ヒンバスのころは、たらい回しのようにされていた。いくつものトレーナーの手元を転々とし、俺はいらないだの私はこんなポケモンを育てたくはないだの、やはり図鑑にでさえみすぼらしいと書かれているだけあって容姿はひどいものだった。
けれども最終的には今のトレーナーの手元に落ち着いたのだ。
彼女は私を半ば押し付けられただけ。それまでは私の種族さえ見たことがなかったようで、彼女はまじまじと私を見つめると笑顔でうなずいた。あの時は驚いたものだ。彼女は押し付けられただけだというのに、親や友人に何を言われても私の面倒を見ると言って聞かなかった。
それなもんだから、初めて大切にされた身としてはとても嬉しかったのだ。
可愛いね、だなんて似つかわしくない言葉だろう。けれども彼女は私に向かってそうやってささやいた。お前は大切な子だよ。私のかけがえのない可愛い子。何度ももらった言葉だ。
しばらくするとバトルにも出してもらえるようになって、進化する方法もわざわざ調べてくれた。どうやら強くなるだけでは意味がないらしく、ポロックというポケモン専用のお菓子を食べなければいけないらしい。味は様々だが、いつももらっている渋いポロックは中々に大好きな味だった。
あっという間に進化したあとも、主人は変わらず愛し続けてくれていた。お前は美しいね。たらい回しにしていた奴らも悔しがっていることだろうね、何せこんな別嬪になったんだもの!そう言ってもらえた日には主人を絞めあげる勢いで抱きしめたというのに。
主人は私を捨てるつもりなの?
そう尋ねかけても、言葉の通じない彼女は首をかしげて、それから寂しそうな顔をするだけ。
「大丈夫だよ。二年もすればたぶん戻って来れるから。それまでここに居てね」
二年もいなくなってしまうの?そのまま迎えに来てくれなくなるんじゃないの?
ヒンバスのころに散々な目に遭ったせいか、そういったことに対しての恐怖は並々ならぬものであった。彼女の隣には見たこともないポケモンが、ぽつりと立っている。新しい場所へ旅に出るとのことだったから、これから連れていくポケモンなのだろう。
私の代わりに、連れていくのかしら。
寂しい、離れないでと主人に縋り付いてはみたものの、主人は私を決して連れて行こうとはしない。どうして?私は強くなった。ヒンバスのころよりも見た目だってマシになった。連れていくのが恥ずかしい?こんな私じゃ駄目なの?
「私の友達だから、きっとミロカロスのこと大切にしてくれるよ。安心して。ね?」
安心なんか出来るものか。常日頃貴方とともに居て、それでもなお足りないと感じる私が、赤の他人なんかに安らげるわけがない。かつての仲間がいるわけでもないというのに、なぜ主人はそう言い切れるのか。
自分の我儘が通らないとなると、すぐそばにいた新しいポケモンに嫉妬を覚えた。憎く感じては尻尾で叩き潰してやろうかと思うほどだ。
ほろほろと涙を大量に流しても、主人はあきらめない。私の涙をぬぐってはくれども、私のモンスターボールはきっと未だに顔も知らぬトレーナーに渡されてしまう。
そんなの酷い。私のこと、大切なんじゃなかったの?私はご主人のこと、こんなにも大好きなのに!
離れてもご主人は寂しくないんだ。そう考えたら、そうとしか思えなくなってきて、段々と怒りがわいてくる。理不尽だと言われようがなんだろうが、他の場所へ行くなんて嫌だった。
だから嫌がるご主人に噛みついて家のすぐ近くにあった湖に飛び込んだ。引きずり込もうとすればするほど主人はもがいたが、それでも連れ去った。
一度潜ってから壁にあいている小さな穴を通り抜けると、これまたちいさな空間が姿を現す。先へ続く道もないほら穴だった。
すぐに水面から主人を地面のほうへ放り投げると、主人もなんとか受け身をとって咽込む。
「ミ、ミロカロス・・・・?」
陸へと上がってご主人を見つめる。彼女は怯えたようにしてこちらを見上げると、退路がないことに関して絶望の表情を見せ始めた。
何せここから出るにはとても深く水の中を潜り、細長い穴を潜り抜けてまた水面に到達するまで自力で泳がなければいけないからだ。普通の人間である彼女にはまず到底できないことであるし、ミロカロスだからこそ数秒でここまでこれたが、生身の人間ではそうはいかない。
よって、彼女はこの洞穴から出ることはできないのだ。
「ねぇ、冗談、でしょう?」
何が冗談だというの。貴方の言っていたことのほうが冗談でしょう。
「や、やめ・・・・!!」
愛して る から、