#元の世界へ、帰りたいか?
「今日は一緒にのむぞ」
そう言われて真っ先に断ろうとしたのだが、マスルールさんは私の言葉など耳にすら入れてくれないようだった。まったく、飲めないと言っているだろうに!というかひとの部屋の前で酔って眠りこけてたくせに、今日ものむのか。
少し勘弁してほしい気持ちになりながらも、まあマスルールさんが酔うこと自体そもそもあまりないと聞くし、最近は何か悩みごとでもあるのだろう。だから飲みすぎてしまったりするんじゃないだろうか?
知らないけど。この人、大量に飲酒してしまうほど頭使って悩むことなんかあるの?そこから疑問だよ私。でもとりあえず今回は飲みすぎないようにストッパーとして行ってもいいかな。ついでに美味しいおつまみでも摘んでこよう。
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結論、飲んだ。
私ものんでしまった。・・・・・いや、この世界では未成年も飲酒可であるし、全然そこらへんは気にならないのだけれども、なんせちょっと飲みすぎたのである。前の世界でも少々飲みはしていたが、こんな、具合が悪くなるほど飲んだことなど一度もなかったので。
めちゃくちゃキツイです。なう。
それもこれも王様に進められるがまま飲んでしまったおかげだ。最初はおつまみをたらふく食べる予定だったというのに、そのおつまみでさえも思ったよりお腹に入れることは出来なかった。胃に入っているのは甘い酒である。
ちょっと座っているのもきつくて、寝ころんでしまいたい衝動に駆られるが、しかし上司達の前でそれは無礼というものだ。だが本当にきつい。あぁ〜目の前がぐらぐらする・・・・・頭いたくなってきた・・・・
無意識に眉間に指を当てると、そこで隣にいたマスルールさんが私の様子に気がついた。
「水、持ってくる。待ってろ」
「すみません・・・・・」
割と早めに気がついてくれたことに情けなくも感謝しつつ、他の人たちはどんちゃん騒ぎしているので一安心。気付かれることもない。具合が悪いことを隠すことなく机に突っ伏していると、どこからともなく今度は私の隣に王様が座り込んだ。
ハッとして急いで背筋を伸ばす。とはいえ、飲んだくれの背筋といえば力は入っておらず、頼りないものであるとは思うが。
何か話でもあるのだろうかと、またお酒を勧められたらこんどこそ断らなければ・・・・そう身構えていたのだが、王様がなんとなく話題に出したのは、もっと別のことだった。
それも、とてつもなく重要な、話。
「もう酔いがまわったようだね」
「はい、すみません・・・・あまり強くなくて・・・・」
「なに、気にすることはない!俺も強くはないからな」
「そうなのですね。・・・・・・・王?」
「コナギ」
「はい」
「他のものには聞こえないだろうから、今問うが」
元の世界へ、帰りたいか?
そう呟かれた王の口元を思わず凝視した。今、なんと。王はなんと言ったのか?
あまりにもぽかん、としている私の顔を見て、王は少し笑う。
「まさか、帰るという目的を忘れていたのか?それならそれで、俺達は君を正式に歓迎するが」
「っえ、あ・・・・いや、あの。帰る方法が、わかったということですか?」
「帰る方法はわかっている。あと必要なのは簡易的な空間移動の魔法だな。君がこちらへ来る時は扉も何もなかっただろうが、こちらから君の世界へ帰る時は、石造りの門のようなものがある。小さいね。だからそれをくぐれば元の世界へ帰ることができるはずだ。君が現れたのも、その門の近くだからね」
さあ、君は、元の世界に帰るのか?
酔いがまわっているおかげで、普段よりも思考がまわらないというのに、こんな突然な話。
私は一気に体温が下がっていくのを感じた。先ほどまでは場の空気により、気分もそこそこ良く、具合こそ悪かったもののご飯もお酒も美味しく頂いていた。しかし、今の自分からしてみれば、数分前の自分はなんとのんきなことか。
唇が震える。どう返したものかと悩んでいる私は、何故か素直に帰りたいとは言えず。
「か、帰っても・・・・よろしいのですか?」
「・・・・・・まあ、強いて言うのならば帰ってほしくはないかな」
「あの、かえ、ります。かえりたい、わたしはいえにかえりたい」
うわごとのようにそう呟いた。それが本心なのかどうかもわからなかった。
帰りたい。それは本当に?帰らなければいけないと、自己暗示をかけている気がしなくもない。それでも、私の口から出てきた言葉は、かえりたい、だった。
視点が定まらない。水を持って戻ってきたマスルールが何か言っているようだったが、ぼんやりとして籠ったような音にしか聞こえず、突如として迫りくる眠気に私は瞼を下ろした。
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