想いの末

「王子様はもっと素直になるべきだよなー」
「…は?」

ヴェルスは、「何言ってんだこいつ」というような訝しむ視線を送った。
それを受けた当の本人は、そんな視線など気にせずに、にっこりと微笑み返した。
ここはナヴェリー城の一角にある医務室。専属医であるエダが常駐している領域だ。
今日は政務でぐったりしたヴェルスが、半ば無理矢理エダに連れてこられた。

「エダが言うと不穏な空気しか感じない」
「…王子様、どうして俺にだけ距離を取るのかな」
「日頃の行いを自分の胸に手を当てて思い返せ」

エダはいつも過剰なスキンシップを行う。最近は特にそれが顕著だ。そのせいでヴェルスは、エダを見ると後ずさるようになってしまった。

(昔は俺の後ろに付いてきて可愛かったのに)

ヴェルスとエダは昔からの顔見知りだ。ヴェルスはナヴェリー王国の第一王子として幼い頃は城に囲われて育ち、エダは医者の師に付いて王城に頻繁に出入りしていた。そんな二人は、たびたび顔を合わせた。

「ごめんってー。ちょっとふざけてるだけなんだからさ」
「ふざけるな」

ヴェルスはぷいっとそっぽを向いた。それがエダの欲を刺激するなど、本人は露ほども考えていないだろう。
エダはヴェルスが好きだった。昔は庇護の対象としか考えておらず、家族に抱く感情だと思っていた。しかし、からかって押し倒したときに、感情がぐらついた。「こいつが欲しい」と思ってしまった。そう自覚してから落ちるのは早かった。

(こーんなものを使おうとするくらいには好きみたいなんだよな)

そっと引き出しを開けると、そこには小さな小瓶。中の液体が光を受けてきらりと輝いた。
これは俗にいう「媚薬」とされる類のもの。とあるルートから手に入れた貴重品だ。
これをヴェルスに飲ませようとしているのだから自分も大概だな、とエダは苦笑した。

「と、冗談はさておいて…」
「?」
「王子、あんた本当に仕事のやりすぎだ。このままだとぶっ倒れるぞ」
「…う」
「自覚はあるみたいだな」
「早く仕事を覚えたいんだ」
「そんなに急ぐことねーと思うが…ま、それが王子のいいところでもあるけどな」

ぽんぽんと頭を叩くと、ヴェルスはくすぐったそうに体をよじった。サラサラで撫で心地の良い髪だ。
ヴェルスは幼い頃から辛い境遇で育ったためか、他者からの優しさが普通よりも心に染み入るらしい。特に頭を撫でられると嬉しいようだ。誰でも彼でも受け入れる王子ではない(というよりもむしろ他人とは一定の距離を保つ)が、心を許した者のことはとことん信じる傾向がある。
エダもそんな心を許された者の一人だ。幼い頃何度も刺客に襲われ怪我をし、死にかけたこともあるヴェルスの治療をしていたことから、信頼を得たようだ。
エダの方が少し年長であるため、ヴェルスは兄のように慕ってきた。

「これでも飲んで体力回復しろ」
「…ありがとう、エダ」

ホッと安心したようにヴェルスがカップを受け取る。
そんなヴェルスに少しだけ良心が痛んだが、エダは兄のポジションに収まるつもりなど毛頭ないわけで、心の中でだけ「ごめん」と呟いた。



**



「…?」

ヴェルスはそっと額に手を当てた。
そして、ふるふると頭を振る。

「どうかしたか?」
「なんか…頭がボーっとする…」
「眠いのか?」
「いや…それに暑、…」

どうやら薬が効いてきたようだ。
エダは、ああ潤んだ目が可愛いなー、なんて呑気に考えていた。

「…ただ、事に及んだら俺、投獄されるんじゃねーかな…」
「…?なにか言ったか」
「いーや、何も?」

いくら優しい王子様とはいえ、致してしまったらたぶん、お叱りだけじゃ済まない。国外追放、投獄、処刑…そんな物騒な言葉が脳裏を過ぎる。でも、それでも、「欲しい」と思ってしまったのだから仕方ない。

「…くるし、」

ヴェルスは、胸元を押さえてぐったりしてしまった。その感覚に思い当るのか、ヴェルスはエダをぐっと見つめる。しかし、何かを盛られる理由が分からないのか、困惑した表情にもとれる。

「よっと」
「う、わ?!」

ヴェルスを姫抱きし、つかつかとベッドまで運ぶ。

「軽いな、王子様」
「な、なにする…」
「イイコト」
「は…?」

意識が朦朧としているのか、さして抵抗されない。エダはにっこりと笑うと、ヴェルスを横たえたベッドに自分も乗った。ぎしり、と軋むベッドの音が妙に大きく響いた気がした。

「エダ…?」
「俺が楽にしてやる」

ちゅ、と口づければヴェルスは驚いたように目を見開いた。

(今この時だけでいい。俺のことで頭をいっぱいにしろ)

「や…やめ…っ」
「おっと」

ヴェルスはじたばたと暴れてエダの下から抜け出そうとした。しかし、力が弱々しくて抜け出せない。むしろ欲を煽るような抵抗だ。

「エダ、なに、か、盛った、な…っ」
「はは…ちなみに、毒じゃねーからな?王子様のトラウマを抉るつもりはない」
「…っ、ふ…くる…し…」

何かにすがるように、そっとヴェルスの手がエダの腕を掴んだ。

「…王子様、それ天然?」

性質がわりーな、と呟きながら、エダの瞳は確実に色を変えた。
その瞳を見て、ヴェルスはギクッと身を竦ませた。

「…じっとしてろ」

エダはにやっと妖艶に微笑むと、そっとヴェルスの唇を確かめるようについばんだ。息を取り込もうとヴェルスが口をうっすら開いた隙を見計らって、舌を差し込む。

「んん…ふ…っ、あ…」
「…は、きもちい?」

舌を絡めてみたり、上あごや歯列の裏側を舐めてみたりすると、くちゅりと生々しい音が響いた。耐えきれなくなったのか、ヴェルスは首を振って抵抗しようとした。しかしそれをエダが許すはずもなく、頭の後ろを手で固定されれば些細な抵抗もできなくなってしまった。
次第にヴェルスの顔もとろんとした表情になっていき、エダは「やっと薬が回ってきたか」と内心ほっとした。このまま苦しい思いをさせるのはエダとて辛い。この行為を止めることが本当は正解なのだろうが…その選択肢はもう存在しない。

「王子様の蕩けた表情とか…ほんと心臓に悪いよな…」
「…エ、ダ」
「…可愛いな」

首筋にキスをひとつ落とすと、ヴェルスはふるりと震えた。きっと恐怖心もあるのだろう、ぎゅっと目をつぶっている。

「あー…たぶん目ぇつぶった方が色々ヤバいと思うけどな」

抵抗がないのをいいことに、キスをしながらぷちぷちとボタンを外していく。はだけさせた胸のとがりに舌を這わせると、面白いくらいにヴェルスの身体がはねた。ちろちろと刺激してやると、ヴェルスは引きはがすようにエダの髪を掴むのだが、力が入っていないので添えられているだけ、という感じだ。むしろ押し付けているようにしか見えない。上半身の服を完全に脱がしたところで、エダも自分のシャツをはだけさせた。

「俺さ、肌触れ合わせたいんだよね」
「…?なに…、ひっ?!…や、やめ…っ」

そろりとズボンの上からヴェルスの高ぶりを撫でると、ひゅっと息をのむ声が漏れた。薬の力とはいえ、そこは熱くなっていて、エダは恍惚とした笑みを浮かべた。そのままベルトを外し、そっと中に手を差し込み、直接それを刺激した。

「や…やっ、やめ…ふあっ」
「やめた方が辛いだろ?」

指で輪を作り少し強めに扱いてやると、ヴェルスはあっけなく欲を吐き出した。そもそもヴェルスは性に関しては興味が薄いというか、仕事に忙殺されてそんな暇がないというか、年頃の健全な男子とは違うのだ。しかし、少し刺激してやれば抗うことなんてできないはず。現にヴェルスは苦しそうにしながらも、頬を上気させている。

「きもちよかった?」
「…は、…う…ぐ」
「ま、一回くらいじゃ辛いままだよな」

もっとわけわかんねーくらいにしてやるよ、とエダは怪しく微笑み、自分の唇をぺろりと舐めた。


**


「…エ…っ、も…や…」
「やだやだ言ってる王子様も可愛いけど…そろそろ快楽に従順になってもらいてぇな」

初めてということもあり、エダは丹念に愛撫を施した。どれくらいかけたのかはきちんと把握していないが、ヴェルスがぐずぐずに蕩けるくらいには時間をかけた。後ろの孔にも指が3本入っている。中の弱いところをぐりっと刺激してやると、ヴェルスはかすれた声を出しながらぴくりと足を震わせた。

「もうそろそろいいか」
「…っ?」

指をずるりと抜くと、ヴェルスはホッと息を吐いた。
そんな様子を可愛らしいと思いつつ、「まだ終わりになんてしねーけど」とぽつりと呟きながら、エダはそっとヴェルスに覆いかぶさり、ぎゅうっと抱きしめた。

「…エ…ダ…?」
「…ヴェルス、好きだ」
「…!」

耳元で囁くと、ヴェルスははっとしたように息をのんだ。
意識がそれたのを見計らって、エダはヴェルスの足を抱え、自らの高ぶりを押し込んだ。

「いっ…?!い、た…エダ、や、ふ…ああっ」
「ごめんな…ってかやっぱ、キツイな。でも止められねー」

ずっずっと中に少しずつ差し込んでいくたび、ヴェルスの瞳から大粒の涙が流れた。

「ふあっ…くる…し…」

薬のおかげか、痛みよりも苦しさの方が勝っているようだった。エダが息を吐くように促すと、素直にそれに従う。ぎゅっとシーツを掴んで耐えている様が健気で愛らしい。しかし、シーツにすがらせるのも何となく面白くない。

「…こっち」
「…っ」

ヴェルスの腕を取り、エダは自分の背に手を回させた。すると、掴むものが欲しかったのか、ヴェルスはぎゅっと手に力を込めた。

「…あ、今のやば」
「ひ…っ、や、そんな急に…っ」

自分がさせた行為だが、欲情をこれでもかと刺激されて、ローションを継ぎ足して性急に動き出した。ずるりずるりと抜き差しされ、さらに愛撫の最中に見つけられた弱いところをぐりぐりと刺激され、ヴェルスはまた欲を吐き出した。それでもエダはやめることなく、さらに腰を進める。

「ひっ…んあっ、あぁっ、ん…っ」
「…っ、締まる…」

締め付けられた孔内と、快楽に落ちた言葉にあてられて、エダは自らの想いと共に熱いものを吐き出した。

「ぁ…つ…」

ヴェルスは熱さにくらくらとしながら、ぐらりと視界を暗転させた。









「…やっちゃった」

エダは珍しく頭を抱えていた。傍らにはぐったりして意識を飛ばしてしまったヴェルス。とりあえず身体は綺麗にしてあげたし、衣服も整えてあげた。

「俺殺されるかも」

特にヴェルスに絶対の忠誠と愛を捧げているあの女将軍。あいつはきっとこれを知ったら激昂してエダを抹殺しにくるだろう。これでヴェルスとは今まで通りに会話することはできなくなってしまう…それが寂しかった。会話などする前に天に召されそうだ。しかし、それでもいいかと思えるくらいには、今回のことはエダに幸せだと思わせるようなものだった。ヴェルスは扇情的で、おそらく誰も見たことがない姿を見ることもできた。できれば自分の気持ちを受け入れてもらいたいものだが…こんな風に襲ってしまったのだから、希望は薄い。

「…ヴェルス」

ぽつりと呟き、そっと頭を撫でてやる。
可愛い俺の、想い人。








その後、エダはヴェルスに1か月の間、口をきいてもらえなかった。奇跡的にまだエダは斬りかかられることもなく、今まで通りの生活を送れている。
さて、ヴェルスがどう思っていたのかは、また別のお話。









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