きっと、いつか | ナノ


拾◇私の事情


部屋に戻り、千鶴ちゃんに事情を説明する。
未来から来たと伝えるとかなりビックリしていたけど
素直な性格なのか、すぐに信じてくれた。

「私も引き続き、この部屋で過ごすことになったの。
元気になったのに居座ることになってごめんね。
迷惑じゃなかった?」

「いえ、むしろ嬉しいです!
一人になったら寂しくなるなと思っていたので…。
よろしくお願いします」

そんな言葉を交わしながら、袴へ着替える。
千鶴ちゃんが着付けてくれてるけど…かなり難しそう。
一人で着られるようになる気がしない。

「いいなぁ、小夜さん…」

私の胸元を見ながら、千鶴ちゃんがポツリと呟く。
この時代の食生活は野菜中心の質素なものだから、付く肉もあまりないのかもしれない。

「うーん、でも男装するってなると邪魔だね…。
ただでさえ袴って難しいのに、男に見えるようにって難易度高すぎるよ」

胸に晒しを巻いて、ウエストに手拭いを巻き付けて
少しでも寸胴体型に見えるように工夫するけど
これを毎日するのかと思うと、既に心が折れそう。
何とか苦戦しながら着付けが終わったときには
真冬だというのに、軽く汗ばんでいた。

洋服が恋しい、ボタンやファスナーが恋しい…。



「そういえば、夜着に着替えさせてくれたのって千鶴ちゃん?
大変だったんじゃない?」

ずっと気になっていたことを聞く。

「はい、私と八木家の若奥様でしました。
私は父が蘭方医で、仕事のお手伝いをしていたので、人の着替えには慣れてますし
若奥様も手伝ってくださったので大丈夫でしたよ」

「そうだったんだ、ありがとう」

着替えを女性の手でしてくれていたことにホッとする。

「らんぽうい、って…蘭方医?
確か杉田玄白とか、そう呼ばれてたような…。
千鶴ちゃんのお父さんってお医者さんなの?」

「そうなんです、蘭方医がどうかしましたか?」

「私、元の時代では看護師って言って、医者のお手伝いをするような仕事をしていたの。
だから何となく、身近に感じて嬉しくって」

千鶴ちゃんの父親に会ったこともないし、今後会えるかも分からないけれど
医療に携わっている人が近くにいることに妙な安心感を覚える。

「そうなんですね!
小夜さんの時代ではどんなことをするんですか?」

千鶴ちゃんも医者の娘なだけあって、医療知識には興味があるみたい。
今よりも技術が進歩して、助かる病気や怪我が増えたこと、平均寿命が80歳を超えていることを分かりやすく説明する。

江戸時代と現代の医療について話ているうちに、気付けば日が暮れかけていた。
久しぶりにたくさん話して、たくさん笑って、気が楽になる。

不安はあるし、分からないことだらけだけど、何とかなるかな。
そう思えるきっかけを作ってくれた、千鶴ちゃんの存在に感謝した。



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