16

 次の日、朝から浮かれていつもの彼らしくない水静に教室中がざわついていた。
あの容赦ない水静の機嫌が何故あれほどいいのか、周りの生徒たちは口々に囁き合う。
そんな教室の様子に目を丸くしながら、日織が水静の隣へとやってきた。
ニヤニヤと笑いを浮かべながら肘で水静を小突く。

「どうしたんだよ、水静。昨日あれから何かあったのか?」
「あぁ、うん、夏祭りが……」
「夏祭り?」

 しまりのない口調でそう答える水静に、日織は訝しげな表情を浮かべる。
夏祭りといえば、去年まで水静が存在をうとましく思っていたイベントの一つだった。
夏祭りがあるせいで、夏になると告白が増えるというのだ。
しかし今現在日織の前に居る水静は、むしろ夏祭りが楽しみで仕方がないというような様子であった。
日織が不思議そうに水静を見つめていると、彼はうっとりしたように口を開いた。

「朔くんと、夏祭り一緒に行くことになって……」
「はあ……結崎と?」

 まだ出会って半年も経っていないが、それでも日織には、朔が夏祭りだというようなイベントを苦手としているだろうことは見てとれた。
まして彼は、自ら人を誘って出かけるような性格でもないはずだ。
ということは、水静が朔を誘ったのか? 幼馴染として長年付き合っている日織としては、水静がそんな行動を取るとも思えない。

「それ、お前が誘ったの?」
「そりゃあ、もちろん」

 返ってきた答えに、やっぱりと思うと同時に戸惑う。
朔の存在が水静をここまで変えるとは思ってもいなかった。
恋ってすげー、と日織は心の中で呟く。とその時、背後に気配を感じた。
ばっと振り向くと、そこには無表情で日織を見つめる朔の姿が。

「あ、結崎、おはよう――」

 微動だにしない朔を見て初めて、日織は自分がいつの間にか朔の席に座っている事に気がついた。
慌てて立ち上がり、朔の肩に手を置いて場所を交代する。

「ごめんごめん、気付かなくて。
結崎もさ、俺が座ってるならそうと言ってくれれば良かったのに」

 そして人懐こい笑顔を浮かべて水静と朔を交互に見やると、ひらひらと手を振って日織は自分の席へと戻っていった。

「あ、朔くん。おはよう」

 しばらく自分の世界へと入り込んでいた水静は、ようやく朔が来たことに気付く。
時計を見ると、もうすぐ朝のホームルームが始まるという時間だった。
いつもは水静と同じ時間帯に学校へ来る朔が、こんな遅刻ギリギリの時間に来るのは珍しい。
というよりも、今まで一度もなかったことである。

「朔くん、朝に何かあった?」

 心配そうに尋ねる水静に朔は、ただ一言「別に」と冷たく返しただけだった。

>>続く

夏が終わるまでに夏祭りの話を書いてしまいたいと思ったが故、頑張って続けて更新いたします!


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