憶を辿って、昼行灯は新しい自分をどう見せようかと考えていた。


そんな時だった。


「……ん?」


ひら、と捲ったアルバムの間から、一枚紙が落ちた。


年季が入って黄ばんだそれを手に取った瞬間、昼行灯は一人「あ、」と声を上げ。

透き通る帝都の青空の下、忘却の砂塵に塗れていた記憶が、鮮明に彼の頭から掘り起こされたのだった。






ちょうど、あの日もこんな天気の日だった。

季節は今よりも後。秋に入って暫くした、心地よい涼しさを孕んだ風が、金木犀の香りを運ぶ頃。中学三年生のテルヒサは、休日にも関わらず、学校に向かっていた。


あの頃の彼は、特に家にいることを嫌っていた、というより、好いていなかった時期で。休みの日でも解放されている学校の図書室で、彼はよく時間を潰していた。

そこで本を読んだり、家庭教師から出された課題を片付けたり、上っ面の友人と適当に会話したりしながら、彼は奇跡が来るまでの空っぽの時間を過ごしていたのだが。

その日も同様に、制服の学ランを着て、学校までの道程を時間を潰す為にと歩いていたテルヒサは、道すがらとんでもないものを目にしてしまった。


「うっ…えぐ……ふええぇえん………」

「…………」


学校へと通じる銀杏の並木道。そこにしゃがみ込んで泣きじゃくる小さな子供。

それが、摩耗寸前のテルヒサを少し長持ちさせる切っ掛けとなる存在であったことを、昼行灯は床に落ちた紙と、平積みされた日記を見て、深々と思い返すのであった。


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