松田のプロポーズ大作戦【後編】【最終章完結】

後編


 #5 松田のプロポーズ大作戦5 - vs 自分自身 -



 トロピカルランドでの一件から一週間が経った。
 キッドの捕獲は失敗し、プロポーズ大作戦も失敗。松田の禁煙はしっかり一週間続いている。


 そんな中──。

「伊達、結婚おめでとー!」

 真っ白のチャペル。
 リンゴンと鳴る鐘の音。
 色とりどりの花びらが舞い、浮ついた笑顔を浮かべるニンゲンがそこかしこで談笑している。

 伊達とナタリーの結婚式だ。

 例の組織殲滅作戦中にプロポーズ、いつメン旅行が終わった直後に入籍し、そして晴れてこの日を迎えた。
 純白のタキシード姿の伊達は「羨ましいぞ!」「ヨッ幸せ者!」「俺にも金髪美女紹介してくれ~」と独身男連中からモミクチャにされている。
 同じく純白のマーメイドラインのウエディングドレスを着たナタリーは、そんな伊達を目を細めて見つめ、「あらあら…」と幸せそうに笑った。

「伊達さんの奥さん、綺麗ね」
「そ、そうですね…でも…さ、佐藤さんも…」
「え?」
「そ、その…き、きれ…」
「オォイ人の結婚式でイチャつくな高木ィ」
「ヒィッヒガシ先輩…すいませぇん!」
「ちょっとヒガシ先輩、自分と結婚してくれるカノジョがいないからって幸せな後輩に当たるのやめた方がいいですって」
「あ? 舐めてンのかミナミィ…」
「ターゲットが俺に変更と…やれやれ…」

 モスグリーンのパーティードレスを着た佐藤にカレピである高木がめろめろに瞳を溶かし、それに諜報部の厄介者が額に青筋を立てて低い声を出した。

 高木は先日佐藤にプロポーズをし、「仕方ないわね…」と耳まで真っ赤にした佐藤によってそれは受理された。
 ので、人の幸福を妬む厄介者からの格好の餌食となっているのだ。

「ていうかヒガシ先輩こないだ一生独身宣言してたじゃないですか。それなのに何で高木たちに当たるんすか」
「ヴィーガンの横で肉食うと怒るだろ」
「嫌な例え」
「一生独身宣言しても花畑野郎を見るとムカつくンだよ…つかヤニ行ってきていいか?」
「何で来たんすかマジで」
「え? 招待されたから」
「変なとこ律儀」
「俺もあそこ(伊達モミクチャ会場)混ざって伊達ンこと可愛がってこようかな…」
「あ、なら俺も行きます。後輩は可愛がってナンボなんで…」
「本当に東南(トンナン)コンビって最低ね…」
「さ、佐藤さん…向こう逃げましょうか…」

 現在はチャペルでの式を終え、主役が出てきたところでフラワーシャワーの儀を取り行っている最中だ。
 にも関わらず、独身男性陣により新郎は新婦から引っぺがされてモミクチャにされている。
 日本の平和を守るオマワリさんたちはこういう時に普段抑えているタガが外れるのだ。

 そして、それはこの五人も。

「班長~オメデトーッ!」
「おう萩原、アリガトな」
「ヒロ、松田。芹沢見なかったか? 見つけたら今スグ捕まえとけ」
「! 分かった」
「…あ? なんでだ?」
「伊達オメデトーッ! ビールかけすんぞー!(ルフィ)」
「ゲッ芹沢…今日はやめてくれマジで!」
「ほら言わんこっちゃない」
「何でお前はいつもビールかけやりたがるンだよ芹沢ァ!」

 正装に身を包んだ男たちは、何を着てもどこに居ても変わらずいつも通り騒いでいた。
 周りからいくら白い目で見られようと、伊達から「この衣装レンタルだから汚すとまずいんだよ!」と斜め上の抗議をされても。

「祝い事ならビールの一本や二本被れってんだ! え、オレなんか間違ったこと言ってる?」
「全部間違ってるからやめろ芹沢」
「は? 松田テメェヘタレのクセにオレに指図してくんじゃねーよ」
「あ?」
「オッもしかして禁煙でイライラしてる?笑 でも仕方ねーよな。あの時お前がマドンナちゃんにプロ…」
「「芹沢、それ以上はいけない」」
「陣平ちゃん落ち着いてね。絶対に落ち着いてね」
「てめぇ…」
「時既にお寿司…」

 話題はあっという間に横に逸れ、伊達vs芹沢の図から松田vs芹沢の構図になった。
 ヘラヘラ笑う芹沢を降谷が「コラ」と制し、諸伏がシレッとビール瓶を回収し、額に青筋を浮かべる松田をヤレヤレ顔の萩原が「オーヨシヨシ」と雑に宥めたところで。

「静かにしてください…」
「アッ…スイマセン…」
「他の参列者の方のご迷惑になりますので…」
「ですよね…ボクら主役じゃないのに何イキってんだって感じっすよね」
「そしてビールかけは絶対にやめてください」
「本当にごめんなさい」
「喧嘩もやめてください」
「…スイマセン」
「神聖なお式ですので」
「本当にそうですよね。ごめんなさい」

 会場スタッフのお姉さんによって五人まとめて怒られた。
 先ほどまでの勢いは一気に失われ、芹沢と松田だけではなく喧嘩を止めようとした三人までもがシュン…と情けなく背中を丸めていた。

 これにナタリーは「あらあら…」と聖母みたいな笑顔を浮かべて右手を頬に添えて小首を傾げた。
 カッコいい男たちが揃ってシュン…となっているのが可愛らしく思えたからだ。

 ビールかけを回避した伊達はその姿を見て胸が痛んだ。もしかして無理して笑ってるのか…? と思い、

「ナタリー本当に悪かった。今スグにアイツら全員式場の外に追い出すからよ」
「? どうして? 楽しくていいじゃない」
「ヨメの心が広すぎて泣きそうだ俺ァ…」
「あらあら…」

 どこまでも人が出来ているナタリーにウル…と両目を潤ませた。

 瞳を潤ませているのは伊達だけではない。

「ナ、ナタリーちゃん…綺麗…」
「アンタいい加減泣き止みなさいよ」
「だってえ…」

 花びらを両手の上にわんさか乗せた女がグズグズ鼻を啜っていた。

 そこにいるだけでハッと息を呑むほどの美しい女である。
 紺のシンプルなパーティードレスが女の美貌をグッと引き立て、細かいビジューがあしらわれた桃色のストールが華やかに肩口を彩っている。
 いつも下ろしている艶やかな髪はアップスタイルに纏められていて、後れ毛がほろりと一房うなじにかかっていた。

「だ、大好きな二人が…幸せになって…、嬉しくて…」
「はいはい…」

 そんな牡丹の乙女は隣に立っていたギャルによって雑に慰められていた。

 もうほとんどのニンゲンが花びらを投げ終わったというのに、なまえは泣くばかりで一向に投げる気配がない。
 それどころか、ギュ…と握った両手の中で花びらはシワシワになっており、これに廣瀬は顔をシワクチャにして「もうこれポイしてもらおうね~」と式場スタッフを呼んだ。

 なまえは依然ボロボロ涙を零している。
 これは例の殲滅作戦の直後、伊達の結婚報告を聞いた時と全く同じであり、

「アンタこれ以上泣くとブスになるわよ」
「泣いても可愛いもん」
「黒い涙出るわよ」
「それはヤ」

 廣瀬の泣き止ませ方もその時と全く同じだった。
 泣きすぎるとアイメイクが落ちて黒い涙が出る。それだけは絶対に嫌なので気合いで涙を止めたのだ。
 なまえは「もうだいじぶ」と丸い声で言いながらハンカチで涙袋をトントン…と押さえ、すかさず廣瀬から差し出された手鏡でメイクのヨレをチェックした。女の子って本当にこういうところがあるのだ。

「泣き止んだかよ」
「うん。陣平も怒られ終わった?」
「おう、まぁな」
「ずっと気になってたんだけど、怒られ≠ェ標準搭載されてるカレシって実際どうなの? アタシだったら恥ずかしくて仕方ないんだけど」
「もう諦めてるからいいの」
「諦められてて草」
「マドンナちゃん泣いててもかわいッ!!!! ていうか言い忘れてたけどドレス姿かわいッ!!!!」
「言い忘れてないよ芹沢くん。もうそれ五回くらい聞いたよ」
「でも本当にマドンナちゃん可愛いね。お兄さんとタバコ吸いに行く?」
「行かない」
「てめぇ萩原ァ…人のモン口説いてんじゃねえぞ…」
「コラ松田。喧嘩するな」
「あのお姉さんコッチ見てるから!」
「やべ」

 スタッフのお姉さんからコッテリ絞られた連中がヘラヘラしながら戻ってきた。

 なまえと廣瀬の周りをグルリと半円状に取り囲むようにして好き勝手に喋り、さっき怒られたお姉さんから目をつけられていると知るや否やお行儀よくネクタイを直したりカフスボタンを弄ったりした。「ボクら、何も悪さしてないですよ?」の仕草である。

 この仕草は八年前、警察学校時代から培われたもので、「コラ伊達班!」「コラ芹沢!」という鬼塚教官の怒鳴り声が聞こえた瞬間、すっとぼけた顔をしながら胸のバッジを弄ったり靴下を伸ばしたりシャツのシワをなぞったりしながら「え? …ボクらですか?」「ボクたち何もしてませんが…何か?」を全力でアピールしていた。そのお陰で回避した雷はいくつもある。大体相手が「お前らなぁ…」と怒りよりも呆れの感情にシフトするからだ。

 これにマドンナちゃんと廣瀬は「本当に男子ってバカね」という顔で目配せをして小首を傾げた。おませな女の子がよくやる仕草だ。



「あ、何か始まるっぽいわよ」

 廣瀬が正面を見てわざとらしく言った。

 マドンナちゃんが其方に視線を向けると、本日の主役である二人が式場スタッフによって誘導され、参列者たちに向かって微笑みかけていた。
 ナタリーが介添人からコソコソと何かのレクチャーを受けている。介添人の挙動からして、今から行われるのはブーケトスだ。

「皆様、お待たせいたしました」

 司会のお姉さんの声がマイク越しに聞こえ、その声にざわめきは徐々に小さくなり、やがて消えた。

 全員の視線は壇上の主役二人に注がれ、伊達が恥ずかしそうに頬を掻いた。
 ナタリーは依然ニコニコしたまま、これから始まる催しに期待を膨らませた。

「ご新婦様から、ブーケを直接お渡ししたい人がいると聞いております。お名前を呼ばれた方は前に出ていただくようお願いいたします」

 司会のお姉さんが勿体ぶったように言った。
 参列者たちは「おお…!」「誰だ誰だ」「俺かな…」「お前ではねぇだろカス死ね」とどよめき、周りをキョロキョロ見渡した。

 なまえは「きゃ」と少女みたいな声を上げながら廣瀬の肩をつつき、「さ、佐藤ちゃんかな…!」と目をキラキラさせながら囁いた。

「何で?」
「ほら、こないだ高木くんからプロポーズされたでしょ。あ、どうしようドキドキしてきた。佐藤ちゃんおめでと~~」
「…このマヌケが」
「えっ」

 興奮して子ウサギのように跳ね、先走って小さく拍手を送るなまえに、廣瀬は冷たく言い捨ててため息をついた。
 己の親友があまりにもマヌケで嫌になったのだ。

 なぜなら。

「…ん?」

 司会のお姉さんの声が告げたのは、このマヌケな子ウサギの名前だったからだ。

「え。…え? なに?」
「いいから行きなさいよ。ほら」
「? 何で?」
「いいから」

 親友から背中を押され、数歩歩いてナタリーの前に立つ。

 背後では「い、今名前呼ばれたのって…」「もしかして警視庁のマドンナちゃん≠カゃない?」「あの?」「えッ生マドンナちゃんかわい…天使かと思った」「後で握手してもらえるかな…」「何でマドンナちゃんが呼ばれたんだ?」と有象無象の声が聞こえる。その大半が警察関係者ではないニンゲンのものである。

 そのタイミングで。なまえと全く同じ表情で首を傾げていた男が一人、「!?」と引っぱたかれたように横でニヤニヤする男たちを見渡し、頓狂な声を上げた。

「待てよお前らまさか…」
「班長と僕たちからのサプライズプレゼントだよ松田」
「発案者は降谷ちゃん。アドバイザーは俺と廣瀬ちゃん。出資者が班長とナタリーちゃんってとこかね」
「オレたちだってゼロと一緒に考えたんだよ。ね、芹沢」
「松田、持ってんだろ? いつも」
「漢見せなさいよ」

 仲間たちは全員ニヤニヤしながら男の肩や背中を叩く。
 スグ目の前には、未だに何も分かっていない様子のカノジョの後ろ姿があり、剥き出しの真っ白のうなじがヤケに眩しく光っていた。


「マドンナちゃん」
「? ナタリーちゃん、これって…」
「お礼を言わせて欲しいの」

 さてナタリーは、未だキョトン…としたままの女にやわく笑いかけ、司会から差し出されたマイクに向かって喋り出した。

「ワタルとのことで不安な時、傍にいてくれてありがとう。たくさん話を聞いてくれてありがとう。励ましてくれてありがとう。いつも仲良くしてくれてありがとう。…お友達になってくれて、ありがとう」

 思い出すのは、数ヶ月前のこと。
 伊達とのことで不安になり、なまえの前で涙を見せたあの日のことだ。

 あの日。弱音を吐いた自分に対して、なまえはキッパリと間違いを正し、それから励ましてくれた。
 朝まで傍にいてくれた。
 あれが、どんなに自分を救ってくれただろうか。どれだけのチカラになっただろうか。
 なまえのお陰で、伊達から正式なプロポーズをされるまで心を折らずに待つことができたのだ。

「大好きよ、マドンナちゃん」
「ナタリーちゃん…」
「マドンナちゃんのお陰で…私、本当に幸せよ」
「………」

 ナタリーの綺麗な蒼の瞳には、薄らと涙の膜が張られていた。
 なまえが釣られたように涙ぐむのを見て、慌てて「だからね、」と付け足す。

「これは、私とワタルからのお礼」
「お礼?」
「今度はマドンナちゃんが、幸せになる番」

 ほっそりした綺麗な手を取り、その手にウエディングブーケを握らせる。

 純白のガーベラと薄桃色の薔薇のブーケである。
 優しくて柔らかい花の香りが鼻腔を擽る。

 それを受け取ったなまえは「…?」と再び首を傾げ、しかし意味深に微笑んだナタリーが指差す方向を振り返って。

「今だ行け、頑張れ!」
「やめろって押すなヒロの旦那!」
「漢見せろ! 死ね!」
「おい誰だ今死ねって言ったヤツ! つーか芹沢ァ!」
「アンタ今日こそは成功させるのよ! 絶対よ!」
「お、おう…」
「陣平ちゃんが爆死したら指差して笑ってからそれアテに酒飲んでやるから」
「縁起でもないこと言うな!」
「松田、頑張れよ」
「…任せとけ」

 友人たちの真ん中でモミクチャにされている男と、目が合った。

 その男は──松田は。
 覚悟を決めたのだろう。すっと一歩前に出て、いつもかけているサングラスを外して胸ポケットに仕舞った。
 深い色の綺麗な瞳は力強い光で満たされていて、「あぁ、私はこの目が好きなんだ…」なんて全然関係ないことを考えた。

 どこかで「オー!?」「マジ!?」「動画回せ誰か!」「オイそこうるせーよ今からオレたちのダチが漢見せんだから静かにしてろボケカス殺すぞ!」「芹沢、アンタの声が一番うるさい!」と声が聞こえ、しかしそれは額縁の外で聞こえるみたいにくぐもって聞こえた。

 後ろでナタリーと伊達が顔を見合わせて笑い、グッ…となまえの両肩を押した。
 一歩、前に出る。目の前の男との距離が一歩分近くなる。


「…俺は、」

 男は言葉を探すようにウロウロと視線を漂わせ、それから肩のチカラを抜いて目の前の女を見据えた。

 あれほど調べ、何度も脳内で練習した歯の浮いた言葉など出てこない。
 ただの、ちっぽけな一人の男の言葉が、口から零れ落ちる。

「俺は…ずっと。ずっとお前だけだ。今までも、これからも」
「……陣平」
「警察学校ん時から、ずっと」
「…………」
「死ぬまで、ずっと。…だから、」

 言葉を切る。ポケットに手を入れ、濃紺の小箱を取り出した。買ったはいいものの、隠し場所に困ったので肌身離さず持ち歩くことにしていたのだ。

 目の前の女は、時が止まったように目をまんまるにして自分を見ていた。
 ギュ…とブーケを胸の前で握って、綺麗なルージュを引いた唇を半開きにして。


 ──愛しい。と思った。


 松田はフッと小さく笑い、かさついた唇を舌で湿らせ。

 シィン…と固唾を呑んでコチラを見る参列者のことなど一切気にせず、目の前の女だけを見つめながら片膝をついた。
 左手に持った小箱を目線の高さまで上げ、中身が見えるように右手で開く。


「結婚してくれ」


 華奢なシルバーのリングについた大粒のダイヤモンドが光った。
 其れは太陽の光を反射してキラキラと眩しく輝く。世界でたった一人の女のためだけに作られた輝きだった。

 なまえは信じられない…といった様子でパチパチ…と大きな瞳を瞬かせ、輝くダイヤモンドを見、それを持つ男の顔を見た。
 深い色の瞳は灼けつくような熱を帯びていて、その真剣な炎に息が詰まった。


「……私は、」

 掠れた声が飛び出た。
 ブーケを持つ手が震える。足が竦んだ。

 驚きと嬉しさと不安と恐怖で頭の中はグチャグチャだった。

 私は、みんなが言うような褒められたニンゲンじゃない。
マドンナちゃん≠ネんて呼ばれているけれど、そんな器じゃない。
 自分勝手で、ワガママで、プライドだけは一丁前に高くて。
 それなのに臆病で、弱くて、ちっぽけな普通の女だ。
 陣平には警察学校時代から散々迷惑をかけて、自分勝手に振り回した。
 この先もきっと、あなたのことを振り回してしまうのに。


「こんな私で、いいの?」


 大きな瞳が不安で揺れた。
 迷子の子どもみたいな表情で佇む女は、警視庁のマドンナちゃんでも、歌舞伎町の女神様でも、警視庁の妖精さんでもなく、ただのちっぽけな一人の女だった。


「お前がいいんだよ」


 松田は目を細めて笑った。

 言っただろ。ずっとお前だけだ…って。
 別にお前のことをマドンナちゃん≠セから好きになったワケじゃない。
 ただのちっぽけな女であるお前に、心から惹かれたんだから…と。

 なまえは再び驚いたようにぱち…とマバタキをして、小さく息を吐いた。
 そっか…と消え入りそうな声で呟き、瞳を閉じる。

 この人は。
 マドンナちゃんでも、女神様でも、妖精さんでもなく。


 ──私≠ェ、いいんだ。


 瞳をゆっくり開いた。
 もう不安も恐怖も、カケラも残っていなかった。

 一歩前に出て、男との距離を縮めて。

「…はい」

 世界一綺麗な顔で微笑んだのだ。



**



「…マジ?」
「マドンナちゃんが…?」
「松田とケッコン…?」

 参列者たちはボソボソ囁き合い、次第にそれは大きくなっていった。

 今まで「ェなになにドッキリ…?」と思いながら、しかしピンと張り詰める空気にゴクリと生唾を呑み込んで様子を窺っていたのだ。

 しかし松田によるプロポーズをなまえが受け、その瞬間本日の主役であるナタリーがダバッと泣いて「よ、良がっだ…!」と伊達に抱きつき、なまえの親友である廣瀬も「ァ…ワァ…!」とその場に汚いちいかわみたいに泣き崩れたため、ようやく「…え、ドッキリじゃなくてガチ…?」と気付いたのだった。

「は? ガチ?」
「待ってあの二人って付き合ってたの?」
「嘘だろ…?」

 呆然とした表情で言ったのは伊達と松田の同僚の捜査一課の刑事たち。

 佐藤と高木を除いた全員が「は? マジ?」「いつから? お前知ってた?」と言い合い、「諜報部サンは知ってました…?」と普段は絶対に話しかけない怖いお兄さん二人組を振り返ったところで、

「ヴ…グズ…嬢ちゃん…」
「お嬢…おめでとう…ヒック…」
「な、泣いてる…!」

 泣く子も黙る最悪な東南(トンナン)コンビが漢泣きをしているのを見て、「あ~~~ガチっぽい」と気付くのだった。
 東南コンビの横にはもう一人の同僚・ちいちゃくてかわゆいマドンナ協会の諜報部員であるティモンくんもいて、大きな瞳をウルウルさせながら「マドンナちゃん…松田くん…おめでとぉ…」とピスピス泣いていた。

 さてティモンくんの(マドンナ協会での)上司・芹沢も、汚いちいかわになった廣瀬の横で「マ、マドンナちゃん…」と佇んでおり、

「これが、オレが見たかった景色なのかも…」

 目の前で笑いあう二人の姿を見て、一粒だけ涙を零した。

 八年間、誰よりも何よりも推し続けた女神が、今まで見たことがないほど幸せそうな顔をして笑っているのだ。
 その横に立つ男はいけすかないヤツだけど親友で、絶対本人には言いたくないが密かに憧れていて、だからこそ二人が付き合ったと知った時には「マァ、松田だったら認めてやってもいいかな…」と思っていた。

 松田は、この八年間ずっと、誰よりも…芹沢よりもずっとマドンナちゃんを支え続けてきた。
 ひたむきに彼女を愛し、支え、想い続けてきた。
 そんな二人が。長い道のりを経て、こうして一つになろうとしている。

「…会長」
「ティモンか…何だよ」
「僕、今この瞬間、ここに立ち会えて…本当に幸せです…」

 ティモンくんがクシクシ泣きながら言った。
 芹沢は軽く笑って「…オレも」と頷き、「一生忘れねーわ、多分」と続けた。

「推し続けてよかった」
「僕もです」
「…ところで、オレたちが今ナニをするべきか分かるか?」
「? …分かりません」

 ティモンくんがポカンとマヌケに首を傾げた。
 見てろ。芹沢は笑って視線を横に向けた。


 芹沢の視線の先には、親友たち  萩原・降谷・諸伏がモミクチャになっており、

「陣平ちゃん! マドンナちゃん! オメデトーーーーッ!」
「松田よくやったな…僕はまた今回も失敗するんじゃないかと気が気じゃなくて…」
「オレも。正直松田本人よりもオレたちの方が緊張してたと思う。笑」
「え、班長、陣平ちゃんのこと胴上げしたいんだけどいい?」
「絶対に怒られるからやめろよ。…気持ちは分かるけどよ」
「胴上げしたい! ワタル、私マドンナちゃんのこと胴上げしたいわ!」
「ナタリーがそう言うなら…」
「意志弱くて草」

 主役であるハズの新郎新婦含めて達成感を分かち合っていた。

 芹沢は未だぺしょぺしょに泣いている廣瀬を「廣瀬ぇ…行くぞ」と無理矢理立たせ、逆側の手でティモンくんの腕を掴み。

「まーぜーて!」

 強引にいつメンたちの輪の中に入っていくのだった。

「ぉわ、何だよ芹沢。重いって」
「退いてくれないか芹沢。僕らは今お前に構っている時間はないんだ」
「は? 諸伏も降谷も冷たいこと言うなって。マドンナちゃんの晴れの日だぜ? オレが出ばらないワケなくね?笑」
「芹沢、悪いが今日は俺とナタリーの晴れ舞台なんだ」
「(無視)だからマドンナちゃん胴上げするならオレもまーぜーて!」
「アッ無視すんのか俺のこと…俺の式なのに…」
「廣瀬も何か言えって」
「おおお…」
「廣瀬ちゃんはもうダメかも笑」

 芹沢が諸伏と降谷の肩にもたれかかり、
 諸伏はその重さに眉を顰め、
 降谷は顔をシワクチャにして嫌がり、
 伊達は無視されて悲しそうな顔をし、
 廣瀬は依然汚いちいかわ泣きを続け、
 ナタリーとティモンくんがはじけるように笑った。


「「…………」」

 壇上の二人は、そんなバカ騒ぎをする連中に顔を見合わせて苦笑し、「何も変わんねえな、アイツら」「ね」と小声で言葉を交わし。

「…俺には、もったいねえな。警視庁のマドンナちゃん=v

 松田は真横にいる女の左手薬指を撫でて瞳を細めた。
 その指には、今しがた受け取ったダイヤモンドがキラキラと眩い光を放っている。

 これになまえはクスクスおかしそうに笑い、「もう、陣平は私のことその名前で呼ばないでよ…」と甘えたみたいに言った。

「陣平の<}ドンナちゃんでしょ、あの日から。…警察学校の卒業式から」
「小っ恥ずかしいこと言うなよ」
「今日はいいの」

 主役を交えてのドンチャン騒ぎに、「そ、そろそろ次のプログラムに…」と式場スタッフがオロオロする声が聞こえる。
 なまえは再びクスクス笑い、松田の手をゆるりと取って、唯一無二の親友たちの方に向かって歩き出す。

 数歩歩いて、足を止める。
 ゆっくり振り返った。
 太陽の光がその美貌に降り注ぎ、キラキラと輝く。
 ストールのビジューが、薬指の大粒のダイヤが、胸元で揺れる模造ダイヤのネックレスが、光る。


「ね、陣平」

 星屑を詰め込んだような瞳が幸せそうに光り、自分を見つめるから。

「世界一愛してくださいな」

 そう言って世界一美しい笑顔を浮かべるから。


「…おう」

 松田は、何度でも恋に落ちるのだ。




【完】



 一年以上続いたこのシリーズもようやく完結です。
 ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。



【お知らせ】

 12月17日のダズンと1月7日のインテに行きたくて本になります。
 今回はR18本です。

 最終章 松田のプロポーズ大作戦編(18話以降の話)と、書き下ろし↓

 ●二人の結婚式編
 ・マドンナちゃんのウエディングドレス姿に松田さんがバグる話
 ・挙式前から大号泣する男たちの話
 ・リングボーイを○○くんが務める話
 ・挙式で永遠を誓う話
 ・マドンナちゃんのブーケトスの行方の話
 ・披露宴開始前から大号泣する男と大激怒する女たちの話
 ・オープニングムービーに司会のお姉さんが困り果てる話
 ・カオスすぎる披露宴の話
 ●初夜編(R18)
 ・今日がとっても楽しかった話
 ・二人のはじめて≠フ話
 ・松田さんがずっと待っていた話
 ●婚姻届提出編
 ・初夜翌日の朝の話
 ・苗字が変わった話
 ●エピローグ
 ・数年後の話

 などなどを詰め込んだ本になります。


【もう一個お知らせ】

 今まで出させていただいたマドンナちゃんシリーズの本

 ・警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり
 ・警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり【番外編詰め合わせ】
 ・警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり【第一章】
 ・警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり【第二章 黒の組織殲滅編】
 ・警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり【最終章】(これが今回の新刊ね)

 計五冊を一つに収納できるブックケースを作りました。
 これも12/17のダズン、1/7のインテに持っていきますので、ご興味ありましたら是非に。
 ちなみにこのブックケースを購入いただくとノベルティで「マドンナ協会 会員証」がもらえます。嬉しいね。

詳しくは次の話に載っけます。

Modoru Back Susumu
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -