泣いているときに慰めてくれるのがキュレムだった。愚痴や文句を聞いてくれるのもキュレム。何も言わずに傍にいてくれるのもキュレム。
ただ、彼は私の手持ちではないために連れ歩くことは出来ず、彼に会うためには毎度毎度寒い洞窟の奥へと行かなければいけなかった。それでも行かずにはいられなかったが現状で、仕事は忙しくててんてこまいであったし、上手くいかないことはたくさんあった。人間関係のいざこざも大きなものから小さなものまで同時に起きていて、疲れ果てていたのだ。
とにかく話を、誰にでもいいからしたかったというのと、私の話に頷いてほしいという願望があった。
ちなみに私の手持ちは一匹だけで、しかもなぜか私にではなく父のほうにものすごく懐いてしまっているので、中々家に帰ると外出はしたがらない。常に父の傍にいるものだから、あの子に相談を持ち掛けるのは難しい。
それに、なんというか。
私を慰めてくれるのが同じ人間ではないのだと思うと、彼らを見下しているわけではないのだけれどどんどん虚しくなっていった。私には友達もいないのかと。遊びに行けるくらいの友人は居れども、悩みを吐き散らせる親友はいない。親は仕事から帰るとほとんど疲れていて重い話なんてできそうもない。
虚しくて、寂しくて、結局のところキュレムには悪いのだけれど、キュレムでは満たされるものがほとんどないことに気が付いた。
人でないからいけないのか。そう責めるように言われようとも、正直なところそこは大きいと思われた。
しかしながらこれはどうなんだろう?
「君は僕と話をするとき、楽しくなさそうだった。ポケモンだからいけなかったんだと思って、僕、頑張ってみたんだ」
男の人が目の前にいる。
大層な美形であった。長く白縹(しろはなだ)色のまつ毛はかぶさるようにして金の瞳に影をつくっている。目鼻立ちはハッキリしていて、色はとても白い。しかしながらその異様な神々しさ、目の結膜部分が黒いところを見ると、本当に彼はあのポケモンらしかった。
いつものように会いに来て、居たのは大きなポケモンではなく人間だというのだから大層驚いた。キュレム?と名前を恐る恐る呼んでみれば、少し微笑んで彼はうなずく。
ありえない、と言いかけて、すぐに口を閉じてはまじまじとキュレムの顔を見た。
「ねぇ、本当にキュレムなの?」
「うん。僕は君の言うキュレムというポケモンだ」
「・・・・・・・・あの、」
「驚くのも無理はないよ。でも上手いこと人になれてよかった!これでまともにお話が出来るよね?」
「確かに話は出来るけど、違うの。私は、返事をしてくれなくても、そのままのキュレムでよかったのに」
頑張った、と言っているところをみるに、普通は出来ないことなのだろう。それ相応のコツがあって、素質があって出来ることなのだろうから、私なんかのために努力してくれたのだ。
だが別に私は、彼がポケモンだからといって、人型をとったからといって、満たされるものが変わるとは微塵も思っていない。元はポケモンなのだから当たり前だ。努力してくれたことは申し訳ないと思ったからそう言ったのだが、キュレムはどうやら納得のいかない言葉として受け取ったらしい。
すぐさま私の両腕を掴み、顔を近づけてくる。驚くほど冷たい彼の吐息が少しだけ感じられた。
「どうしてそんなこと言うの?僕はこうして人の形を手に入れた!君の傍にいても恥ずかしくないし、怖がられることもない!外にだって一緒に出ていける!」
「この洞窟から出る必要はなかったんだから、ポケモンのままでよかったと思う、んだけど・・・・・・」
「出してくれないの?」
「洞窟から?私には貴方を手元に置く勇気はないわ」
「僕はここにはもう居たくない。独りは寂しい」
「でも、ここに居るべくしてキュレムは居るんでしょう・・・・?」
「なにそれ、僕はここに居なきゃいけないってこと?」
「そう、なんじゃないの」
スッと細められる彼の目に、ふと恐怖を覚えて一歩後ずさる。
背筋をぞくぞくとした何かが走り抜け、無意識に腕を振った。彼の手が私から離れていくのを目で追う。
「僕は、」
「ヒッ!?」
「こうして人型をとれるようになるくらいには君が好きなんだ」
ビキビキッ!!と音を立ててこの空間の出入り口が大きな氷でふさがれる。彼の声色やその音に驚いて、恐怖し小さく悲鳴をあげると、彼はにんまりと口元を笑みに歪めた。寒さのせいではない体の震えが一際ひどくなる。
「僕がここにいるべきなら、君もずぅっと、ここに閉じ込められるべきだよね?逃げようとしたって、そうはさせないよ。君は大切な僕の番だもの、永遠に、ずっと、死ぬことのない愛をその身で感じるといい」
口づけも知らぬ愛は、私の体を強く抱き壊そうと力を込めた。