事件と同棲と妄想と女王様

2023.5.4
超秘密の裏稼業 2023 にて本になります!
pixivに掲載済の【第一章1~10話】の加筆修正(約12万文字)+書き下ろし(約3万文字)の計約15万文字の本となります。


【書き下ろし詳細】
●後日談@:クイーン事件
 ・由美ちゃんと廣瀬(交通課ギャルズ)が乗り込んでくる話
 ・マドンナちゃんの大学時代の話
 ・クイーン先輩≠フ由来の話
 ・芹沢と廣瀬と由美ちゃんと美和子ちゃんが大暴走する話
●後日談A:同棲と妄想と女王様
 ・同棲生活の話
 ・松田がマドンナちゃんの私服で大妄想する話
 ・松田がとんでもない衣装を見つけてしまう話
 ・それを着てえっちなことをされる話
●警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり 第二章プロローグ




↓書き下ろしの内、約1.6万文字を掲載↓
(サイト掲載用に行間等は変えております。)






【後日談@】
 クイーン事件



 マドンナちゃんが諜報部に異動してから一ヶ月が経った。
 先日引っ越しも終わり、大好きなカレシとの甘い同棲生活にも少しずつ慣れてきた頃。

「クイーン先輩! お久しぶりです!」
「ゆ、由美ちゃん…?」

 捜査一課の居室。頼まれていた事件の情報を松田と佐藤に報告していたマドンナちゃんの元に、交通課のギャルが訪れた。
 彼女の名前は宮本由美。佐藤の親友であり、大学時代からの同期だ。マァつまり佐藤の大学の同期ということは、宮本もまたマドンナちゃんの大学の後輩である。

 宮本の後ろには、

「おはこんハロチャオ~」

 パルデア地方に心を奪われているギャルもいた。廣瀬である。
 彼女はマドンナちゃんの警察学校からの付き合いであり、その頃からの親友でもある。

 廣瀬と宮本は同じ交通課であり、初対面で意気投合した交通課ギャルのツートップである。
 笑い声がデカく、デフォルトの声もデカい。彼女たちの前でボソボソ喋ろうモンなら「え、ナニ?笑 聞こえないんだけど。笑 由美タン聞こえた?」「全然聞こえなくてウケ。笑」と、話し相手の声量と話し方とファッションセンスとスタイルを全否定してくる。尚、本人たちには一切の悪気はない。純粋に「えっ全然声聞こえないし何で眼鏡曇ってんの? 何でカバンの肩紐そんなに長いの? 何でそんなにポッケついたズボン履いてんの?」と思い、「だいじょぶそ?笑」という目で見てくる。マァ所謂「オタクくんに理解のないギャル」というヤツである。

「クイーン先輩相変わらずキレー…」
「ありがと…あの、由美ちゃんあのね、その呼び方をね、やめてほし…」
「あ! サトーちゃんだよね? この子から良く話は聞いてるの。アタシこの子の同期の廣瀬。よろ~」
「廣瀬ちゃん私の話遮らないで…」
「よ、よろしくお願いします…佐藤美和子です」

 宮本に対し物申そうとしたマドンナちゃんの声は廣瀬によって遮られた。尚、廣瀬には全く悪気はない。マドンナちゃんが小声で話すから聞こえていなかったのだ。
 それは宮本も同じ。マドンナちゃんの言葉は全く届いておらず、「クイーン先輩、本当にキレー…」と目をウットリさせていた。

「…なぁ、どうでも良いけどここで話すのやめてもらえねぇか」
「良いじゃねーか女の子四人も侍らせちゃって〜罪な男だな松田ァ。あっ! マドンナちゃん今日もかわい! 大好き」
「またうるせぇのが来た…」

 芹沢が書類をヒラヒラさせながらやってきた。松田から頼まれていた証拠品の分析結果を持ってきたのだ。



「で、クイーン先輩ってナニ?」

 目ざとく問うてきた芹沢に、マドンナちゃんは「さいあく」という顔で天井を見上げた。
 現在の捜査一課の居室にいるのは彼らだけ。いつもであれば捜査の進捗や作戦を話し合っている刑事たちが大勢いるのだが、今日は運悪く全員が出払っていた。そのためギャルたちのやかましい声が廊下まで響いてしまったのだ。

「今までマドンナちゃんが周りから呼ばれてた名前って、マドンナちゃん、天使、女神、妖精さん、お姫様…ってたくさんあるけど、クイーンってのは初めて聞いたからさ。…んでキミ、宮本ちゃん? だよな? キミってマドンナちゃんの大学の後輩だろ? ってことは、クイーン≠チてのはマドンナちゃんの大学の時のあだ名ってことだよな? あってる?」
「急に謎の推理力出すのやめて芹沢くん」
「つーか何で宮本がコイツの大学の後輩って知ってんだよ」
「は? オレだぜ? マドンナ協会会長・芹沢ケイジ。マドンナちゃんの大学出身者はリストアップ済みだ。なぜならいつかソイツから大学時代のマドンナちゃんの話を聞くため」
「本当にさいあく…」
「芹沢さん本当に気持ち悪いです」
「アンタいつか逮捕されるわよ」

 これに芹沢は鼻で笑い、「え、鑑識のエースのイケメン・芹沢さんってこんな人だったの…?」と唖然とする宮本の両手をガシ! と掴んだ。
 宮本は急にドアップになった芹沢の顔に「ヒエッ」と悲鳴をあげ、半歩後ずさる。

 なぜなら、芹沢ケイジという男は黙っていればとんでもなくハンサムだからだ。
 さっぱりと整った顔にはシミ一つなく、左目の下の泣きボクロがとんでもない色気を放っている。グッと力が入った瞳はキラッキラッと澄んだ輝きを放っていた。

「マドンナちゃんの大学時代の話、聞かせてくれ」
「ハワ…」
「由美タン騙されないで。コイツ顔面以外はマジでゴミだから」
「由美ちゃん目を覚まして! 芹沢くん由美ちゃんのことイジメないで」
「由美、気を確かに! …芹沢さん、由美のこと誑かさないでください。逮捕しますよ」
「どうでも良いけどどっか違う所でやってくんねぇかな…」
「ッは! 私は何を」

 三人の女子の静止(と、一人の男の苦情)の甲斐があって、宮本は何とか気を取り戻した。危うく芹沢の圧に負けるところだったのだ。
 コホン、とわざとらしく咳払いをし、崩れてもいない前髪を直して姿勢を正した。

 これに面白くない顔をしたのはもちろん芹沢だ。
 だって彼は、やっと知り合えたマドンナちゃんの情報源をたった今潰されたのだから。

「ケッ、何だよ。ちょっとくらい教えてくれても良いじゃねーか」
「人の過去捜索すんのやめとけよ。あとそろそろ帰れ芹沢ァ」
「マドンナちゃんがここにいる限り帰りまて~ん。…つーかお前も知りたくねぇのかよ。マドンナちゃんの大学時代の話」
「は? 知りてぇに決まってんだろ」
「陣平…?」
「だろ? 大学時代何のサークルだったのかな~とか、バイト何してたのかな~とか、あとこれがもしいたら死ぬ気で特定してツイッター炎上させるけど、元カレいたのかな〜とか」
「コイツに元カレはいねぇ。俺が初カレだ」
「ちょ、陣平」
「ヴッッマウントだ! お前のツイッター炎上させてやる」
「残念だったな。俺はツイッターをやってねぇ」
「何か腹立ってきた。宮本ちゃん、マドンナちゃんの元カレ情報くんねーか? 最悪ウソでもいい」
「だから俺が初カレだっつってんだろ!」
「ハイ幻想です。こんな可愛い子が大学時代カレシの一人や二人や三人できてねぇとでも思ってんのか? 頭沸いてる? もしかしてその鳥の巣みてーな頭にガチで鳥でも飼ってる?(笑) 絶対いるだろカレシの一人や二人や三人。できれば死ぬほどイケメンなバンドマン希望。コイツの鼻っ柱バキバキに折るくらいのイケメンがいいです。…あ~~~待て。ちょっと解釈違い。バンドマンってクズだろ?(※) マドンナちゃんはそんなクズには引っかからない! 解釈違いだ! え、オレ泣いていい?」(※芹沢個人の感想です)
「文字数の無駄遣いやめろ。ページが増える」
「何の話? ページ数?」
「あ? 俺なんか言ったか?」
「ページが増えると本の値段が高くなるからやめろって言ってた」
「マドンナ先輩、松田君はそんなこと言ってません」

 メタ発言バリバリの松田とマドンナちゃんは置いておいて。
 テンポの速い会話を唖然と聞いていた宮本が「…え?」と首を傾げた。漸く脳の処理が追いついてきたのだ。

「クイーン先輩…もしかして、松田さんと…?」
「…あー、うん。そう。お付き合いしているの」

 この流れでさすがにしらばっくれることはできず、マドンナちゃんは恥ずかしそうに頷いた。

 諜報部に配属されてから一ヶ月。既に仕事仲間たちとは打ち解けていたため、もう特段松田との仲を隠してはいない。かといって「私たち付き合っています!」と公表するのも何か違うな…と思い、もし誰かに松田との仲を聞かれたら正直に答えようと思っていたところだ。
 が、未だ誰からも問い合わせはない。誰も二人の仲を疑っていない。みんなの前では「松田くん」呼びを継続していたし、仕事中にイチャイチャするわけでもないのだから。

 なので。初めてされた質問に、マドンナちゃんはわかりやすいほど頬を赤くしてコテコテ前髪を弄るのだった。

「に゛」
「なに、かわい…」
「ここが天国か…?」

 佐藤と宮本と芹沢が同時に呻いた。松田も「ン゛ッ」と咳払いをし、でも後輩がいる前でデレデレするのは恥ずかしかったので「何か今日は乾燥してるな…」とカッコいい声で言い訳がましく呟いた。

 唯一マドンナちゃんにゴリゴリの耐性がある廣瀬だけが「アンタっていつもそう」と全てを知ってるみたいな顔で頷き、マドンナちゃんのちいちゃな頭をウリウリやった。

「タラシ」
「違うもん」
「あ、またかわいこぶったわね」
「かわいこぶってないよ。かわいいだけ」
「図々しい羽川翼みたいなこと言わないで」
「マドンナちゃんはどっちかっつーとガハラさんタイプじゃねーか?」
「話に入ってこないでセリリリザワ」
「アラララギさんのヤツだ!」
「何で廣瀬が八九寺ポジションなんだよ」
「ねぇ美和子。この先輩たちなんで物語シリーズの話してるの?」
「ツッコんじゃダメよ由美。104期ってやっぱ頭おかしいんだから」
「優秀だけどあたおかだらけって話マジだったんだウケる。私絶対教官が盛ってると思ってた」

 チベスナ顔でヒラヒラ手を振る佐藤はまだ104期の真髄を知らない。この四人の他にも仲間はあと四人もいるのだ。

 もしここに八人全員が揃っていれば、

『誰か教えてくれ。物語シリーズ≠チて何だ?』
『まーた始まったよいつもの降谷ちゃんのヤツ』
『ゼロ、物語シリーズっていうのはね…』
『諸伏、丁寧に教えてやるのはいいが、お前が甘やかすからゼロがこうなるんだってこと忘れんなよ』
『僕がパチ、と瞬きをすると、目の前に立っていたマドンナちゃんが儚く微笑んだ。さながらそれは、羽化したばかりの羽虫のような、儚くも美しい微笑みだった。普段の凛とした、気高くも美しい佇まいとは真逆の、誰もが守ってあげたくなるような…』
『その偏差値2の阿良々木暦を今スグやめろ芹沢ァ』
『廣瀬ちゃん、お腹すいた』
『この話題に飽きてる…!』

 と、更なる混沌が生まれていたことに違いない。



「へーぇ…クイーン先輩と松田さんがねぇ…」

 さて漸く104期ショックが抜けた宮本が、先ほど知った衝撃を改めて反芻した。
 宮本は佐藤とは違い、この大輪の牡丹の乙女と大学時代それなりに仲が良かった。


 宮本が初めて彼女を認識したのは入学式の時。

『一期上にディズニープリンセスがいるらしいぞ!』
『え、そうなの?』
『見た見た! 俺さっきすれ違っちゃった!』

 と同級生の男子たちが騒ぎまくっていた。
 宮本はそれに「バカじゃないの」と鼻で笑っていたのだが。入学式の会場を出たところで、

『ぁ、エッア゜?』

 大勢の友人たちに囲まれながらキャンパスを歩く彼女を見たのだ。

 休日なのに大学にいるということは、どこかのサークルの新入生歓迎会の準備かしら。それとも、お友達と来週から始まる授業の時間割の相談をするために登校したのかしら。
 そんな全然関係ないことを考え、「あ、私いまあの人に見惚れてたんだ」と気付く。あまりにも圧倒的な存在を目にすると人間は全く違うことを考えてしまうのだと知った。

 宮本が大学二回生の時。同じクラスの女の子繋がりでとうとうマドンナちゃんと知り合った。ちょうど彼女がクイーン≠ニ呼ばれるに至った事件がキッカケで。

『クイーン先輩! ご飯行きましょ』
『もう、由美ちゃん抱きつかないで』
『わっクイーン先輩いい匂い。何の香水ですか?』
『か、嗅がないでね…』
『カレシさんからのプレゼントとか?』
『いないわよそんな人』
『え!? 意外…』
『そもそもできたことないの』
『エ゜ッ!?』

 宮本はクイーン先輩に死ぬほど懐いた。すれ違えば抱きつき、ご飯をせびり、それを遠くから羨ましそうに見る佐藤に死ぬほどマウントを取った。何回か紹介しようとしたのだが、佐藤は「まだ私が仕上がってないから無理」という謎の拒否反応を起こし、それなのにクイーン先輩と仲良くする自分を羨ましそうに見るので、ついつい彼女と仲の良い自分を見せびらかしたくなったのである。

 驚くことに、大学時代クイーン先輩は一度もカレシを作らなかった。死ぬほどモテていたクセに。ミスター大学の栄光を賜った男の子やメンズアイドルの同級生や一千万プレイヤーのホストをやってた先輩からも告白されてたクセに。


 そんな鉄壁の女の心を射止めたのは、交通課まで噂が回るほどのイケメン・松田陣平であることを今日初めて知り、宮本は感慨深げにホウ…とため息を吐いた。

「あのミス・クイーンにとうとうカレシができるなんて…しかも相手が松田さんとは…」
「あっ由美ちゃんやめてね。もうそれ以上言わないで」
「ミス・クイーン?」
「kwskお願いします」

 宮本の言葉に、松田がピクリと眉を動かし、芹沢が食い気味に身を乗り出した。
 これに宮本は「もしかして松田さん知らないんですかァ?」と意地悪くニヤ…と笑った。完全にマウントを取る姿勢である。

「由美、マドンナ先輩が前言ってたけど、あの事件のことは黒歴史なんだって」
「み、みみみ美和子ちゃん…」
「事件、だァ?」
「kwskお願いします」

 よかれと思って助け舟を出した佐藤はパッと口を覆った。言葉のチョイスが悪かったのだ。事件と聞いてこの男たちが反応しないワケがないのだから。
 さらに追い討ちをかけた存在がいた。廣瀬である。

「アーシ(アタシ)前に由美タンに聞いたんだけどさ。アンタ本当にすごかったんだってね」
「ひひひ廣瀬ちゃん…」
「すごかった、だァ?」
「kwskお願いします!」
「オイ、もう逃げらんねぇぞ。話せ」
「そうだそうだ! オレたちは知る義務がある!」
「カレシとして」
「マドンナ協会会長として」
「「話してもらおうか」」

 右に松田。左に芹沢。挟むようにマドンナちゃんの両脇に立った男たちは交互に話し、最後にハモった。
 これにマドンナちゃんは目をバッテンにして「に゛っ > <」と呻き、もう逃げ場が残されていないことを知るのだった。

「黒歴史なのに…」
「武勇伝でしょ」
「良いから話せ宮本」
「もう我慢できない。頼む宮本ちゃん」
「え〜…どうしよっかな…大統領をつけて呼んでくれたら話す気になるカモ」
「「お願いします宮本大統領」」

 意地悪く言った宮本に、男たちは九十度の綺麗なお辞儀とともに叫んだ。なに、プライドなど小学校のロッカーに置いてきたのだ。

 これに宮本は「ウケた」と手を叩き、偉そうに数年前の思い出話を始めるのだった。



△▽



『お願いします! ミスコン出てください!』
『い、いやです…』

 大学のカフェテリアにて、白百合の乙女は九十度のお辞儀をする学祭実行委員たちにふるふる首を振った。

 これで三年目。今年に入って十回目の申し出である。
 学園祭の定番・ミスター/ミス大学コンテストの誘いだった。
 学祭実行委員たちは会うたびに彼女に頭を下げ、気の無い返事にトボトボ肩を落として帰るのだ。

『どうして嫌なんですか!』
『逆に聞きますけど、どうして諦めてくれないんですか』

 マドンナちゃんの問いに、学祭実行委員長は「何言ってんだコイツ」という顔で首を傾げた。

 彼女がこの大学に入学した年から、ミスコンがお遊戯会になってしまったのだ。
 この大学は、ティーン雑誌などでおしゃれ女子特集が度々組まれるほどかわゆい女の子が多く通っている。ので、毎年ミスコンは大いに盛り上がり、さらにその中で優勝するというのはたいへん名誉なことだった。

 がしかし、この女が入学したことにより、ミスコンの空気がおかしくなってしまった。
 毎年チケットの奪い合いになり、誰もが「あの子を推す!」「イヤあの子だろ!」と盛り上がるミスコン会場が「イヤこの子よりかわいい子いるし…」「あの子がミスコン出てたらお前負けてたよ」という生暖かい空気で満たされるのだ。

 彼女という存在を知ってしまった者は皆、ミスコン会場が色褪せたお遊戯会にしか見えなくなってしまった。
 マドンナちゃんはただ大学に在籍しているというだけで、楽しいミスコンを壊してしまったのだ。マァつまり、サークルクラッシャーならぬミスコンクラッシャーというワケだ。

 これにより一番打撃を受けたのは学祭実行委員たちだ。なぜなら、今までであればミスコンのチケットは高額で売れ、ミスコンのおかげで他大学や一般の来校者は増え、大学の知名度も上がる。そのお陰で彼らの毎年の予算は潤いまくり、大学の学生課からも高待遇で扱われていた。
 がしかしマドンナちゃんのせいでチケットは毎年値下げの一途を辿り、ミスコンはオワコンと呼ばれ、学生課からも「もうちょっと頑張ってよ」と苦言を呈されてしまったのだ。


『責任取ってくださいよ』

 学祭実行委員長を押し除けて後輩のかわゆい女の子が白百合の乙女に食ってかかった。彼女はサトミちゃんという。宮本と佐藤の同期であり、後にマドンナちゃんが起こすクイーン事件≠フキッカケとなる女である。

『先輩のせいで、歴史あるミスコンがオワコンって呼ばれてるんです。責任感じないんですか?』
『私、何もしてない…』
『何もしてないのが問題なんです。先輩はご存知ないでしょうけど、先輩のせいでミスコンの来場者数は激減、チケットは安価でしか売れず、ミスの栄光は何の価値もなくなっちゃったんです。だってミスキャンパスよりも何十倍も綺麗な人がいるのをみんな知っちゃったんですから』

 憤るサトミちゃんを援護するように、マドンナちゃんの取り巻きの女の子たちも一斉に「出なよ」「アタシ去年ミスコン見に行ったけどマジで可哀想だった」「サクッと出て優勝すれば付き纏われないわよ」とマドンナちゃんの肩を叩いた。

『でも、私目立つのイヤだし…』
『十分目立ってるわよ』
『はよ出な〜』
『毎年実行委員の子たちに頭下げさせて申し訳ないと思わないの?』
『え、もしかしてミスコン出るのッ!?』
『キミが出るなら俺見に行こうかな』
『伝説になるぜ…ホンモノ≠ェきたってな』

 女の子たちの喧しい声に、近くにいた男の子たちもわらわら寄ってきて出ろよ出ろよの大合唱になってしまった。

『イヤよ』

 白百合の乙女は手強かった。「出ろよ」「出な」「出てください」「いい加減にしろ」「ちくわ大明神」と全方位から口々に言われてもずっと頑なに首を振っていたのだが。

『わかりました。そこまで頑なならコッチにも考えがあります。勝手にエントリーしておきますから。先輩の学生証をA0ポスター全面印刷して大学中に貼ります。こうすればもう逃げられないでしょ』
『それだけはやめて…』
『じゃあ出ますか? 私もこんな手荒な手法取りたくありません』
『………………………わかった』

 強硬手段に出ようとしたサトミちゃんに、漸く折れたのだった。
 これに学祭実行委員たちは飛び跳ねて喜び、彼女の同期たちも「アーイ」「ウェーイ」と大盛り上がり。食堂のおばちゃんがビックリしてお玉を落とすレベルで歓喜の叫びをあげたのだった。

『でもね、条件があるの。聞いてくれる?』
『程度にはよりますが、いいですよ。出てくれるならなんでも』
『アッサトミちゃん簡単に許可しないで』
『委員長黙ってください。この人をここまで引き摺り出したんです。条件が実行委員の今年度の予算全部って言われても払いましょう』
『今年で委員会潰れちゃうよう…』

 目をグルグル回して呻く委員長はさておき、マドンナちゃんは綺麗な長い指を三本立てた。条件が三つあるという意味である。

『ミスコンで私の写真や動画を一切撮らないこと、SNSに載せないこと、名前も出さないこと。これが守れるなら、出てもいいわ』
『名前も? …理由は?』

『警察官になりたいの』

 マドンナちゃんは毅然と言った。当時彼女には好きな人がいた。その人が警察を目指しているから自分も警察になろうと思った。憧れの彼と警察学校で再会するのだ。
 がしかし、もしこのミスコンで悪い意味で有名人になってしまったら? 警察学校に入学する時は試験の他にも素行調査なるものが行われるらしい。そこで撥ねられたら人生計画がフイになってしまう可能性があるのだ。

『この条件が守れないなら出れない。申し訳ないけれど…』
『いいですよ。わかりました』

 サトミちゃんは二つ返事で頷いた。委員長が「アッ勝手に決めないで」とモゴモゴ言うが、全てを無視して力強くマドンナちゃんの両手を握った。

『よろしくお願いしますね! センパイ』



「──ということがあり、クイーン先輩が圧倒的なスコアを叩き出してミスコンで優勝しました」
「えっ何もわからないんだけど。松田分かった? オレがバカだから分かんないだけ?」
「るっせぇな。バカは黙ってろ」
「ウン」
「…で? コイツがそのサトミとやらに唆されてミスコンにエントリーしたってのは分かった。ソレのどこがクイーン事件なんだ?」
「やっぱお前も分かってねーじゃん!」
「黙ってろっつったろ」
「簡単に言うと、マドンナ先輩が女王様の格好でミスコン会場を壊そうとしたのよ。それがクイーン事件」
「? ……芹沢、今ので分かったか?」
「…? …………?」
「喋れよ」
「お前が黙ってろっつったんだろ! 五秒前の発言すら覚えてねぇのかよバカがよ。大体お前いつもいつもオレのことバカ呼ばわりするけどお前も大概……」
「わ、悪ぃ。…このアメちゃんやるから許せ」
「許す」

 このハンサムよく分からん。


 さてざっくりとしか説明しない宮本と佐藤の代わりに、張本人であるマドンナちゃんが渋々といった様子で「あのね…」と語り出した。このままでは埒が明かないと思ったのだ。

「宣言通り私は他の子たちみたいにSNSもやらなかったし宣伝用の写真も免除されたの。でもサトミちゃんがね、その…あんまりこういうこと自分で言いたくないんだけど…ホームページとかポスターにすごい…なんていうの、そう、匂わせをしてきてね」
「あ? 匂わせ?」
「そうなの。天使が降臨する≠ニかみんなが知ってるあのお姫様がサプライズ出場≠ニか…だから案の定みんなにバレて…もう針の筵よ。他の参加者の子からも陰で色々言われるし。ほら私、SNSやらないって宣言したでしょ? 他の子たちはSNSでたくさん宣伝しているのに、それよりも私の話ばかりが広まってるものだから…」
「ああ…」
「マそれはしょうがないんじゃねーか? だってマドンナちゃんだぜ? オレが他の参加者だったら諦めるけどな」
「いい気はしないでしょ。一生懸命SNSで宣伝してるのに、何もしてない私ばかりが注目されてたんだもの」

 マドンナちゃんは困ったみたいに眉を下げて「だから、」と続けた。

「だから、私むかついちゃって。全部壊してやろうと思ったの」
「は?」
「あぇ?」

 これに松田と芹沢は揃ってアホの声を出した。
 むかついた? 申し訳なくなったではなく? 国語のテストで聞かれたら間違いなく全員不正解の問題である。

【問】後輩の女の子の暴走で、マドンナちゃんは他の子からやっかまれてしまいました。主人公・マドンナちゃんの気持ちとその後とった行動を答えよ。
 @ 申し訳なくなり自身もSNSを始める。
 A あまり気にせず全力で勝ちにいく。
 B 悲しくなって平和な世界を願う。
 C むかついて全てを壊そうとする。
【回答者の答え】松田:A。芹沢:B
【正解】C

「分からない。何も」
「バカなのか…?」
「失礼ね。バカって言った方がバカなの」
「でもね松田。この壊し方が最高にクレイジーなのよ」
「そうなのよ! 私がマドンナ先輩を好きになったキッカケ、運命なの」
「あの時、確実に会場が始まった≠よね」

 唖然とする芹沢・松田とは対照的にギャルたちは興奮した面持ちで熱く語った。
 では、どうやって壊そうとしたのか。これは流石に自分の口から言いたくないのか、マドンナちゃんは廣瀬の制服の裾をチョン、と摘んだ。廣瀬ちゃん代わりに言ってよ、の仕草である。

「え、アタシが言っていいの? マァいいけど。…この子全部を壊そうと思って、ミスコン当日女王様に扮して会場で暴れたんだって」
「あ?」
「ごめん廣瀬もっかい言って」
「だからホラ、ミスコンって一人ずつアピールタイムがあるでしょ?」
「知らんけど」
「あるのよ。で、セオリー通りにいくと、大体ウエディングドレスとか着物とか水着とか、そういうので何かしらの一芸をするの。それをこの子は女王様の格好して一言も発さずに観客睨みつけてムチ床に叩きつけて帰ったんだって。それでぶっちぎりで優勝した」
「ん? 女王様ってソッチ? オレてっきりハートの女王的な方かと」
「SMの女王様の方」
「分からねぇ。何も」
「分かんないなら見ればいいわよ。動画あるみたいだし」
「え……? え動画あるの!? な、なん、えッ!?」

 素っ頓狂な声が上がった。マドンナちゃんである。

 え? 私ミスコン出るって決めた時、写真や動画を一切撮らないことを条件にしたんだけど?
 それなのに撮ってたってどういうこと? 盛大なドッキリ? 今更ネタバラシ?

 牡丹の乙女は混乱し、「あわ、わ…」と目をグルグルさせた。

「学祭委員の記録用に撮ってたみたいですよ。固定カメラのみですけど」
「あわわわ」
「SNSには載っけてないですし、あの、学祭委員しか見れないように厳重に保管されてました。なのでデジタルタトゥーにはなってませんから」
「ほぇ、ぁわわ」
「私は土下座したらサトミからもらえましたけど、データ」
「ワ…ワァ…」

 ちいかわになってしまった。
 宮本はそんなちいかわを優しい瞳で見つめ、それからニヤ…と笑った。

「見たい人」
「「ハイ!」」
「いい返事」

 ちいかわ以外の全員が直立不動で手を挙げた。

 松田も、普段の冷静沈着北村晴男(@行列のできる法律相談所)みたいな態度を百八十度変え、芹沢と同じ顔をしてビシッとカッコよく手を挙げていたのだ。

 これに宮本は満足そうに笑い、データの入ったスマホを勝手に佐藤のパソコンに繋いだ。

 ジー…と機械音が鳴り、真っ暗な画面がパッと明るくなる。
 微かな音が聞こえる。宮本がパソコンの音量を上げた。 





<<略>>





【後日談A】
 同棲と妄想と女王様



 その日の夕方。
 今日は比較的平和な日で、マドンナちゃんと松田はきっかり定時で上がることができた。

 お互いの車がちょうど同じタイミングでマンションの駐車場に着き、目線だけで「メシ食い行く?」「作る」「了解」と会話をする。もちろん毎回同じタイミングで帰れる保証はないので車は別々である。

「お疲れ」
「お疲れ様」
「買い出しは?」
「あ、忘れてた。スーパー行きたい」
「了解。このまま行こうぜ」
「え~外寒いから車がいい」
「徒歩三分なんだから文句言うな」
「いけず」

 車を降り、マンションの入り口まで並んで歩く。


 二人が住んでいるマンションは、警視庁まで車で二十分くらいのところにある。

 電車で通勤するのも可能なのだが、マドンナちゃんの安全を考えた結果松田がガンとして車通勤を譲らなかったのである。
 ちなみに松田も、電車に乗ると身長が高くて吊り革がアタマに当たるし女子高生からジロジロ見られる、という腹立つ理由で車通勤だ。

 マァ松田のことは置いておいて。
 マドンナちゃんが警視庁の顔をやめてからもう一ヶ月以上も経つワケだが、未だにその人気は凄まじく、毎日のように「お茶の間にあの天使を!」と書かれた横断幕を持ったデモ隊が警視庁前に並んでいる。

 だので、電車通勤など論外だしマンションもセキュリティばっちりの高級マンション、二人で出かける時はサングラスをかけないとあっという間に顔を指されてしまうのだ。

「サングラスは?」
「あ…家だ」
「ん、これしとけ」
「ありがと」

 駐車場は地下にあるので、一旦マンションの中に入り、エレベーターで一階に上がってエントランスから出る。

 松田は今までかけていたサングラスを外して彼女に渡した。
 いつもであればダブルサングラス姿で徘徊する不審者カップルなのだが、今日は彼シャツならぬ彼サングラスをかけたカノジョとすっぴんのカレシ、という構図である。

「お前、俺のサングラス似合うな」
「でしょ。私なんでも着こなしちゃうっていうか」
「チョーシのんな」
「痛ッ」
「痛くねぇだろ」

 頭を軽くチョップされたマドンナちゃんが目をバッテンにして呻いた。モコモコのマフラーに顔が埋まり、連動して両手がバンザイの形に上がる。

 松田はソレを見てハンペルマン人形を思い浮かべ、続いてパタパタわたわたするマドンナちゃんの姿を想像し…そのあまりのかわいさに思わず吹き出した。

「なんで笑うの!」
「イヤ? かわいいから笑みが溢れただけだ」
「嘘。笑みが溢れたって感じじゃなかったもん」
「マジだって」
「うざ」
「ハンペルマン人形みてぇだなって思っただけだっつの」
「なにそれ」
「ググってみ」
「………むかつく!」

 グーグルで表示された画像を見たマドンナちゃんは目を△にして怒った。
 腹いせに松田の肩をポカポカやり、それがまたかわいくてしょうがなかったので。

「あ、また笑った! なんで!」
「全部お前が悪いんだよバァカ」
「きらい」
「怒んなって」

 マドンナちゃんは再び吹き出した松田にソッポを向き、すたすた歩いて行ってしまうのだった。

 これに「悪かった」「な?」「ミスド買ってやるから」と追いかける松田を見て、通行人たちは「ラブラブだな〜」と生暖かい目で見つめる。


 マァつまり。
 このカップルは、どうしようもないほどに上手くいっているのである。



△▽



「ただいまおかえり」
「お前それ好きだよな」
「だってただいまおかえりでしょ?」
「そうだけどよ」
「陣平、おかえり」
「…おう、ただいま」
「陣平、ただいま」
「…おかえり」
「ね?」

 スーパーとそこに隣接しているミスタードーナツで買い物をし(ミスド代はしっかりと松田が支払った)、家に帰ってきたのは三十分後のことだった。

 マドンナちゃんはおかえりとただいまの押し売りをしてからリビングの机の上にミスドの袋を置く。続いて松田がスーパーの重い袋を置き、ネクタイを緩めながら寝室に向かって行った。


 二人が間借りしているのは2LDKの部屋。リビングと、寝室と、マドンナちゃんの部屋だ。松田は特段自分の私室を希望しなかったし、マドンナちゃんもそうだったのだが、なんせ彼女の私物があまりにも多かったのでこういう配分になった。
 マァ私物といってもそのほとんどがノートや電気工学の参考書や新聞の切り抜きなどの仕事関係のものであり、何ならその大部分が空白の四年間の努力の結晶たちだった。

 ちなみに電気工学の参考書を見た松田が「お前工学部じゃなかっただろ」と問うと、マドンナちゃんは自信満々に「爆弾を解体する知識を得ようとしたの」と胸を張って答えた。

『は? 爆弾解体?』
『そうよ。あの連続爆破犯の事件を想定して、もしもの時のために自分もできるようになっておこうって思ったの』
『参考書には爆弾解体の方法なんて載ってねぇだろ』
『でも原理は一緒よ。備えあれば憂いなし』

 松田はこれを聞いて「ぁ怖ァ…」と肩を竦めた。この女、もしもの時は自分が爆弾を見つけ、解体する準備までしていたのである。一体何パターン想定していたんだ。

『もちろん今回のがベストシナリオよ。上手くいって本当に良かった。準備していたのは、自分が爆弾解体をするパターンでしょ。電話で誰かに爆弾解体を指示するパターンでしょ。あとは、もし爆弾が爆発する可能性を考慮して自作の防護服も作ったし、あとは犯人のアジトに潜入して万が一閉じ込められた時用に鍵開けの練習と…』
『もういいもういいもういい』

 自慢げに指を折って紹介するマドンナちゃんは言論弾圧を喰らったし、その後松田の手によって自作の防護服(という名のツギハギだらけの防護服)はゴミ箱行きになった。

『何で捨てるの!? 一生懸命作ったのに!』
『これは防護服じゃねぇからだ』
『理にはかなってるの!』
『じゃあこのツギハギはなんだよ』
『……しっぱいしただけだもん』
『不器用』
『う゛る゛さ゛い゛…!』
『いっけね』

 泣かせてしまった。プライドがズタズタになってしまったのである。
 人一倍不器用なのに人一倍プライドが高い面倒な女なのだ。

『悪かった。泣くなって』
『陣平のごどを思っでごごまでじだのに』
『そうだよな。ありがとな』
『ヴ…ぎらい…』
『そんなこと言うなって。な? 俺が悪かったから』
『じゃあ、この防護服は取っといていい?』
『イヤ、捨てる』
『なんっで!』

 マドンナちゃんは憤慨し、ビャ! と顔をシワクチャにして泣いた。
 松田は「泣くな~」と小さな頭をグリグリやり、それから少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。

『…ヤ、だってお前の傍にはもうずっと俺がいるだろ。俺がいたら確実に爆弾を解体してやれる。お前を守ってやれる。備えなんていらねぇ…つーか、お前の言うそのパターンの備え≠ヘ俺だろ』

 恥ずかしそうに、でも力強く言った松田に、マドンナちゃんは何も言えずに頬を桜色に染めたのだった。
 かっこいい…とアホみたいに脳を溶かしてしまったのだった。


 前置きが長くなってしまったが、この二人の仲というものは順風満帆で、また始まったばかりの同棲生活に浮足立っているのも事実だった。



「今からご飯作るから先シャワーしとけば?」
「あー…そうだな。たまごっち(※)は?」
「ご飯あげて寝かしつけてほしいかも」
「りょーかい」

(※これ前話の「クイーン事件」の未公開部分に書いてるんですけど松田さんはマドンナちゃんがご飯を作ってる間マドンナちゃんのたまごっちのお世話をする任務についています)(別に取り立てて重要なシーンじゃないです)

 スーツから適当なスウェットに着替えた松田がスマホ片手にソファーに寝転がった。

 頭の下にソレ用のバスタオルを敷いて、ワックスでソファーがべたつかないようにする。これは同棲初日にマドンナちゃんから言われたルールであり、松田は律儀にそのルールを守っていた。
 女ってのはそういうの気にすんだな…と思っていたのだが、確かに松田の寮にあったソファーはワックスでべたついていたし、バスタオルはスグにガビガビになってしまうので彼女の課したルールは実に理にかなっていた。

「今からお米炊くからごはん約一時間後ね」
「んん」

 くまさんのフード付きパーカーの上からかわゆいエプロンを羽織ったマドンナちゃんが後ろのリボンを結びながら話す。

 松田は横目でチラ…とソレを眺め、「今日はくまさんか…」とアホの顔で思った。
 昨日はウサギさん。一昨日はムーミンだったな…と。動物やキャラクターもののパーカーを集めるのが彼女の趣味らしかった。
 警察学校時代は一度も身に着けているのを見ていなかったので、このパーカーは猫¥態のマドンナちゃんが身に着けるのは解釈が違ったのだろう。つくづく面倒な女である。

「…なに、うらやましいの?」
「あにが(なにが)?」
「くまさん」
「イヤ別に」
「陣平も欲しいの? あんま着てないのあげようか?」
「いらね…」
「えー、絶対かわいいのに」
「ちなみに何のヤツ?」
「ウォンバット」
「いらね…」

 マドンナちゃんは軽く電子レンジで温めたタマネギをみじん切りにしながら「残念」という顔をする。

 二人の家のキッチンは所謂アイランドキッチンというものだ。つまり、料理をしながらリビングで日曜日のお父さん状態になっている松田を見ることができる。
 ので、松田の「いらね…」という表情を目の当たりにしてしまい、マドンナちゃんはもう一度「ざんねん」と呟いた。

「せっかく昨日発掘したのに」
「あ? お前まだ荷解き終わってねぇの」
「あと手つかずの段ボールが四つある。…あれ、五つだったかな」

 マドンナちゃんは手元から視線をあげて困った顔をした。同棲を始めてから一か月。まだ自分の部屋に持って行った段ボールの荷解きが終わっていないのだ。
 スキマ時間にチマチマ進めてはいるが、やはり激務の弊害なのか中々進んでいないのが現状だった。
 松田は私物自体が少なかったので秒で終わったのだが。マァそこは男と女の違いがあるので仕方ない。女の子は何かと必要なものが多いのだ。

「手伝うか?」
「あー…助かるかも」
「りょーかい。勝手に開けちまっていいのか?」
「見られて困るものないもん」
「そりゃよかった」


 たまごっちを寝かしつけた松田が足に力を入れて起き上がる。シャワーを浴びるプランはカノジョの荷解きに急遽変更になった。

 ダラダラ歩いて彼女の私室に入り、積み重なった段ボールの一番上のヤツをよっこらせと下におろした。
 ガムテープをベリベリ剥がして中のモノを確認する。夏物の洋服らしかった。
 清楚な薄手のワンピース、デニムのショートパンツ、韓国アイドルが着るみたいな丈の短いTシャツを「アイツこんなん着るんだ…へぇ…」と含み笑いをしながら次々取り出す。


 警察学校時代はもちろんこんなのを着ている姿は見ていなかったし、警視庁配属一年目は周りの目が気になりすぎてロクにデートすらできていなかった。

 脳内にこれらの服を着たカノジョの姿を思い浮かべ、その想像だけで「かわい…」と独り言が飛び出た。絶対今年の夏は屋外デートしたい。アイツは清楚なのが似合うと思っていたが、こういうボーイッシュなのも似合うんだろうな…とショートパンツを見ながら考え、その想像だけでデレデレしそうになって雑念を振り払う。

 続いてその奥から真っ黒のビキニと真っ赤な浴衣を発掘し、再びデレ…と顔が蕩けてイカンイカンと頭を振った。
 がしかし、松田の脳内は容赦なく卒業旅行での真っ黒ビキニのカノジョを再生させた。ほとんどテロ同然である。

「(あのむちむち最高だったな…今度の夏も着てもらいてぇな…ヤでも俺からプレゼントすんのもアリか? 白…イヤ水色も捨てがたい…。浴衣もいいな…夏祭り行きてぇな…)」

 真っ暗な夜空にドォン! と大輪の花火が咲いた。リンゴ飴を両手に持ったカノジョが目をキラキラさせながらソレを見上げていて、結い上げた真っ白なうなじに後れ毛がひと房、汗でぺったりと張り付いていて…。

「なんで今は冬なんだ!」
「え、陣平? なんか言ったー?」
「ッ、なんでもねぇよ!」

 怒鳴った。最悪である。
 マァ流石に「水着と浴衣を着たお前との夏の妄想をしていたら、現在の季節との乖離でキレてしまいました」とは言えなかった。男はカッコつけたい生き物なのだ。

 ので、何事もなかったかのような顔でソレらを床に置き、その下に控えていた服を手に取った。


「…あ?」

 ずっしり重い、レザー生地の服だった。夏に着るには少々暑そうな生地である。
 なんだコレ。他のと一緒にしちゃっていいのか? 季節変わった? と何気なく段ボールの中を覗き込む。

 真っ黒のバラ鞭がその下に入っていた。

「………」

 手に持っている服を広げる。服の中にくるんでいたであろう、網タイツがポトリと落ちた。



「陣平? そろそろご飯できるから運ぶの手伝っ、…ぁわ、」

 松田を呼びに来たマドンナちゃんは、部屋の中の光景を見て「あ、詰んだ」と思った。

 なぜって、今カレシが広げているのは、今日の昼間に話していた女王様のボンテージ衣装そのものだったからである。

 備えあれば憂いなし。彼女の座右の銘が仇になった瞬間だった。
 マァこれに関しては備え≠ナはなく、純粋にボンテージ衣装をマンションのゴミ捨て場に捨てに行く勇気がなかっただけである。つまるところ、他の住民に見られる危険を考慮した結果、捨てられずに手元に置きっぱなしだったというのが真実だ。バラ鞭が何ゴミなのかも不明だし。


 さて松田は、黙ったまま手元の衣装を見て、床に落ちた網タイツを見て、段ボールの中にあるバラ鞭を見て、背後をゆっくりと振り返った。

「…なァ」
「ひ、…な、なに」
「お前さっき、見られて困るものはないっつったよな?」
「い、言った…て、ない」
「秒でウソ吐くな」
「…言いました」
「だよなぁ? …てことはだ、コレを俺に見られる覚悟もできてたってことだよなぁ?」

 松田の目がギラギラ輝く。

 マドンナちゃんはソレを見て「やばい」と唇を噛んだ。
 見られて困るものなどなかった。この衣装の存在がスッポリと頭から抜け落ちていただけで、引っ越し前に適当に夏服の下に押し込んだ記憶すらも曖昧だっただけなのだ。

 この女、本当に詰めが甘いのだ。

「あの、あの陣平。ご飯、ご飯もうできるから…」
「メシは後な」
「えっえっ…ひえぇ」

 ゆっくり立ち上がり、一瞬で距離を詰める。
 目をグルグルさせるくまさんの背後に手を回す。
 しゅる、とエプロンのリボンを器用に解き、彼女の耳元で囁いた。

「着てみせろよ。なぁ? 女王サマ」

 逃げんなよ。大学時代にはコレ着て大勢の前出たんだもんなぁ? カレシに見せられないワケねぇよなぁ?

 低い声で告げられるソレに、マドンナちゃんは目をグルグルさせながら「…ひゃい」と返事をした。
 この男に逆らっても無駄だというのはとっくに知っているのだから。



<<略>>
(お察しの通りこの後女王様の衣装を来たマドンナちゃんが松田さんにイタズラ(意味深)されます)




────サンプルここまで────



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『警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり<第一章>』
 松田陣平 × ネームレス女主人公
(A5 / 218p(表紙含む) / R18)

▽イベント頒布価格:1100円

▽内容
『警視庁のマドンナちゃんは猫被り 第一章』
→1~10話加筆修正(約12万文字)
 +書き下ろし(約3万文字)収録

▼書き下ろし詳細
●後日談@:クイーン事件(24p)
 ・由美ちゃんと廣瀬(交通課ギャルズ)が乗り込んでくる話
 ・マドンナちゃんの大学時代の話
 ・クイーン先輩≠フ由来の話
 ・芹沢と廣瀬と由美ちゃんと美和子ちゃんが大暴走する話
●後日談A:同棲と妄想と女王様(16p)
 ・同棲生活の話
 ・松田がマドンナちゃんの私服で大妄想する話
 ・松田がとんでもない衣装を見つけてしまう話
 ・それを着てえっちなことをされる話
●警視庁のマドンナちゃんは猫かぶり 第二章プロローグ(2p)



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また、既刊(警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり,番外編)の在庫も同じ時間に突っ込みます。
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※新刊はたくさん刷ったので急がなくても買えると思います。
※既刊も新刊ほどじゃないですがたくさん刷り直しました。今回は戦争にならないと思います。
※どっちにしても8月に再販する予定です。


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