この感情は、


宮廷生活はさして良いものではない。
金をもらっているんだから文句は言えない立場だが、ここで生活したいと思う奴の気が知れない。
王位継承争いで怪我する兵士や王子王女の手当てをするのは、まぁいい。仕事だし。
でも、その争いに俺を巻き込むのはやめてほしい。宮廷専属医としての地位は割と高いらしく、俺に媚を売ってきたり、牽制する奴等がいるんだよな。そういう奴等は闇討ちされちまえよ、と思う。ああもちろん、そんなこと口には出さない。
俺は、普通に安穏と生きたいんだ。だから、うまーく世を渡ってる。
…俺、なんで専属医なんてやってるんだ?
確かに給金はいいけど、王位争いに巻き込まれて死ぬリスクを考えると、圧倒的に辞めた方がいいと思うわけだ。
どうしてだろうな…と考えて歩いていると、後ろから「ああ、エダじゃないか」と声をかけられた。

「…これはこれは、陛下ではございませんか。本日もご機嫌麗しくあられるようで」
「うむ、そうだな。私は今日も愛に生きているとも!」
「…」

愛…さすが恋愛王だ。
いつも愛まっしぐらですか。

「そういえば、エダの浮いた話は聞かないな。恋はしているか?活力になるぞ。」
「あー…俺は、今は特には」

今は、というより、今まで恋をしたことがない。仕事にかまけてたから、というのもあるが…そもそも「好き」という気持ちがいまいち分からない。

「そうか…侍女や下働きの子、貴族に王女…選り取りみどりなのにな?」

…自分の娘を入れてくるあたり、さすが恋愛王だと思う、こんなただの医者に嫁がせていいんですか、あなたは。

「申し訳ありません。正直に言うと…女性に興味が湧かないのです」

可愛いとか、美人とか、エロいとか…女性に対してそんな感情を持ったことはある。抱けと言われたら抱ける。ただ…自分から積極的に動こうとは思わない。だから、きっと俺は興味がないんだと思う。女性というより、恋とか愛とか性とかに淡白なんだ。

「あ、そうか、そうか…そうだったのか」

と、陛下は急にうんうん、と頷いた。
なんだ、何が分かったんだ。
俺のことは放っておいてほし、

「男に興味があるのか!」
「……へ?」

うわあああ、なんかすごい誤解をされたんですが。違う、そういうことじゃない。女性に興味がない以上に男にも興味はないって!そういう対象に考えたこともない。

「うちは屈強な戦士が多いからな…憧れの人でもいるのか? はっ、それとも王子の中に想い人がおるのか?」

おい、おい、陛下、息子をあらぬ道に引きずり込んじゃだめだ!世継ぎだろ?!

「私は偏見はない…アタックしてみてはどうかね?臆することはないぞ!」

いや、普通に考えて無理だから。
これだと誰かにアタックする羽目になりそうだ…。それを避けるためにも、ここは親の良心に訴えかけよう。下手したらクビだけど、まぁ、この恋愛王なら大丈夫だと思う。

「…そんなこと言ったら王子様を襲ってしまいますよ?」
「構わん」
「そうですよね、息子を襲わせるわけな……………………………え?」
「振り向いてもらえないならば、時には強引な手段だって必要だ」

この陛下は何をおっしゃっておられるのか。さすが恋愛王…常人とはズレた思考をお持ちのようだ。

そして俺は、陛下の承認のもと、王子を襲うことになった。








「で、お前を押し倒してみたわけだが」
「何がどうなれば俺をこうすることに繋がるんだよ?!」

白羽の矢が立ったのは、我らが第一王子のヴェルスだ。医務室に来たところを押し倒してみました。

「考えたんだよ、俺は」
「…何を」

ヴェルス王子は俺の下から抜け出そうとしつつも、俺の言葉には耳を傾けてくれる。相変わらずいい奴だ。

「王子の誰なら抱けるのかなって。見目と性格とやり易さを総合的に判断した結果、あなたになりました。おめでとう」
「全く嬉しくない!というか、だだ、抱くだと?!何を考えてるんだあんたは!」
「いや、だからさ、ナニをしようとしてるんだよ。大丈夫、大丈夫!俺は医者だ。痛くしないからさ。黙って俺にいただかれればいいんだよ。あ、ちなみに俺が攻めね。ネコは嫌なんだ、すまん」
「は?攻め?ネコ? あと、痛いってどういうことだよ」
「はは、お前知らないのか。教え込んでやりたいな」
「え、遠慮しておく…」

じたばたしているけど、一向に俺をどかすことができないヴェルス王子。なんか可愛い。

「くっそ、なんで…!」
「仕事で無理ばっかりしてへろへろの王子様に負けるわけないだろ?これでも俺は鍛えてんの。さて、と、そろそろ始めるか?」

サァーッとヴェルス王子の血の気が引いていく。はは、面白い。

「エダ!い、いい加減にしろ!」
「まぁまぁ、大人しくしてろって」

そろりと服の裾から手を忍ばせてみると、「…っ、ふ、わっ…」って声を出された。

「お前なんつー可愛い声を…」
「かっ 、可愛くない!やめ、ばか、ひぅ…っ」
「…」
「…?」

動きを止めると、ぎゅっと目を瞑っていたヴェルス王子が、そろりと片目を開けた。綺麗な瞳だ。

「体温高いな。熱があるのか?また無理したんだろ…自分の体調管理くらいしろ」
「す、すまない」

拘束が緩んだからか、安堵の息を漏らすヴェルス王子。

「俺さぁ…なんで専属医なんてやってんのか分からなかったんだ。給金はいいけど、やっぱ派閥争いはめんどくさいし、巻き込まれたら命を落とすこともあるし」
「…そうだな」
「でも、理由分かったわ」
「ん?」

きょとんとしているヴェルス王子に、にっこりと笑いかける。「エダ、」と呼び掛けるその声を、物理的に遮断した。

「ん?!ん、む、んんんーっ!」

おーおー、この王子はキスも慣れていないようだ。息しないと苦しいだろうに。
少し唇を浮かせてみると、案の定口を開いて息を取り込もうとする。
その隙間に舌を差し込んでやると、面白いくらい硬直した。奥に引っ込む舌を引っ張り出して絡めたところで、我に返ったヴェルス王子がどんどんと胸を叩いてきた。
あー、楽しい。

「俺が専属医なんてめんどくさいことしてんのは、こうやってからかうのが楽しいからだ!」

放心状態だったヴェルス王子は、俺の言葉から数拍経ってから、カーっと顔を真っ赤にした。恥ずかしさと怒りがない交ぜになってる感じか。

「お、お、お前という奴は…!!」
「すまんすまん。ああそうだ、体調悪いんだから寝ろ。薬飲むか?」
「いらん!」

ヴェルス王子はそう言うやいなや、布団をばさぁっと頭まで被った。

「おやすみー」

答えは返ってこなかった。
ちょっとからかい過ぎたか。


数分経つと、寝息が聞こえてきた。
やっぱり疲れてるんだな。
そうっと近付き、ヴェルス王子の髪を撫でる。さわり心地のいい髪だな、と思う。

…いつからだろう、俺を警戒しなくなったのは。いつからだろう、俺の差し出す食べ物を受け取ってくれるようになったのは。いつからだろう、笑顔を向けてくれるようになったのは。いつから…俺はそのことを喜ぶようになった?

「くそ…っ」

こんな余計なものに気付いてしまったのは、あの恋愛王のせいだ。あの人にあんなこと言われなかったら、自分の気持ちなんて一生知らなかった。

「しかしあれだな…これが恋だっていうなら…随分歪んだ感情だな」

もっと、俺だけが知る表情が欲しい。
今度は本当に全部暴いてやろうか、なんて物騒なことを考えながら、ふわりと触れるだけのキスを落とした。







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