#「帰るな」
部屋に重たい空気が充満している。沈黙の間、マスルールさんは私から目をそらさずに私の返答を待ってくれていた。
でも、なんとなくだが、ここで帰りたいから帰ると即答するのは少々違う気が・・・・・そもそも昨日の夜、同じような問いかけを王様にされたときだって帰りたいという気持ちは割と薄かった。ただただ使命感にかられるようにして「帰らなくては」と口に出していたと思う。
かといって、帰りませんとも言えない。
最善の選択が帰ることであるのは知っているし、わかっているからだ。私がわざわざ帰路を自ら断ってまでここに残る必要はない。そもそも元居た場所に帰らずしてどうしようというのか。私の家はここではないのだ。
マスルールさんと別れるのは正直惜しい。ずっと一緒に居られると約束されたその時は涙さえ流す自身がある。だが私の世界にマスルールさんは来られないのだから、到底ありえる話ではない。もし帰路がなくなってしまって、私がここに残らなければいけず、それでマスルールさんとともにこれからも動けることになったとしても素直には喜べないだろう。結局は世界が違うのだから結末は別れなのだった。
とはいえ、まだ別れを済ませるための心の準備も何もできてはいないので、帰ると断言もできなかった。
「なんていうか・・・・・・・・あの、迷ってて」
「・・・・・・・」
「帰らなきゃとは、思ってます」
こういった話になると、マスルールさんの顔をうまく見ることができなくなる。
でもそうなってしまうのは、彼に対して申し訳ないと思っているし、彼を裏切ることになるのだとわかっているからなのだろう。マスルールさんはいつも引き留めようとしてくれる。それなりに好意をもらっているのもわかっているから、マスルールさんが嘘で引き留めたりはしないことを理解していた。人の気持ちをすぐに疑う私でさえ、彼が私を好んでくれていることは実感していた。
しかしそれでも、家はここではないという認識は、いまだに消えてはいないから、私はいずれ帰るのだろう。
そう思考を巡らせていると、ふと無意識に「帰らなきゃ」と呟いていた。確認のようなつぶやき方だった。これで私は間違っていないよね?と自問自答しているようだった。
だがそのつぶやきを聞いたマスルールは、居ても立ってもいられなくなり、コナギの腕をつかむ。反射的に驚いて振り解こうとしたコナギを、尚もベッドへと押さえつけた。マスルールにとってはとても細く頼りない、腕であった。
「帰るな」
「マス、ルールさ、」
「帰るな、コナギ」
ずっとここにいてくれ。
「コナギ」
今さら離れるだなんて。
「でも・・・・・」
「もし帰るのなら俺はお前を追いかける」
「・・・!」
「ここに連れ戻して二度と帰ることが出来ないようにする」
「な、なんで」
「コナギ」
「は、い」
好きだ。帰らないでくれ
そういって抱きしめられては、強くは言い返せなかった。
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