かわいすぎるんだよ

6



「死にてぇ…」

翌日の午後。
護衛任務訓練が終わり漸く自室に戻ってきた松田は、そのままベッドに倒れ込んで項垂れていた。

今日の午後は休みとする。しっかり疲れを取るように。と教官は言っていたが、休む気にもならない。
死ぬほど疲れていたしシャワーを浴びてサッパリしたい気持ちはあるのだが、それ以上に「やらかした…死にて…」と吐きそうな自己嫌悪に襲われていた。



何があったのか。それは数時間前に遡る。


奇跡的にあのまま朝まで教官は襲来しなかった。

しかし他の班の所には襲来していたらしく、朝の時点でリタイアしている班が半分以上あった。
自分たちの班以外の最高得点は六十点。そんな中で未だに満点をキープしているのは奇跡といっても過言ではなかった。

襲いかかる教官たちから逃げ続けること数時間。
訓練終了五分前に事件は起こったのだ。

『あと五分。このまま逃げ切れば満点取れるぞ!』

伊達が班員に喝を入れた。
しかし残り時間を聞いて気が緩んだ人間が約一名いた。
その女は、この二十四時間ずっと気を張っていた。だって好きな男の役に立ちたかったから。任務に貢献して褒めて貰いたかったから。
だからこそ、『残り五分』いう言葉に少しだけ索敵の手を緩めてしまったのだ。

『知ってるか、ゴール目前が一番狩りやすいんだ』
『後ろ!』

だから、突然茂みから飛び出してきた教官にギリギリまで気づかなかった。
降谷が慌てて声をかけた時には遅かった。教官がペイント弾の入った銃口をなまえに向けて構えていたのだ。

『危ねぇ!!』

咄嗟に松田がなまえに飛びついて押し倒す。
ズガン! と発射されたペイント弾は松田の頭上スレスレを通り過ぎた。

その瞬間、訓練終了を知らせる鐘が辺り一体に鳴り響いたのだった。

『お、わった…』

伊達の声に肩の力を抜いた松田はそこで我に返って『柔らけ…』と呟いた。
松田の顔は柔らかなふにふにに包まれていたからだ。

『松田…』
『ちょっとアンタ、何してんのよ…』

地を這うような降谷と廣瀬の声に、『(何で目の前真っ暗なんだ?)』と起き上がる。
突然のことに理解が追いついていなかった。

顔を真っ赤にしたなまえと目が合っても尚、『?』と首を傾げる。

『何でお前、俺の下にいるんだ?』
『ぁ、わ……ワァ…』

ちいかわみたいな声を出すなまえに、もう一度首を傾げて視線を落とす。

窮屈そうに訓練着を押し上げる豊かな双丘が目に入った。

『ぇ、』

そこで漸く、なまえを押し倒し、彼女の胸に顔を埋めていたのだと気づくのだった。

『っぁ、! わ、悪ィ!!』

弾かれたように起き上がって尻餅をついた。
『待って俺、え、マジ?』と呟いてギギギ、と後ろを振り返る。
般若の顔をした廣瀬と芹沢、そして降谷が松田を睨んでいた。

『アンタほんと何してんのよ!』
『くぁwせdrftgyふじこlp』
『…お前、いい度胸だな』

『待て誤解! 誤解だっつの!』

顔を真っ赤にして騒いだところで誰も聞く耳など持ってくれる訳もなく。
歴代最高得点を叩き出したにも関わらず、松田は全員から袋叩きに合うのだった。



だから松田は未だにベッドの上から動けない。
醜態を晒して死にたい誰か殺せと思う気持ちがグルグルと脳内で暴れ回っているからだ。

「…つーか何だあの顔…反則すぎんだろ」

ボソリと呟いて顔を覆う。
顔面を包んだやわこい感触と、真っ赤に染まった頬。羞恥で少しだけ潤んだ瞳。
窮屈そうな訓練着。

「…ヤベ、勃った」

舌打ちを一つ零してベッドから飛び起きた。
硬派な一匹狼を気取っていても立派な男だ。
あんなやわこい胸を押し付けられて、あんなかわいい表情を見せつけられて、自分の中の雄≠ェ反応しない訳がなかった。

ふざけんなって。俺の方が被害者だ。

頭を左右に振って邪念を振り払うと、冷たい水を被って気を沈めようと漸く立ち上がるのだった。



△▽



「…オウ」
「なに」

冷水シャワーを浴びて気持ちをリセットした松田が寝る前に一服しようと喫煙所に行くと、ムスッとした顔でタバコをふかす先客と出くわした。

その女もシャワー上がりだろうか。しっとりと乾ききっていない髪の毛をキツめに縛った状態で煙を目で追いかけていた。

「悪かった」
「何が」
「…だから、その…さっきの…」

なまえの鋭い視線に耐えきれず、頬を掻いて口篭る。
おっぱいに顔埋めてスミマセンでした。そう言える訳もなく。松田はひたすら気まずそうに「最後の…」「お前の、その…胸に…」とモゴモゴ呟いた。

なまえはそんな松田に感化されるようにモジモジと俯いた。
実はこの女、全く怒ってない。
どんな顔をすればいいのか分からないのだ。だって松田はわざと押し倒したわけじゃないし、何ならあの時気を抜いた自分が悪い。

自分を責める気持ちと恥ずかしい気持ちがちょうど半分ずつで、どっちかというと恥ずかしい気持ちの方が大きかった。
押し倒されて胸に顔を埋められたのが恥ずかしい。それを好きな男に見られたのも恥ずかしい。でもそれ以上に、男と至近距離で見つめ合ったのが恥ずかしかったのだ。

なので先程までは自室で枕に顔を埋めて足をバタバタさせて悶えていた。
漸く落ち着いてシャワーを浴び、松田と同じように寝る前に一服でもしようかなと喫煙所に来たところで見つかってしまったのだ。
恥ずかしさと申し訳なさで再びグチャグチャになったので、とりあえず眉間に皺を寄せてみただけ。
なので全く怒っていない。笑顔と無表情以外の表情が苦手なだけなので。

「あの、陣平」
「…何だよ」
「守ってくれて、ありがと」

ムスッと眉間に皺を寄せたまま、でも耳まで真っ赤に染めた女が明後日の方向を見ながらぶっきらぼうにそう言った。

「怒ってねぇの」
「怒ってる」
「どっちだよ…」
「不甲斐ない自分に怒ってるの!」

それと、恥ずかしいの! なまえはキッ、ともう一度松田を睨むと「寝る!」と捨て台詞を残して喫煙所を出ていった。


「…はは、」

松田は呆然となまえを見送ってから「はー…」とその場にしゃがみ込んだ。
胸ポケットからシガレットを取り出して火をつける。

暫く白い煙を目で追ってから。

「かわいすぎるんだよ…」

と呟いた。

怒ったような顔で感情を隠そうとするプライドの高い面も。
なのに耳まで真っ赤に染めて自分の気持ちを隠しきれない不器用な面も。
それなのに律儀にお礼を言う真面目な面も。

かわいすぎるんだって。ともう一度口の中で唱えた。

どうすんだよ、俺。
このままだと俺、お前のこと好きになんぞ。

「…早く伊達とくっ付いてくんねぇかな」

松田は誰よりも、なまえが持つ伊達への秘めた想いを知っている。
だから、もし自分が彼女のことを好きになってしまったところで、絶対にその気持ちは報われないのだ。

早くくっ付いてくれ。
そんでもって、俺を諦めさせてくれ。

──俺がお前を好きになる前に。





▽おっぱいに顔を埋められた女
 本気で恥ずかしいしちょっと意識しちゃったしどうしてくれんの。しばらく顔を合わせられない。

▽おっぱいに顔を埋めた男
 芹沢の夢を体現してしまった。しばらくふにふにもちもちが頭から離れないし夜三回抜いた。
 ちなみに翌日から協会メンバーの手によってパンツがクマさんパンツにすり変わっていたりTシャツがクマさんTシャツにすり変わっていたり…という地味な嫌がらせをされる。お前らクマさんになんか恨みでもあんの?

▽誰よりもキレた男
 宣戦布告した次の日にラッキースケベとか許せん。普通に羨ましい。僕があそこで彼女を庇ってれば…の気持ち。

▽あんまり見ていなかった男
 訓練終了に普通に喜んでたらめちゃくちゃ周りがキレててビックリした。え、事故だろ?何でみんなそんなに怒ってんの…?の気持ち。

▽二番目にキレた男
 お前何でみんなのマドンナちゃんのマドンナおっぱい堪能してんの!?って言いたかったけど、くぁwせdrftgyふじこlpしか言えなかった。速攻協会メンバーに報告したしメンバー全員で明日から松田に嫌がらせをすることにした。

▽三番目にキレた女
 その位置は降谷くんだろが!!の気持ち。でも誰からも共感されなくていじけた。

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