#「・・・・?ふぉう!!?」
『起きなさーい!!学校間に合わないわよ!』
階段の下から母親が叫んでいるのだろう、よく通る高い声で目が覚める。
アラームをセットしていたにも関わらず寝坊しかけたようで、私はハッとして勢いよく飛び起きた。自分のスマートフォンを確認し、準備する時間は多少あることに安堵して挿していた充電器を引っこ抜く。
二階の自室から階段を下りて行くと、洗濯物をしている母親とバッタリ会ったので挨拶して洗面台へと向かう。顔を適当に洗い、タオルで拭いてからそこらへんに置いてあった母親の化粧水をちょっぴり塗った。怒られはしないだろう。
「(ねむい・・・・)」
未だ目覚めない頭でぼんやりとしながら、ダイニングにて朝食をとる。いつものように昨日の晩御飯の残りと、卵かけご飯。母親から急かす声が聞こえて時計を見たら、もうすでに起床から20分が経過していた。
バタバタ準備をはじめて、バス停まで送ってくれるという母親の言葉に甘えるべく通学カバンを持つ。母親が先に家から駐車場へと出てしまったので、私も追いかけて玄関でローファーに履き替えた。のだが。
「・・・・・・・・?」
背後に、ふと気配を感じる。
愛犬はすでにケージで寝始めているだろうし、うちは出しっぱなしで出かけたりはしないから違うだろう。不思議に思い、廊下のほうへとゆっくり振り返ってみた。
廊下の先、ダイニングの入り口に、赤っぽい髪の男の人が立っている。
『コナギ』
赤い髪をした彼は、まっすぐに私を見据えていた。ふと、呼吸をすることも忘れて、わたしはその人に見入ってしまった。
『・・・・・・コナギ』
コナギ。そう私の名前をつぶやくその人は、一歩一歩、重みのある足取りで私のほうへと向かってくる。
心臓がバクバクと音を立て始めて、これがどういった感情からくるものなのかわからないけれども、良いものではないなとなんとなく、感覚ではあるがわかってしまったから。
「マス、ルールさ・・・・」
私は一歩後ずさる。耳鳴りが甲高くなりはじめて、マスルールさんがこちらへと手を伸ばしたその瞬間、
『何してるのー!早くしなさい!』
母親の、いつものような急かす声に私は振り返って、そして―――
「コナギ」
「・・・・?ふぉう!!?」
パチッと目が覚めた。
目が覚めると同時にマスルールさんのすこぶる整った顔面が間近に見えて、思わず変な悲鳴(?)をあげてしまった。顔近いわ!!びっくりした!!
ビビりまくってマスルールさんから離れようとした私の服を、すかさず掴みこんで捕らえたマスルールさんは「なんだこいつ」という顔をしている。あなたのせいで驚いたんですけどね?
あれ、っていうか・・・・・
「・・・・・あ〜・・・酔いつぶれちゃった感じですか」
「あぁ」
「本当にすみませんでした・・・・」
窓の外をみるに、昨日の飲み会からはすでに一夜明けているようだ。
思い出した私は迷惑をかけてしまったであろうマスルールさんに、ぼそりと謝罪する。マスルールさんは「別に謝る必要はない」と言ってくれたけれど、やはり部屋まで運んでくれたのはマスルールさんだろうし、私が目覚めるまでそばにいてくれたのも有難いことだ。迷惑をかけているのは事実だった。
もう一度謝罪を述べ、そのあとにお礼を告げながら、ベッドから体を起こす。めちゃくちゃ頭痛い。
「大丈夫か」
「大丈夫です・・・・・」
「水飲め」
彼の手には不釣り合いな、小さなコップを差し出される。
それを無意識に受け取って口に含むと、常温になった水が喉を通って胃袋へとおさまった。胃の気持ち悪さが多少マシになった気がする。・・・気がするだけなのかもしれないが。
気を利かせてくれるマスルールさんに、ありがたいと思いながらも飲み終わって空になったコップを返そうと、腕を少し持ち上げた。
その時だった。
「帰るのか」
唐突な話の切り出しに、私は咄嗟に何も言えず黙りこくってしまった。
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