#「うわっ」
家の扉の前にある段差に座り込んでいた。
辺りはとても静かだ。風がとても強く、しかし決して不快ではないくらいに吹き付けてくる。木々はがさがさと葉を揺らしながら、心地よさそうにうたっていた。夏が来るのだということをじわじわと実感する。
日差しは夕暮れに近づいているからか比較的柔らかいもので、少し周りが橙色に染まりかけているようにも見えた。なんだか、ぼんやりとする。・・・・・風は気持ちいいし、日差しも暖かいからだろうか
まるで、白昼夢を見ているようだ
ふわふわとした感覚だった。相変わらず頭はぼんやりしている。深呼吸をしてみれば、田舎特有の匂いが鼻を掠めたと同時に、シャンプーをしたばかりの愛犬の匂いもした。いい匂いだった。懐かしくて、優しくて、泣きたくなる・・・
・・・“懐かしい”?
ぼんやりと夢うつつであったところで、違和感を感じたその瞬間。勢いよく目が覚めた。
「!・・・・・・・あれ?」
ガバッと勢いよく起き上がった。部屋を見渡せばそこは私の部屋で、けれども王宮での私室である。・・・・・決して自分の、本当の自室ではない。
なんだか懐かしい夢を見ていたのだけれど、起き上がった途端にそれは全部忘れてしまった。夢とはそういうものであるのだが、何故か未だに胸が締め付けられる。見たはずの夢は、確かにひどく、懐かしいものだったのだ。
暖かかったはずだというのに目覚めれば少し寒い。いくらシンドリア王国といえども、夜は多少冷えるものだ。なんだかこのままもう一度寝る気にもなれず、のそのそと起き上がってトイレへと行くことにした。
が。
「うわっ」
部屋のドアを開けてすぐ左を見ると、ものすごく見慣れた巨体が座り込んでいた。
めっちゃびっくりした!
咄嗟に閉めようとしたドアを限界まで開けて、マスルールさんに声をかける。が、返事がない。もしかしてこの人、寝てるのか・・・・・?まじかよこんなところで?
そう思ったが、ふと香った酒の匂いに「あぁそういえば」と思い出す。八人将の人達と王様とで、確か飲んでたんだっけ。私も誘われたがお断りしておいた。超眠かったし、まだ未成年だし・・・・・まぁこの国では未成年でも飲めるみたいだけど・・・・
とにかく、なぜここにマスルールさんが居るのかは別としても、恐らく酔いが回って寝てしまっているのは確かだろう。こんな場所で寝てしまってはいくらマスルールさんでも風邪をひいてしまうだろうし、見捨てるのは単純に良くないな、と思ってマスルールさんを起こした。
「マスルールさん、マスルールさん」
「・・・・・・・・・」
「起きて下さい。寝るのなら自分のお部屋に戻ってくださいよ」
「・・・・・・」
フッと目を覚ましたマスルールさん。お?と思い、次いで「寝るのなら自室に戻ってください。風邪ひきますよ」と繰り返す。しかしパシパシと瞬きはするものの、ぼんやりと私の顔を見るだけで、動こうとはしなかった。だるいのだろうか?
ちょっと反応が可愛いなと萌えたところで、さてどうしようかと考える。このままという選択肢がないわけではないが、それはあまりにも心苦しいので、却下。自室に戻ることが出来ればそれが一番いいのだろうが、どうにも意識がハッキリとしていないらしく、先ほどから瞬きするだけで声は出さない。しかも瞼の動きもどんどんゆっくりになっているところからして、また寝かけている。
しょうがないので私の部屋で寝るように促し、やっと動いてくれたところでソファまで誘導する。別にベッドに寝かせてもよかったんだけど、アレだ。大きさがね、私のシングルなんだよね。マスルールさんにとってはベッドもソファもそう大して変わらないだろうし。(大きさ的な意味で)
なんとかソファに落ち着いたのを見て、もう一度声をかけた。
「なんであそこに居たんですか。体調崩したいんですか」
「・・・・・・・・・・」
「布団、一枚持ってきますから、今日はここで我慢してくださいね?」
「・・・・・・ふあんだった」
「え?」
「それだけだ・・・・・・」
スゥ、と途端に寝入ったマスルールさんに、ポカンとしばらく呆ける。
ま、まぁ寝ぼけているのもあったのだろうし、もしかしたら私の声も届いているようで届いていないのかもしれない。今のは忘れようかな。不安だったとして、何が不安だったのかもよくわからないし。
お手洗いに行くついでに、来客用の布団を一枚持ってきて、マスルールさんにかけた。本当にこの人は、穏やかに寝るなぁ
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