黒の組織殲滅編~計画始動~前編
ナタリーの家に行ってから数週間が経った。
なまえは諜報部の居室で一人。パソコンを睨みつけながら「…なるほどね」と誰に聞かせるまでもない独り言を零していた。
否、正確には一人ではない。彼女の同僚であり、警察学校時代の同期だったティモンくんもいる。
が、彼は数時間前からデスクに突っ伏して仮眠をとっており、もっというと今なまえが睨みつけているパソコンもティモンくんのものである。
では、なまえは現在何をしているのか。
ティモンくんが仮眠をとっている隙を見て彼のパソコンを覗き見し、欲しい情報を頭の中に叩き込んでいるのだ。
なぜなら、現在彼女が集めている情報が公安により厳重に保護されているものであり、そしてティモンくんがその情報を扱っている専門家だからだ。
今までは自分のパソコンからデータベースにアクセスするために毎回ハッキングしていた。
しかし、もうその手間すらも惜しくなって実力行使(ティモンくんのパソコンをカンニングする)に出ることにしたのだ。
なぜそんな実力行使に出ることにしたのか。理由はたった一つ。大好きなナタリーの涙を見てしまったのだから。
ナタリーが泣いていた理由は、同期の安否を憂う伊達の役に立てないというもの。
つまり、ナタリーに再び笑顔を取り戻させるためには、同期──降谷と諸伏をどうにかすればよろしい。
というワケで、こうやってティモンくんの仮眠のタイミングを見計らってカンニングをしているのだ。
ちなみに諜報部にはあと二人──東南(トンナン)コンビと呼ばれる最悪な二人組もいるのだが、彼らは基本的に地方出張とアンミカさんの追っかけをしているので大体居室にいない。ラッキーなことこの上ない環境だった。
「…あ、すいません。ジンをウォッカで割ってください…」
ティモンくんがむにゃむにゃ寝言を言った。デスクに突っ伏したまま、モンエナと眠眠打破とコーヒーの空き缶に埋もれながら。
なまえは「そんなヤンチャな飲み方をするのね…」とドン引きし、スグに「あぁ、お仕事の夢か」と納得した。
彼が担当し、また現在マドンナちゃんが血眼になって調べている組織の幹部は皆お酒の名前で呼ばれるのだ。確かその中にジンとウォッカという名前があった気がする。
ちなみにマドンナちゃんもよくお仕事の夢を見て、「…あ、犯罪シンジケート麒麟組のアジトが絞り込めました」という寝言を言い、その度に松田は「夢で麒麟組のアジト調べてる…麒麟組…キリングミ…Killing meって…コト…? ァ怖~~」と白目を剥きながらちいかわになり、頭を撫でてやっている。そうするとマドンナちゃんは唇をむにむにさせながら黙るからだ。
マァ話が逸れたが。こうやってマドンナちゃんはティモンくんの仮眠のスキマ時間にチマチマ情報を集め、ノートに情報をまとめ(既にノートは警視庁38≠ノなっていた)、自分なりの考えや仮説も含めて同時にまとめていた。
家ではそのノート及び持ち出した資料を読み、考察し、翌日取りに行く情報を絞り、松田に「いい加減寝なさい」と諭されて寝る。
もちろん普段の仕事も休む訳にはいかない。数年前の爆弾事件を追い詰めていた時以上の激務になった。
しかし今回は前回とは違い心強い味方がいる。
「食うのが楽だからってファミチキばっか食うな。メシと野菜を食え」
「タバコ吸いすぎだ減らせ」
「寝るならベッドで寝ろ床で寝るな」
「休みだからって一日中引きこもってねぇで太陽浴びろ」
と、小うるさくチマチマ世話を焼いてくるのだ。
例えるならば、朴念仁の男の子の世話をする幼馴染ヒロインみたいな。
マドンナちゃんは毎回顔をシワクチャにしてイ゛ーッと嫌がるも、嫌がったところで「あ゛?」と怒らりるので仕方なく言うことを聞いていた。
ちなみに松田のこの幼馴染ヒロインモードは警察学校時代の伊達をモデルにしている。
当時、問題児しかいない班を取り仕切るために伊達は、
『メシ食う前には手を洗え。いただきますを言え』
『松田、ベッドの上で菓子を食うな。落ちた食べカスを掃除しろ』
『降谷、筋トレは自分の部屋でしろ。汗で汚れた床を掃除しろ』
『萩原、俺のポケモンのレベル上げを勝手にするな』
『諸伏、寝るなら自分の部屋で寝ろ。帰れ』
と何かと四人のお世話をしてくれた。
ちなみにお分かりの通り伊達はお世話をしている自覚など皆無で、ただただ切実なクレームを入れていただけである。それを松田が勝手に勘違いしているだけだ。ガチャガチャうるせぇな、班長は幼馴染ヒロインか…と大真面目に思っていたのだ。
そして数年経った今は、あの時の班長ってもしかして俺たちのことすげぇ心配してくれてたのかも…と謎の美しい思い出に書き換えられていた。
よくある、いじめっ子がいじめた思い出を忘れて美談にする現象と同じである。
ので、伊達が自分たちに言ってくれたように。
『あんま勝手気まますんなよ』
「あんま無茶ばっかすんなよ」
『…つっても、お前らは話聞いてねぇんだろ』
「…つっても、お前は無茶して頑張るんだろ」
『でも頼む早く帰ってくれよ』
「でも倒れる前に俺に言えよ」
幼馴染ヒロインの顔をしてやわく笑いかけるのだ。
そんな松田の健気なお世話の甲斐があって、目も回るほどの激務だというのになまえは全く疲れていなかった。
もちろん疲労は溜まっているが、それ以上に心が潤っているのである。
例えば三年前は。
疲れすぎて床で寝るため(力尽きるため)身体は常にバキバキ。
ご飯を食べるのも億劫なので食べない。結果倒れる。
仕方なくファミチキを食べる。肌が荒れる。
純粋に孤独。寂しい。
という有様だった。
しかし今は。
どんなに疲れていてもベッドに運ばれるので良質な睡眠が取れる。
ご飯を無理やり食べさせられるので元気。
バランスの良い食事を心がけさせられる。
松田がいる。寂しくない。
という感じで、もう比べ物にならないくらい心身ともに健康なのだ。
調子に乗った大学生風にいうと、QOLが上がっている≠ニいうところだろうか。
「…あ、新情報。…あ、このライ≠チて人FBIなんだ…。NOCリスト見つけちゃった…」
ので、こうして一切のスピードを落とさずにノートに文字を埋めることができている。
三年前は目が霞んでしまったり頭痛に悩まされたりしていたが。
現在マドンナちゃんが食い入るように見ているのはNOCリスト──Non-Official Cover、つまりスパイのリストである。
そのリストが示すところによると、例の組織に潜入しているスパイは(分かっている範囲では)七人。
バーボン、スコッチ、ライ、キール、スタウト、アクアビット、リースリングと書いてある。
全員酒の名前が付けられていることから、この四人はそれ相応の地位につけている者たちだとスグに分かった。
きっとまだ、名前のない下っ端工作員にも何人かスパイはいるのだろうが。
「バーボン…スコッチ…」
コードネームの下に貼ってあったのは知り合いの警察手帳の写真。切ない声が零れ落ちた。
降谷と諸伏。大切で大好きな同期たちが命を張っているのだと改めて認識したのだから。
センチメンタルになってしまった気持ちを振り払い、もっと情報を集めるぞと気合を入れ直した。その時。
「マドンナちゃん!!」
その場の空気をぶち壊すような真っピンクの声が聞こえた。
警察学校時代の同期・マドンナ協会会長・鑑識課のエースの男──芹沢ケイジである。
流行りのセンターパートの黒髪をウェットに固めた美男。左目の下の泣きボクロがとんでもなくセクシーである。
が、この男は俗に言う喋らなければイケメン§gであり、つまり喋ると全てが台無しになる男だった。
「せ、芹沢くん…どしたの…」
「マドンナちゃんに会いに来たんだ」
「そなの…」
マドンナちゃんはオロオロしてティモンくんのパソコンからジリ…と距離をとった。
カンニングしているのがバレたら始末書モノだし、もう二度とカンニングできなくなってしまう恐れがあったからだ。
マァしかし相手は芹沢である。バレたところでマドンナちゃん全肯定のこの男は絶対に上司に密告したりはしない。むしろ「手伝おっか!?」「オレの人脈(協会員)使えばもう秒だから」と言いそうなものである。
実際芹沢は「なんかソワソワしててかわいッ」とめろめろになり、マドンナ協会公式ブログ~今日のマドンナちゃん~に【可愛さに一点の曇りなし】とラオウの最期のセリフみたいな記事を書いた。
それからるんるんウキウキ歩いて距離を詰め、ティモンくんの頭を「起きろ
笑」と乱暴にグリグリやった。「つか寝たフリ下手か笑」と衝撃的な事実を述べて。
「ちょっと会長。バラさないでくださいよ」
「えっ…え、」
「お前羨ましすぎるんだよ。オレだってマドンナちゃんと同じチームで働きたいし寝てる横で作業されたい」
「まって、芹沢くん」
「会長は寝たフリできないでしょ。スグに『マドンナちゃんかわいい』って飛び起きますよ絶対」
「ちょっと…!」
「それはそう」
芹沢とティモンくんは戸惑うマドンナちゃんをガン無視して話した。
なに、戸惑うなまえが新鮮でかわゆくてつい意地悪してしまいたくなったのである。
「なんで無視するの。ならもう私も二人とはお話ししない」
「オレはとんでもない大馬鹿者です…」
「ボクは能無しの廃棄おにぎりです…」
「は? ティモンずりぃって。オレだって前頭葉欠損の車椅子だし」
「芹沢くん何で張り合うの? 誰が得するの?」
「会長って本当に嫌な例え得意ですよね」
「人間性に問題があるんだから仕方なくね?」
「あ、自覚あるんだ…」
なまえは顔をクシャ! とさせて「嫌かも!」と思った。
「かも」レベルで済んでいるのは芹沢のノリにちょっと慣れてきてしまったからである。非常に良くない。
「ていうかティモンくん、ずっと起きてたのね」
「…うん。ごめん。だってボクが起きてたらマドンナちゃん調べ物できないでしょ」
ティモンくんは「ごぇんね(ごめんね)」と舌足らずに告げ、それから凝り固まった身体をほぐすように身を捻った。
この男。なまえが情報を収集しやすいように寝たフリをし続けていたのだ。
もちろんガチで寝てしまうこともあり、さっきの寝言はガチで言ったガチ寝言だった。
というか自分の発したあの恥ずかしい声で目が覚め、「あ、やばい寝てた…」と起き上がろうとしたところで、「だめだマドンナちゃんが一生懸命ボクの画面見てる! 今起きたら邪魔しちゃう!」と慌てて寝たフリをしたのだった。本当に愛いヤツである。
さてなまえは「そだったの…」と眉を下げ、それから「どうして?」と疑問を口にした。
だって自分は絶対機密の情報をカンニングしていた悪い子で、そのカンニングが外にバレたらティモンくんだってクビが飛ぶレベルの処罰を受けるハズなのに…と。
「それはオレから説明するぜ~。ていうかマドンナちゃんに用があったのもその件だし」
芹沢が代わりに答えた。
ハンサムに笑い。それから恭しく右手を胸に当てて腰を折る。
「姫様に紹介したいモノがあります。着いてきて貰えませんか?」
と、上級階級の貴族に使える執事のように言いのけたのだ。
「芹沢くん。ここって…」
「そ、体育館。マドンナちゃんも来たことあるっしょ?」
連れてこられたのは、警視庁の最深部。
地下に作られた訓練場だった。
このフロアには剣道場や柔道場、バスケもできる体育館やトレーニングルームが集まっており、なまえもよく昼休みに捜査一課の佐藤と一緒に稽古をしたり卓球遊びをしたり…と利用していた。
芹沢が案内したのは、このフロアで一番の面積を占める体育館だった。
両開きの重たい鉄の扉はピッタリと閉まっており、中から音はしない。誰もいないようだった。
少しだけ不安になって後ろを振り返る。しんがりを務めるティモンくんが「マドンナちゃんきっと喜ぶよぉ」とかわゆく笑った。
「マドンナちゃん。オレたちからのプレゼントです。受け取って欲しい」
扉に手をかけた芹沢がクッと瞳に力を入れて言う。
目と眉の距離が近くなり、それがヤケにセクシーに見えた。
「ボクらの答えがコレなんだ」
芹沢と逆側の扉に手をかけたのはティモンくんだ。
ぴょこぴょこ立つアホ毛がかわゆく揺れ、顔の幼さがより強調された。
「「せーの!」」
二人によって開けられた扉の奥。
そこに広がった光景を見て。なまえは「…え?」とタップリ三秒フリーズした。
何故って。
「オーッ! 来たなマドンナちゃん」
「ちょっとウシジマくん。副会長のボクを押しのけて喋らないでくれる!」
「副会長、うるさいカモ🌼」
「我、感激の嵐…(マドンナちゃんに会えてとっても嬉しいです)」
無人だと思っていた体育館の中は、大勢のニンゲンで溢れかえっていたからだ。
一番先頭でコチラに笑いかけるのは、警察学校時代芹沢とともに幹部≠名乗っていた初期メンバーの男たち。
幹部たちは全員、芹沢と同様に入学式でマドンナちゃんに一目惚れして大騒ぎした結果、誰よりも早く罰則を喰らったバカ共である。
お互いのことは役職名かコードネームで呼び合い、各々キャッチコピーとマニフェストを掲げている。
会長:芹沢ケイジ(唯一の本名)
キャッチコピー:マドンナちゃんに全てを捧げたスーパーヒーロー
マニフェスト:マドンナちゃんの結婚式でリングボーイ
副会長:シンパチ(悪口)
キャッチコピー:地味眼鏡ツッコミ委員長
マニフェスト:マドンナ教典を国家検定教科書に
参謀:ルシファー(自称)
キャッチコピー:厨二病でも恋がしたい
マニフェスト:妖精の騎士となり正義の剣を振るいます
掃除屋:ウシジマ(酷似)
キャッチコピー:汚イ仕事、請ケ負イ
マニフェスト:何デモヤリ
いきものがかり:ピータン(好物)
キャッチコピー:サイコパス似非ヒソカ
マニフェスト:みんなを笑顔にします🌼
イカレたメンバー紹介のようになってしまったが、彼らは本気の本気で大真面目である。
ここでもう少しだけ幹部たちについて説明する。
「サプライズ成功して嬉しッ! ビックリしてるマドンナちゃん可愛いッ! ちょっとオレ歌っていい? それではお聞きください。YOASOBIのアイドル…」
「やめてね…歌わないでね…」
「ごめん。いつも」
芹沢についてはもう今更なので省略。喋らなければ完璧。つまり喋ると全てが台無しのハンサムである。以上。
「マドンナちゃん今どんな気持ちですか? 来月の『マドンナ教典・第三十版』にインタビュー記事を載せたいんだ」
「ここでインタビューしないでねシンパチくん」
「ごめんなさい。アポを取ります…」
「そうじゃなくてね…まずここに呼ばれた理由を教えて欲しいかも…」
副会長のシンパチくんは、キャッチコピー通りの地味で冴えない眼鏡くんである。
つまりは、黒髪の坊ちゃん刈り、丸いフチなしの眼鏡をかけている。
ので、悪口として「シンパチ」の名を冠することになった。
だがその実、書類仕事に関しては協会イチの腕前を誇り、百ページに渡るマドンナ教典(協会のルールの他、マドンナちゃんの好きな動物や色やその他諸々が記載されているファンブック)の執筆者であり、現在はマドンナ協会員たちの名簿管理や予算関係の仕事をやっている。
ちなみに本業は東北地方の警察署で総務部に所属する敏腕経理であり、本日は有給を使ってここまで来た。
「美と愛の女神…(マドンナちゃんは相変わらずお美しいと思いました)」
「…んと、褒めてくれてるんだよね? ありがとうルシファーくん」
「! 舞い降りた天使(エンジェル)…曇天(嘆きの空)を貫いた希望(うた)…」
「水樹奈々の歌詞みたいなこと言ってる…!」
参謀のルシファーくんは、マァお分かりの通り重度の厨二病患者である。
目元が隠れるほど伸ばした濃い紫色の前髪・独特の痛々しい口調。鞄の中には常になろう系の小説が入っており、現在の愛読書はムーニーマン・ゆめ先生の「この世界のマドンナに好かれていますがダンジョン攻略に真剣なので困っています」だ。
彼はよく意味のわからない言い回しをするが、強めに「あ?」と睨まれれば「すみませんトイレに行きたいと言いました…」などとしっかり敬語でお話しできるので、何を言ってるか分からなかったら睨んでみてネ。
ちなみに彼はティモンくんの(協会内での)上司であり、主にマドンナちゃん本人についてや彼女を取り巻く有象無象の情報をまとめ、発信する仕事をしている。
本業は九州地方の警察署で生活安全課に所属し、主に不良少年少女関係のお仕事をしている。彼も本日は有給を使ってここまできた。
「マドンナちゃん、ちゃんと寝てるんか? 俺ん家で取れた花で作ったポプリまた送るな」
「ありがとうウシジマくん。優しいね」
「ングッ! 可愛いッ! 好きだ!」
「あ、ありがとう…でも叫ばないでね」
掃除屋のウシジマくんは、その名の通り某金融マンガの主人公に酷似していることからその名が付けられた。
なんなら本家のウシジマくんよりもイカつい。
身長は二メートルを超す大男であり、警察学校時代はその丸太のような腕でマドンナちゃんを邪な目で見る不届き者を成敗してきた。ちなみに趣味はガーデニングであり、マドンナちゃんと植物しか愛せない悲しきモンスターだ。
お分かりの通り、現在の(協会での)仕事は、教典違反者(主にマドンナちゃんに仇なす者)の粛清・掃除である。
本業は関西地方の警察署で組織犯罪対策課に所属。マァ平たくいうと、対ヤクザ屋さんチームだ。
数年前まで実際にヤクザ屋さんに潜入していたこともあり、服で隠れた部分はビッシリとイレズミが入っている。
「マドンナちゃんちょっと疲れてる? いいサプリあるけど紹介しようか?」
「ピータンくんありがとう。…念の為聞くけどもちろん合法よね?」
「ん? アメリカでは合法」
「やめとくね…」
最後の一人。ピータンくんである。
茶髪マッシュ。セプタムピアスをつけた尖った鼻。
彼の協会での仕事は「いきものがかり」である。それ以上でもそれ以下でもない。別に思いつかなかったワケではない。
本業は中国地方の警察署で麻薬捜査官をやっている。
彼もウシジマくん同様、服で隠れた部分はビッシリとイレズミが入っており、それを詳しく聞こうとすると「本当に知りたいの?」と真っ黒の瞳で言われるので気をつけようネ。
そんな(一部除いて)怖いお兄さん集団が唯一メロメロになっているのが、このマドンナちゃんなのである。
警察学校の入学式で一目惚れし大騒ぎ。前代未聞の「入学式なのに教官にペナルティを喰らったバカ共」である。
さてそんなバカ共の後ろには。
「え、アレがマドンナちゃん!?」
「テレビで見るより五億倍キレーで草」
「ヨッ大統領!」
「は? 誰だ今『大統領』っつったヤツ。せめて女王陛下にしろ」
「女王陛下バンザイ! 女王陛下バンザイ!」
百人を優に超えるニンゲンたちが、口々に好き勝手言いながらマドンナちゃんを見つめていた。
歓喜と憧れと敬愛と恋慕と期待の入り混じった瞳で。
「……? 芹沢くん、これって…」
「オレたちから、マドンナちゃんへのプレゼント」
戸惑いまくるマドンナちゃんの肩を、芹沢はハンサムに笑いながら軽く叩いた。
再びティモンくんも逆側の肩を叩き、かわゆく笑った。
「マドンナちゃんの手となり足となる。不眠不休労働ロボット」
「ボクたち、マドンナ協会員。全員が、マドンナちゃんの協力者になります!」
「ただいま…」
「…どうした?」
その日の夜。
遅くに帰ってきたマドンナちゃんを迎えた松田は、いつもと様子が違うカノジョの姿に慌てて駆け寄った。
美しい顔は伏せられており、パサついた髪からアホ毛がいくつか飛び出ている。
ブツブツ何かを呟く唇は乾燥しており、明らかにキャパオーバー≠フ何かがあったのだと分かった。
「は、腹減ってんのか?」
「タバコか? 吸うか?」
「喉渇いたのか?」
「風呂沸かすか?」
「! ま、まさか性欲が溜まってんのか? 俺はいつでもいけます」
首振り人形と化したカノジョの周りをグルグルし、案を出しては首を振られ、盛大に汗を流しながら困り果てた松田は。
「陣平…」
「ぅお。…え、抱いていいのか?」
ピトッ…と抱きつかれたことにより一気に脳が真っピンクになった。
自分を見上げる美貌にグラグラと全身の血が沸騰するように高揚し、華奢な肩に手を回したのだが。
「そういう気分じゃない」
「…そ、そうだよな…」
武士みたいな顔でバッサリ斬られ、玉砕した。
マァそんな気分じゃないことくらい薄々分かってたけど…と。
だってセックスしたいって思ってる時のお前ってもっといやらしいし…と。
でもダメ元で期待するくらいよくないか…と。
モダモダそんなことを考え、「…で、どうしたよ」と未だ子ウサギみたいにひっついたままのカノジョを見下ろした。
「あ…あのね」
「おう。やっぱ抱かれたくなったか?」
「もう話が進まないからスルーしていい?」
「いいぜ。もう自分でも嫌になってたとこだからよ」
「あ、自分でも嫌なんだ…」
さて小ウサギは、何から言えばいいかしら…と少しだけ黙って考え。
「陣平に許可を貰いたいことと、…あと、力を貸して欲しいことがあるの」
いきなり本題を切り出した。
松田はその唐突な申し出に「!」と目を見開き。
黙って目頭を抑え、目を閉じた。
「どしたの…? ヤだった…?」
「逆」
「え?」
逆である。
つまり、この上なく嬉しかったのだ。
この、プライドが富士山よりも高く、石より頑固で、全てを自分一人のチカラでやろうとする努力の女が。
初めて自分を頼ってくれたことが。
「何でも言え。俺で良ければ力んなるぜ」
精一杯カッコつけてそう言い、子ウサギのちいちゃな頭をグリグリ撫でた。
今まで一人で背負ってきた大荷物を自分の背にも預けてくれるのだ。
カレシ冥利に尽きるとはこのことだった。
さて。
芹沢とティモンくんから申し出された協力者≠ニは何だったのか。
なまえがなぜキャパオーバーになったのか。
そしてなまえが松田にお願いした許可を貰いたいこと≠ニ力を貸して欲しいこと≠ニは何なのか。
それは、次話「黒の組織殲滅編
計画始動
後編」を読めば全てわかるようになっている。
(ぶっちゃけ次の話のせいで「殲滅」なんていう物騒な名前になりました。Chu!倫理観がなくてゴメン 道徳心が欠如しててゴメン)
(次の話はきっと誰も読んだことのない地獄の肥溜めみたいな話なので思いっきり振り落とされる人が出てきそう。選民してしまうかも)