お前も無理すんなよ
「ん~! おいしい…!」
「口に合って良かったわ」
「優勝だよ~! 後でレシピ教えて」
数日が経ち、勤務後。なまえはナタリーの家にいた。
正式には伊達の家だが、マァ家主は張り込みで不在なのでそこはどうでもいい。
なまえ・ナタリー・廣瀬は定期的に女子会をしていて、本日はナタリープレゼンツ「ナタリーの母国料理を食べよう」の会である。
ので、こうやってお呼ばれし、ナタリーが作った美味しいご飯をご馳走になっているというワケだ。
ちなみに廣瀬は今朝方「ごめん今日ピッピとデートだった」とドタキャンした。
あの女、毎月のゼクシィ作戦が成功し、とうとう先週サトシくんからプロポーズされたのだ。
なので頭の中は色とりどりのお花が咲き乱れていて、なまえはつい一昨日お祝いのご飯を食べに行ったところ「ねぇねぇ聞いて昨日サトシぴがね」「サトシぴったら結婚式は和装がいいって言うの。でもアタシ的にはやっぱドレスはマストっていうか…」「結婚指輪のブランドが…」と永遠にノロケ話を聞かされてノイローゼになりかけた。
親友の結婚は心の底から嬉しいし何ならちょっと泣きそうなくらい感動したのだが、それ以上にノロケ話でお腹いっぱいになり目を回してしまったのだった。
「だから逆に今日廣瀬ちゃん来なくて良かったかも…ナタリーちゃん溺れちゃうよ」
「感動の海に?」
「ウンザリの海に」
「それは困っちゃうわね」
マドンナちゃんが吐いた毒にナタリーはクスクス笑い、それから「…いいなぁ」と零した。
いいなぁヒロセちゃんとサトシさんは幸せそうで…という気持ちで。
そんなナタリーの反応を見て、なまえは「あら?」と思う。
なまえの知るナタリーは、今の話を聞いた瞬間スグに廣瀬に電話をかけ「お祝いするからデート切り上げてコッチ来なさい! カレシと友達どっちが大事なの!」くらい言いそうなのに…と思ったからだ。
「…何か、元気ない?」
「え? そんなことないわよ」
「ほんとう…?」
誤魔化すように笑ったナタリーだが、現役警察官の目は誤魔化せなかった。
声が普段より少し高い。目が泳いでいる。唇の端が震え、呼吸が浅くて早い。
「ナタリーちゃん」
「………」
「大丈夫?」
マドンナちゃんはおっとりひだまりの声で言い、ひやりとしたナタリーの手を包むように握った。
彼女の冷たい手は少しだけ震えていた。やわやわと指を撫で、少しずつ熱を移す。
「…ご、めん」
「、ぇ」
ぽろり。蒼眼から透明な涙が一雫だけ零れた。
表面張力でギリギリ耐えていたコップから溢れ出したみたいな。そんな涙だった。
心配されたくなくて泣かないように頑張っていたのだろう。
綺麗な瞳からは次々と涙がこぼれ落ちる。防波堤は崩れてしまったようだった。
「ど、どどどどどうしたの」
「、ごめ…ごめんなさい」
なまえは慌てふためき、でも自分が慌てても何の解決にもならないと首を振った。
右手はナタリーの手を握ったまま、反対側の手でティッシュを三枚ほど取り、ソッと差し出した。
「だいじょぶよ。謝らないでね…」
「ごめんな、さい…」
「あ、あやまらないでね。だいじぶ。だいじぶだから…」
幼い子に言い聞かせるように優しく言って手を撫でる。指をあたためる。
ナタリーは静かに肩を震わせ──。次の瞬間ワッ! と声をあげて泣き出してしまった。
「おおおお…」
なまえは低い声を出してオロオロし、ギュ…と目を瞑って「こ、こんな時どうする…!」と心の中で問いかけた。
流石の妖精さんもワンワン泣くお友達を慰める方法を知らなかったからだ。
しかし安心して欲しい。彼女には女の子から死ぬほどモテる心強い知り合いがたくさんいるのだ。
以下、マドンナちゃんの脳内をお送りします。
【お友達の女の子が目の前で泣いています。こんな時どうする!?】
■イマジナリー降谷零の場合
『スマンが泣いても何も解決しないぞ。身体を鍛えれば解決するんじゃないか?』
却下。今スグに解決したいので。
■イマジナリー諸伏景光の場合
『元気出して。…もしかしたら栄養バランスが悪いのかも。このおむすびをお食べ』
却下。既にご飯を食べた後なので。
■イマジナリー芹沢ケイジの場合
『アごめんオレさ、マドンナちゃんのこと以外分かんないカモ😅💦 Chu! 役立たずでゴメン 前頭葉マドンナちゃんに侵されててゴメン』
却下。前頭葉がイカれているので。
■イマジナリー松田陣平の場合
『あ? あに(なに)? 言わなきゃ分かんねーだろバカが』
却下。女の子にバカって言ったらいけないので。
■イマジナリー萩原研二の場合
『どしたん? 話聞こか?』
──審議。
──採用。
「ナタリーちゃんどした? 私でよければお話聞くよ?」
イマジナリー萩原の案を採用した。ちょっとだけイメトレしてから「これだ!」と思ったのだ。
萩原は同期の中で一番モテる。そんなモテ男に標準装備されているのがこの「オレ話聞くよモード」なのだ。
ジッと目を見て、穏やかに微笑みながら小首を傾げる。こうすると女の子は全員、自分が抱えている悩みや愚痴、相談事を隠すことができない仕組みになっている。
パソコンにインテルが入っているのと同じように、モテる男にはこのモードが入っているのだ。
「…実はね、」
さてイマジナリー萩原作戦は成功した。
ナタリーはすんすん鼻を鳴らしてから、ちいちゃな声で話し出したのだ。
今にも消え入りそうな。よく耳を澄まさないと聞き逃してしまう声量である。
「実は私も。ワタルからね、プロポーズされたの…」
「えッ! ……? …あー…それは、えと、おめでたいことじゃないの?」
なまえはワッ🌼 と一瞬で嬉しく喜ばしい気持ちになったが。
しかしナタリーの涙や表情があまりにも喜びから遠いものだったので、戸惑ったまま続きを促した。
「違うの。嬉しかったの。…でも、」
「………」
「結婚したいって言われたけど、でも、まだできないって…」
「え?」
ナタリーは再び両目から涙を零し、つっかえつっかえ話した。
要約するとこうだ。
先日、伊達から「結婚したい」と言われた。
でも、「今じゃない」と。「いつになるか分からない」とも。
理由は一つ。
詳細は言えないが、大切な親友たちと連絡がつかない。
どこかで命を張ってるヤツらがいるんだと。
そんな親友たちがいるのに、自分だけ幸せになるのは違うと。
つまり。
『アイツらがどこかで身体張ってんのに、俺だけ幸せになっちゃいけねーって、思う。本当にゴメンな』
苦しそうな表情で、そう言われたのだ。
「違うの…別に私は今すぐに結婚したいわけじゃないの。違くて。…最近のワタル、ずっと家でも考え込んでて…でも私は警察官じゃないただの一般人だから、何も…何も彼の役に立てなくて…!」
「ナタリーちゃん…」
「私に話せないことがたくさんあるのは知ってる。それが私を守るためだってことも。…でも、」
「………」
ナタリーの気持ちは痛いくらいに伝わってきた。
もし私が彼女の立場なら…と考える。
自分が知れるのはニュースで流れる情報だけ。
大切な人が何で苦しんでいるのか、どう励ませばいいのか分からない。
情報を集めようとしても何も集まらない。
──役に立たない木偶の坊。
「………」
数年前の自分と重なって、胸が張り裂けそうに痛んだ。
しかし続いたナタリーの言葉に。
「…も、もしワタルとお付き合いしてるのが私じゃなくて…。…例えば、マドンナちゃんだったら…もっと彼の力になれたのに…って。よ、寄り添ってあげられたのかなって…」
「っ、!」
なまえは大きく目を見開き。
それから少しだけ寂しそうに笑った。
「そ、んな悲しいこと言わないで」
「…かなしい、こと…?」
「伊達くんは、ナタリーちゃんが大好きなの。愛してるのよ。それこそ結婚したいくらい。…それを、『私じゃない子がカノジョだったら』なんて思っちゃだめ」
「………」
「ナタリーちゃんの気持ちはすごく分かる。…でも、そんな悲しいこと思わないで。私は伊達くんのことが大好きなナタリーちゃんが好きで、ナタリーちゃんのことが大好きな伊達くんが好きなんだから」
「…ごめんなさい」
ナタリーは黙って涙を零した。
握った手は少しだけあたたかくなってきたが、それでも震えは止まらなかった。
なまえはそんなナタリーの美しい横顔を見て、続いて壁掛けの時計を見た。
時刻は夜の九時。そろそろお暇する時間だった。
でも。この家に彼女を一人置いて帰る気にはなれなかった。
きっと一人になると、ナタリーはもっと悪い方に考えがいってしまいそうだったから。
伊達は今日、松田とともに徹夜で事件の張り込みだと聞いている。
きっと早朝フラフラになりながら帰ってくるだろう。
端的に言って、この状態のナタリーを伊達に会わせたくなかった。
二人の仲が拗れるのが一番嫌なのだ。
だってなまえは、お互いを思い合っている二人が心の底から大好きなのだから。
「…ね、ナタリーちゃん」
「……」
「今日、泊まってもいい?」
「ぇ、?」
「ダメかな…?」
ナタリーがパッと顔を上げる。目が合った。
その動作で再び大きな瞳から涙が零れ、ゆっくり頬を伝って落ちた。
「ごめ、気を遣わせちゃって…心配かけて…」
「違うの。あ、もちろんナタリーちゃんが心配なのはそうだけど、でもそれ以上に、私がナタリーちゃんと一緒にいたいの」
なまえは弱々しく眉を下げ、もう一度「ダメかな…?」と繰り返した。
表情に、声に、臆病な甘えを潜ませて。
これは、この数年間でなまえが磨き上げた対カレシ用スキルである。
こうやって弱々しく甘えるとどんな無茶なお願いでも基本的に聞いてもらえる。
甘えたいな…でも気後れするな…でも甘えたいな…みたいな空気に一気に庇護欲が掻き立てられ、気付くと松田は「ッシャ任せろ俺が何でもやってやんよ」と腕まくりをしているのだ。
先日も二人で近所の居酒屋に行った時、お通しに嫌いなカボチャの煮付けが出てきたのだが。
『陣平これ食べて』
『好き嫌いマジで多いなお前。何でコレ嫌いなんだよ』
『ごはんなのに甘いのがヤ』
『ンな意味わからん理由で残すな。せめて一口は食えって』
『…たべなきゃだめ……? うるうる…』
『あ? あに(なに)してんだ早よソレ寄越せ。全部食ってやっから』
『しめしめ…』
と、無事(?)カボチャの煮付けを回避することができた。
ちなみに「うるうる…」も全部口で言ったのだが、松田は視覚情報と醸し出される空気で脳がバグってしまったので全く気にしなかった。
その後の「しめしめ…」も同様である。脳が処理しなかったのだ。
そして、ナタリーも。
「だ、ダメじゃないかも…」
「本当?」
「私も今日、マドンナちゃんと一緒にいたいかも…い、一緒にいてくれる…?」
呆気なく陥落した。
涙が止まったし帰したくないしあわよくば抱けないかしら…と思ってしまったのだ。
この女の魔性にコロッと騙されてしまったのである。
なまえはパッと嬉しそうに笑って、「もちろん」と明るく告げた。
ナタリーの気持ちを少しでも紛らわすことができたようで嬉しかったのだ。
「お、お風呂沸かしてくる…! あと、お客様用のお布団! 用意するわね」
「ありがとう。何か手伝うことある?」
「ううん、大丈夫。…あ、どうしよう何か元気になってきちゃった」
「気分転換になったならいいのよ」
「…え、どうしよう何かすごい楽しい…! お泊まりとか何年ぶりかしら」
「かわいい」
どんなに落ち込んでいても大好きなお友達とお話しすると元気になる。お泊まりだと尚更。
女の子って本当に楽しくてかわゆい生き物なのだ。
まだ心の中では涙を引きずっているはずなのに。ナタリーはるんるんでお風呂を沸かしに行った。
なまえはそんなナタリーの背中を目を細めて見つめ、「あ」と声を出してカバンからスマホを取り出した。
『おう、どうした?』
「ごめんね。今大丈夫?」
きっと伊達と一緒にいるであろう、愛しのカレシに電話をかけたのだ。
多くは語らないが。ナタリーが少し不安定なこと、心配なので泊まること、大丈夫になるまで伊達を帰さないで欲しいこと。
張り込みの邪魔にならないよう、できるだけ手短に状況を説明した。
「…って感じなの。頼まれてくれる?」
『それはいいけどよ。…つーかヨメ(ナタリー)大丈夫なのか?』
「だいぶ落ち着いたみたい…でもまだきっと不安だろうから…」
『そりゃよかった。班長のことは気にすんな。お前も無理すんなよ』
「ありがと」
『おう』
ぶっきらぼうなのに優しさが滲む低い声に、心の奥があたたかくなっていく。
無意識のうちに張り詰めていた糸が緩む感覚。
昼下がりの公園みたいに安心するのだ。
──好きだなぁ
マドンナちゃんはフとそう思い、先ほどナタリーから言われた言葉を反芻し、少しだけ考える。
もし自分が伊達くんと付き合っていたなら…なんて。ここ数年考えたことなかったなぁ…と。
…だって。
「………」
『どうかしたか?』
「ううん。陣平のこと大好きだなーって思っただけよ」
『ン゛ッ』
「なに」
『何でもねぇよ。話しかけんな』
「ねぇすぐそうやって言うのやめて」
『悪ぃ。もう嫌んなっちまうな…』
心の底から、この不器用な男のことが好きで好きでたまらないのだから。
「電気消すわね」
「うん。ありがと」
夜も更けた頃。
交代でお風呂に入り、ナタリーイチオシのヘアオイルを塗りっこし、ちょっとだけお酒を飲み、寝室に用意されたお客様用の敷布団の中に潜り込んだ。
ナタリーは真横のダブルベッドに一人で横になった。
今日は隣にいないデカい男の残り香が鼻を擽る。彼が普段使っているメントールのシャンプーの香りだ。
彼の匂いはするのに本人はいない。女一人で過ごすダブルベッドはいつもより広く感じて、無性に寂しくなった。
「…ねぇ」
「なぁに?」
「やっぱ私、ソッチ行ってもいいかしら…」
「! もちろん」
なまえは少しだけ横にずれ、空いたスペースをぽんぽん叩いた。
寂しくなったのね…とスグに分かったから。
「へへ、お邪魔します」
「…ふふ、せまぁい」
「いいのよ。私たち細いんだから」
「確かに」
狭い一人用の布団にミチミチに収まる。
お互いの髪から全く同じ匂いがして、それがなぜかすごく可笑しくて二人してクスクス笑った。
「やだなんで笑うの」
「ナタリーちゃんが笑うんだもん」
「ねぇほんと狭いんだけど」
「じゃあベッド戻んなよ」
「寂しいからヤ」
「もうわがまま」
「わがままでもいいもん。可愛いから」
「それは本当にそう」
クスクス笑い、どちらからともなく外側の手を相手の肩に回した。
まるで付き合いたてのカップルみたいに抱き付き、月明かりで照らされたお互いの顔を見て再び笑う。
純真無垢だった少女の頃に戻ったみたいにはしゃいだ。
白百合の少女たちは皆、こうやってヒソヒソ内緒の話をするのだ。
「マドンナちゃんすっぴんだとかわいいのね」
「え、それ褒めてる? 棘を感じるんだけど」
「ねぇ私そんなバカみたいなちくちく言葉使わないわよ。普段は綺麗ってことを言いたかったの、分かるでしょ」
「えへへ、分かるぅ」
「可愛すぎて一周回って殺意が湧くわね…」
月の光を反射して輝く肌は眩しかった。
化粧を取った顔はグッと幼くなり、実年齢よりも幾つも若く見える。
そんな女が媚びた甘い声を出すものだから。ナタリーは「これはモテるわ…」と当たり前のことを思い、
「…聞きたいことがあるんだけど、いい?」
ずっと気になっていたことを問うことにした。
「いいよ。なぁに?」
「マツダさんのどこを好きになったの?」
「…え?」
マドンナちゃんは急な質問に一瞬戸惑い、「それはどういう…」と返した。
ナタリーがその質問をしてきた意図がわからなかったからだ。
「だって…あ、これは別にマツダさんを悪く言ってるわけじゃないのよ。…でも、あーごめんなさい、うまく言えないんだけど。その、」
「もっといい人がいたかもって言いたいの?」
「………」
沈黙は肯定の合図だった。
ナタリーの言いたいことはよく分かった。
確かに──こういう言い方はしたくないが──彼よりスペックの高い男から告白されたことなど何度もあった。
特に警察の顔≠やっていた時なんて、芸能人やスポーツ選手やどこぞの御曹司からのお見合いの話もなかったわけじゃない。
それに、元々。最初から松田を好きだったわけじゃない。
ずっと何年も恋焦がれていた男がいたのだ。
「…私ね。ずっと好きな人がいたの。中学から大学くらいまでよ」
「…え?」
マドンナちゃんは懐かしそうに話した。
内緒話をするように声を潜めて。自慢話をするように声を弾ませて。
「ずっとずっと好きだった。その人と釣り合うようになりたくてたくさん頑張ったの。…元々はすごく…あー…根暗だったんだけどね。そういう性格も変えたくて…みんなの中心になれるようにキャラ変して…すごく頑張った」
「…今からは想像できないかも」
「そう? 今でも素はすごく暗いのよ。不器用だし…。でね、たくさんたくさん頑張ったわけだけど、その人にはフラれちゃったの」
「………」
「陣平はね。…詳しくは伏せるんだけど、唯一私の暗くて嫌な部分を知っててね。それで、ずっと傍で応援してくれたんだ。私が自然体でいられるたった一人の人なの。…で。ある時ね、気が付いたの。私が心から好きなのは彼なんだって。自分でもズルくて嫌になっちゃう。ずっと好きだった人にフラれた瞬間乗り換えたみたいなものだから」
「そんなこと、ないわ」
思わず口を挟んでしまった。
なまえの話に引き込まれ、泣きそうになってしまったのだ。
当の本人はケロッとしているが、共感性が高いナタリーにとってはまるで恋愛ドラマを見ているような心地だったのだ。
「…その、好きだった人は贅沢ね。マドンナちゃんくらいいい女をフるなんて」
「カノジョがいたのよ。ずっと」
「そうだったの…」
「誠実でしょ?」
なまえは悪戯っぽく笑い、「私が好きになった人は、二股とか乗り換えをするようなバカな男じゃなかったのよ」と誇らしげに続けた。
「もちろんフラれた時は辛かった。会ったことのないカノジョちゃんに嫉妬もしたよ。たくさん嫌なこと考えちゃった。…でもね、」
「………」
「今ではその人ともいいお友達でいられるのが幸せ。陣平という素敵なカレシと付き合えて幸せ。…それに、そのカノジョちゃんとも仲良くなれて、幸せなの」
「! カノジョちゃんに会ったのね」
「…そう、会ったの。すごくいい子でさ。『こんないい子なら彼が夢中になるのも分かる』って納得しちゃった」
「そっか…」
「大好きなんだ、その子のこと」
「いつか私も会ってみたいな」
「……紹介するね、いつか」
クスクス笑い、目を閉じる。
寝よっか。丸い声でナタリーが言い、そだね。と丸い声で返事をする。
──ねぇ。私はあなたと仲良くなれて幸せよ。
──だから、もう泣かないで。
──私が、全部何とかするから。
なまえは心の中で呟き。重たくなってくる意識に身を任せた。
──何とかする。
──伊達くんの憂いを晴らせば、ナタリーちゃんは心から笑えるでしょ
──つまり。
「ゎらしが、ふゆやくんぉもぉふしくんぉなんろかすゆかぁ(私が降谷くんと諸伏くんをなんとかするから)」
むにゃむにゃとそんな決意を寝言で呟きながら。
ちなみに、これは余談ではあるが。
あくる日の早朝。居眠り運転の車が米花町を突っ切ったが、誰も轢くことはなく。
ただの自損事故として処理されたのだった。
そして。ナタリーの涙を止めるため。
つまり伊達の憂いを晴らすため。
強いては自分の同期を守るため。
この女はとんでもない行動に出るのだ。
そして。この女の知らないところでも、この女のために動き出しているバカ共がいるのだが。
それは、まだ誰も知らない──。
(次回、黒の組織殲滅編
計画始動
)
(前後編でお送りします)