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昔話をしよう。俺は、中学時代に荒れた生活をしていた。両親との仲が悪かったわけでもないし、特に何かこれといった出来事があったわけじゃない。でも、つまらなかった。何もない「自分」が嫌だった。何かしたくて、だけど俺には何をしたらいいか分からなくて、イライラした気持ちを抱えたまま過ごしていて。最初は、友達に誘われるまま髪を染めてみた。案の定先生に絶句され、反抗したら目をつけられた。それからは髪を黒く戻したり、また染めてみたり、授業をエスケープしてみたり、夜中に町をぶらついてみたり。
 転がり落ちるのは簡単だった。
 いちいち説教してくる先生も嫌だったし、近寄らなくなったクラスメイトたちの奇異の目も嫌だった。学校に来ても楽しくない。授業はつまらないし、友達も少ないし、部活にも参加してない。次第に休みがちになった。
髪を染めるきっかけとなった友達とはまだつるんでた。そいつに連れられて、もしもあの人に会わなかったら…きっと俺は、違う人生を歩んでいたんだと思う。

「詠斗。お前またサボりか?」
「えっ、陽翔(ひなと)さんだってサボりっすよね」
「ばーか。俺はテスト前の休み期間だっての」
「あー!ずるい!」
「ずるくねーよ」

 陽翔さんは、けらけらと笑いながら俺の頭をぽんぽんと叩いた。
 ちなみに、陽翔さんは3歳年上の高校生だった。やんちゃなグループのリーダーで、喧嘩がすごく強い。豪快な戦い方で向かうところ敵なしって感じで、俺はその強さに惚れこんだ。すげぇなって思った。それから何かと陽翔さんの後ろをついて回るようになって、グループの人たちから「詠ちゃんはひよこみてー」「親について回るあれだわー」とからかわれるくらいだった。
 初めて楽しいって思ったんだ。家庭にも学校にも俺の居場所はなくなってたし、ここが一番落ち着ける場所で、居てもいいところなんだー…って。

 陽翔さんに、あんなことをされるまでは、なんだけど。





「冗談、なんですよね?」
「俺がこういう冗談嫌いなのは知ってんじゃねーの?」
「だ、だって、おかしい。陽翔さんおかしいって」
「俺はさ、詠斗」
「!」

 どさり、と押し倒される。
 背には陽翔さんのベット。眼前には陽翔さんの顔。腕はひとまとめにされて、陽翔さんの手で拘束されている。

「お前が好きだよ」
「う…」

 まるで壊れ物に触れるように、陽翔さんが口づける。
 ぞわり、と嫌な悪寒が背筋を走った。
 そっと体のラインを撫でられるだけで、気持ち悪い感覚が這いあがってくる。
 恥も外聞も捨てて嫌だ嫌だと涙ながらに訴えると、陽翔さんは悲しそうな表情でその行為をやめる。そんな繰り返しだ。
 陽翔さんの家に捕まってから、3日、1週間と経つうちに、俺はどんどんと生きてるって感覚を失っていったように感じる。俺のことを心配する人はいない。親も先生も、俺がいなくなっても気にも留めない。「ああ、またどこかうろついてるのか」って思われるだけだろう。こういう時、俺は独りなんだってことを痛感させられる。
陽翔さんに殴られたり蹴られたりすることはないし、飯もくれるけど…まるで真綿で首を絞められていくような感覚に、酷く息が、詰まった。
 
 どうやって逃げ出したのかは、正直よく覚えていない。
 確かその日は友達が俺の様子見に来てて、それで玄関の鍵が開いていて、それで、…それで、どうしたんだっけ。気付いたら俺は、病院のベットで寝ていた。


 もう会いたくなくて、怖くて、逃げて、自分を偽って。
 そうやって、俺は、今の「俺」になった。
 


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