人の女に手ェ出してんじゃねぇよ

7



「俺、カノジョいるし」
「え」
「えええ!?!?」

昼休み。突然伊達から落とされた爆弾に、松田はどうしたもんかと盛大に頭を抱えた。
伊達には付き合って随分経つカノジョが居るのだという。
そんな可能性など今まで考えたこともなかった。寝耳に水とはまさにこのことだった。

「え、マジで?」
「おう」
「嘘だろ…」
「松田、そんなに班長にカノジョがいたらダメなの?」

諸伏の呆れ声など頭に入って来なかった。
嘘だ。嘘だろ。つーかなんでそんな大事なこと今まで黙ってたんだよ。

脳裏に浮かんだのは、恥ずかしそうに目尻を溶かして伊達の話をするマドンナちゃんの姿。
どうする。アイツに何て伝えればいい。

再び過ぎったのは、今まで何回か見たことのある、情けなく眉を下げた女の顔。
この事実を知ったら、アイツはまた俺の苦手なあの顔≠するんだろうか。
松田は眉間に皺を寄せたまま、「どうすっか…」と深いため息を吐いた。

「(…明日、合コンなのに。アイツも来んのに)」

明日は萩原主催の合コンがある。
人数合わせのために呼ばれて辟易としていた松田だったが、同じく人数合わせのために呼ばれた伊達も参加することを知ったマドンナちゃんが『行きたいかも…』と廣瀬経由で零したため、『俺も!』『オレも!』と男性陣が名乗りを上げ…という訳でかなり大規模な合コンとなってしまった。

隠し通すか? イヤでもいずれバレちまうし…と考え込む松田の気持ちを察した萩原が「ま、なるようになるって」と肩を叩いた。
萩原は随分前から松田とマドンナちゃんの事情を察していた。モテる男とはそういうものなのだ。

マドンナちゃんがどうやら伊達のことを好きだということ。
松田が協力していること。
ここ数日で松田のマドンナちゃんを見る目が少しだけ変わってきたということ。

そして最近、そのトライアングルの関係に、降谷というスパイスが混じりこんでいること。

自分の親友を取り巻く恋愛模様を、萩原は誰よりも早く、そして正確に理解していた。
しかし萩原は敢えて気づかないフリをしていた。
だってそっちの方が面白いし、自分が首を突っ込むと余計ややこしくなると思ったから。

だから彼らを恋愛ドラマを見るような生暖かい目で眺めていたのだ。

「(頑張れよ、陣平ちゃん)」

萩原にできることは、やっと芽生えた特別な気持ちにひたすら気づかないフリをする親友を全力で応援することだけ。



△▽



来て欲しくない時ほど早くやって来てしまうものだ。
松田は死んだ顔でビールジョッキを傾けていた。

目の前で楽しげにピーチウーロンを飲むマドンナちゃんを恨めしそうに眺める。
結局この合コンまで彼女に言い出すことが出来なかった。

昨日の夜も喫煙所で会っていたというのに、『伊達、カノジョいるってよ』の一言がどうしても出てこなかったのだ。
何度か告げようとはしたのだが、『あのよ…』と切り出してから口をパクパクと動かすことしか出来なかった。

『なに』
『…あー、なんつーか…』
『なに、ホントに』
『イヤ…』
『変な陣平。…それにしても明日の伊達くんとの飲み会楽しみすぎる…』
『…オウ』
『どんな服着ていこうかな。陣平どう思う?』
『知らね…』

終始こんな調子でマドンナちゃんから『熱でもある?』と逆に心配されてしまったのだ。


だので、マドンナちゃんはまだ伊達に彼女がいることを知らない。
純粋に今日を楽しみにしてきたし、精一杯のオシャレをしてきた。

メイクを少しだけ濃くして、ピッタリとした清楚なニットワンピースを着ているマドンナちゃんは、誰よりも色気を醸し出していた。
他の女子たちは胸元の大きく開いた勝負服を着ているというのに、布面積が多いマドンナちゃんにばかり視線が集まる。カッチリ着込んだ方が逆にエロいとはこのことである。

早くもマドンナちゃんの隣に座っている女子が泣きそうである。なぜなら、彼女のガチ恋相手の降谷がマドンナちゃんを視界に入れた瞬間「…ジーザス」と呟いておしぼりを落としたからだ。
降谷は松田の隣に座っている。つまりガチ恋ちゃんの目の前にいるのだ。
せっかく降谷の正面の席に自然な流れで座れたというのに、彼の視線は自分の隣にしか注がれない。その事実に「ア、あたしのこと眼中にないのかも…」と何枚もパットを重ねて寄せて上げた偽りの谷間にショボショボと視線を落とした。

松田を挟んで、降谷とは反対側に座る萩原は、さっきからしきりに「マドンナちゃんかっわいい」とデレデレ目尻を溶かしている。
親友の恋路を応援はしているが、それとこれとは話が別だ。
普通にかわゆい女の子は大好きだしあわよくばワンチャンを狙ってしまうのが悲しき男のサガなのだ。

「マドンナちゃんが来てくれてホント嬉しいよ」
「もう、その呼び方やめてよ」

萩原の言葉にマドンナちゃんは照れたように頭を振る。
先程まで泣きそうになっていた降谷ガチ恋ちゃんがここだ! とばかりに大声で「萩原くんとセットだと絵になるよね!」と叫んだ。
マドンナちゃんが萩原とくっ付けば、自分に降谷と付き合えるチャンスが巡ってくると思ったのだ。

その言葉に、マドンナちゃんを挟んで反対側──つまり萩原の正面である──に座っていた萩原大好きっ子が「バカ!」と小さく呻く。
こちとら入学時から萩原を狙っているのだ。だから今日も、気合を入れてふわふわのガーリーなあざといニットを着てきたし、ライバルの女たちと壮絶な駆け引きをして彼の正面の席を勝ち取ったのだ。マドンナちゃんと萩原がくっ付いたら非常に困る。

「そお? 付き合っちゃう?」
「えぇ…?」

完璧なウインクと共に言い切った萩原の言葉に、萩原大好きっ子が「ギャア」と叫んで浄化された。
一番言われたい言葉ナンバーワンを他の女に──しかも誰もが憧れる、自分じゃ到底敵わない女に言いやがったのだから。

「僕はどう?」

萩原の言葉に戸惑うマドンナちゃんに追い打ちをかけたのは降谷だった。
真剣な蒼の瞳に射抜かれる隣の席の女に、降谷ガチ恋ちゃんが「ウ゛…」と呻いて突っ伏した。
同じタイミングで遠くの席に座っていた廣瀬が「ア゛…」と突っ伏した。ガチ恋ちゃんとは全く違う意味で。

「えっと…みんな私のことからかってる?」
「さァ、どうでしょう

意味深に笑う萩原と未だ真剣な表情で彼女を見つめる降谷に、松田は「ケッ」と呟いて乱暴にジョッキを傾けた。
何だこの茶番。つまんねぇんだけど。

「ま、松田くんサラダ食べる?」
「あ?」
「わたし取り分けよっか」
「いらね」

なので、松田を狙う女の子の言葉にも、いつもの何倍も低いテンションでぶっきらぼうに告げた。視線も合わさない。
彼女はずっと前から松田のことをひたむきに想っていた。松田がおっぱいの大きい女の子が好きだと知ってから毎日バストアップ体操をしてきたし、今日だって松田の好みであろう胸元が露出した服を着てきたのだ。
残念ながら松田の正面には座れなかったが、遠くの席から虎視眈々と松田に話しかけるタイミングを探っていた。
だから、両隣がマドンナちゃんに話しかけ、手持ち無沙汰気味にビールを煽る松田を見て「今だ!」と精一杯のサラダ取り分け気配り女子を演じたのだが。
その努力も虚しく、返ってきたのは「いらね」の一言のみ。彼女のライフはもうゼロだった。


松田の両脇の男共は未だに「降谷ちゃんより俺だよね?」「僕は萩原よりも誠実だぞ」と不毛な争いを繰り広げている。

降谷は本気十割だ。先日松田に宣戦布告をした通り、遠慮など一切せず、本気でマドンナちゃんを口説こうとしている。狙った獲物は逃がさない≠ェキャッチコピーの降谷らしい。

萩原のは、冗談八割、ワンチャン狙い一割。そして残りの一割は、萩原の言葉にイライラと貧乏ゆすりをする親友の反応を楽しんでいるのだ。
それが分かりきっているから余計腹がたつ。幼なじみで親友の萩原が、どうしてこんなに目の前の猫被り女に微笑みかけているのか。
「(早くしないと降谷ちゃんに取られちゃうよ)」そう訴えてくる隣の色男に、松田は苛立つ気持ちを隠そうともせずに乱暴にビールジョッキを傾けるのだった。


しかしその瞬間、少し離れたところから聞こえた「え! 伊達カノジョいんのかよ!」という芹沢の大声に「ヤベ」と固まった。
恐れていた話題が始まってしまったからだ。

「え、なになに? 伊達くん彼女いるんだ」
「まぁな」
「わかるー
「写真見せろ伊達羨ましすぎる」

途端、「写真見せろ」「いつから付き合ってんの」と全員がその話題に食いついてしまった。

恐る恐る目の前の女の様子を窺う。
どんな表情をしているのだろう。俺の嫌いなあの顔≠セったら、俺はどうフォローしてやればいいのだろう。
しかし、松田の心配とは裏腹に、意外にもマドンナちゃんは皆と同じように「そうなんだ」と笑っていた。

先程までと何も変わらない。
きらきらと目の奥に眩い光を蓄えたみんなのマドンナちゃん≠フまま。

「ねね、なまえちゃんも見る? これ伊達くんの彼女だって!」
「え、見る見る! わぁ、キレーな人!」

隣の降谷ガチ恋ちゃんから渡された伊達のスマホを覗き込んで「お似合いだね」と綺麗に微笑む余裕すらあるのだから。

「(意外に平気なのか…?)」

もしかすると、「カノジョいる? だから? そりゃ伊達くんくらいの男ならカノジョの一人や二人居てもおかしくないでしょ」と大して気にせずにドッカリ構えているのかもしれない。
もしくは、伊達にカノジョがいることなどとうに知っていて、「関係ないでしょ。最終的に私がオトすんだから」と全て計算に折り込み済みなのかもしれない。

真意の読めない目の前の女の表情に、松田は戸惑ったように再びビールを煽った。



△▽



「二次会行く人ついてきて!」
「「はぁい」」

会計を済ませて居酒屋を出た面々は、萩原に続いて二次会の会場であるカラオケに向かって歩いていた。

先程まで伊達のカノジョ話で盛り上がっていた女子たちは既にそんなことなど忘れ、「萩原くんの歌声聞くの楽しみ…」とウキウキしている。

「(あれ、アイツがいない)」

萩原を囲んでキャアキャア騒ぐ女子たちを眺めていた松田は、その中にマドンナちゃんの姿がないことに気づいた。
「カノジョがいても関係ねぇ。頑張れよ」と慰めてやろうと思っていた矢先だったのだ。

「松田?」
「置いてくぞ」

ピタリと止まった松田を降谷と諸伏が振り返る。

「悪ィ、俺帰るわ」
「は!?」

松田はその場で回れ右をして走り出した。
自分の名前を呼ぶ連中のことは振り返らなかった。

松田の心配は二つ。
一つ目は、伊達の彼女がいる事実を知ったマドンナちゃんが、実は激しく落ち込んでいるのかもしれないこと。
そして二つ目は──。

「(あの馬鹿。あんなエッロい格好でフラフラ歩いてたら危ねぇだろうが…!)」

松田の脳裏に、先程までの彼女の姿がチラついた。

綺麗に巻いて片側に流した髪の毛。
ピッタリとした、身体のラインがはっきり出るニットワンピ。
歩きにくそうな細っこいピンヒール。
思わず恋に落ちそうな、掻き抱きたくなるような上品な香水の匂い。
アルコールのせいか、少しだけ赤くなった頬。

そんな無防備な女が一人で繁華街を歩くのがどんなに危険な行為なのか、松田は十分すぎるほど分かっていた。
この付近は飲み屋以外にもラブホテルや風俗店が多い。なのでこの近辺をウロつく男たちは、必然的にそういう欲を持った男≠スちなのだ。
普段から訓練を詰んでいるとはいえ、そういう欲を持った男≠フ前では何の役にも立たないだろう。
飢えた狼の前をノコノコ通りすぎる子ウサギが食べられない保証など、どこにもないのだから。

「(襲ってくださいっつってるようなモンだろ)」

だから、松田は必死に走った。
繁華街のメインストリートを軸に、そこから伸びる細路地を全て覗き込む。

きっとアイツはあの時、無理して笑っていたんだ。
何で気づかなかったのだろう。
どうしてそこまで考えてやれなかったのだろう。

だってあの女は、誰よりも嘘をつくのが上手いから。
マドンナちゃん≠ニいうかりそめの仮面を被って、それっぽく振る舞うために努力しているのだから。
だから気づけなかった。
本当のアイツは、誰よりも臆病で、不器用で、ちっぽけな女なのに。

それでも、取り繕うのが限界を迎えたのだろう。
好きな男と一緒になりたいがために色んなものを犠牲に努力をし続けてきたのだから。
プツンと彼女の中で何かの線が切れてしまったのかもしれない。
だから、誰にも言わずにあの場から去ったのだ。
これ以上アソコにいるのが耐えられなかったのだろう。

そんな女が、まっすぐ寮に帰るだろうか。
フラフラとアテもなく彷徨って、自暴自棄になってしまっていたら──。
考えただけでゾッとした。

だから松田は必死に走って。
目につく路地や飲み屋のビルの隙間を全て覗き込んで。

「ね、お姉さん。いいでしょ」
「ボクたちお姉さんのこともっと知りたいな」
「お姉さんどこかのお店の子? 指名するから教えてよ」

「何してんだ、お前ら」

繁華街の外れで、一人の女を取り囲んで下卑た笑みを浮かべる男たちの中に、躊躇もせずに入っていった。
ヘラヘラ笑う男たちに囲まれて、強ばった顔で俯く女の服装が一切乱れていないのを確認して、少しだけ肩の力が抜けた。
しかし、その女が自分の嫌いなあの顔≠していることに気づくと、一気に頭に血が上る。

「誰だテメェ」
「ボクたちの方が先にお姉さんに声をかけたんスけど」
「邪魔すんじゃねーよ」

「あ゛? 人のオンナに手ェ出してんじゃねえよ」

普段、モデル並に脚の長い萩原やガタイのいい伊達と一緒にいるためか小柄に見られがちな松田だが、鍛え抜かれた身体と180センチを越す身長、鋭い眼光は男たちを圧倒するのに十分だったのだ。

「ハハ…」
「失礼しました…」

頭一つ分上から放たれる殺気と迫力に、男たちはそそくさとその場を後にするのだった。



「オイ」
「…何よ」

残されたのは、未だに肩を怒らせる男と、未だに泣きそうな顔で俯く女だけ。
必死に涙を耐えているのだろう。変にプライドが高い不器用な女なのだ。

怖かったよな。
もう大丈夫だ。
来るのが遅くなってごめんな。
でもお前が悪いからな。
ちゃんと反省しろよ。
伊達のことは気にすんなよ。
お前なら大丈夫だって。
カノジョから奪いとってやれよ。

掛けてやりたい言葉は幾つもあった。
怒りたい気持ちも、慰めたい気持ちも、励ましたい気持ちも。
でも松田には、目の前で必死に泣かないように耐える女に、何を一番に言ってやるべきなのかが分からなくなった。

「おいブス」
「ブスじゃないもん」
「文句言う元気はあんのな」
「うるさい」

だから、ぶっきらぼうな憎まれ口しか叩けない。
手先は器用だが、こういう所に関しては不器用なのだ。

──それでも。

「ほら、帰んぞ」
「…ん」

ぶっきらぼうに差し出された左手を、なまえはおずおずと掴んだ。
華奢な指を包むように握ったゴツゴツした男らしい手とあたたかな体温に、少しだけ肩の力が抜ける。
不安定なピンヒールにあわせるようにゆっくりと歩いてくれる不器用な優しさに、少しだけ心があたたかくなった。

警察学校に戻るまでの十数分間、二人の間に会話はなかった。
ただ、繋いだ手だけは、一秒たりとも離さなかった。





▽衝撃の事実を知った女
 死ぬほど動揺したしめちゃくちゃ落ち込んだ。何も言ってこない松田の不器用な優しさに少しだけ救われた。

▽死ぬほど焦った男
 正直今日のマドンナちゃんの服装がどストライクでした。思わず「俺のオンナ」発言をしてしまったことに寝る前気づいて頭を抱える。

▽グイグイ攻めた男
 二次会途中で去った松田を見送った後、彼女もいないことに気づいて追いかけようとしたが萩原から止められた。

▽全てを知る男
 親友をおちょくるの楽しかった。追いかけようとした降谷を止めた張本人。陣平ちゃんそろそろ気づくかな?の気持ち。あの子には、伊達よりも降谷よりも陣平ちゃんとくっついて欲しいもん。

▽純粋に合コンを楽しんだ男
 同じ班のメンバーが一人の女の子に話しかける横で、ガチ恋ちゃんたちに囲まれてチヤホヤされていたら一次会が終わった。ある意味誰よりも合コンを楽しんだし甘い汁を啜れた。ゼロを応援したい気持ちはあるけどオレのサポートなんていらないでしょ。の気持ち。

▽カノバレした男
 別に隠してた訳じゃないし。ていうか逆にオマエらカノジョいないのか?カノジョはいいぞ満たされるぞ。の気持ち。

▽カラオケを出禁になった男
 二次会で愛しのマドンナちゃんの歌声を誰よりも楽しみにしていたのに気づいたら帰ってて泣いた。ヤケ酒して大騒ぎした結果出禁になった。

▽降谷の歌声を堪能した女
 リクエストしまくって動画を撮りまくった女。後にカレシにバレてめちゃくちゃ怒られる。怒られろ。

Modoru Back Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -