版権2 | ナノ
※実は一松がカラ松を好きすぎていた話
腐男子、という言葉がある。一松がいつの間にかその状態になっていたのは高校生の頃だった。何気なく手に取った一冊の本がBLで、だが男同士とか気付かずに終盤近くまで読み進めた。
そういうシーンの段階で「なんだかおかしいぞ」と思ったが時既に遅し。ここまで読んだら最後まで読むしかないと読了した結果。
松野一松は腐男子になっていた。
その後、読むだけは飽き足らず、書く側になった一松だったが。趣味の範囲でしかなかったそれがいつの間にか「本にしませんか」と声をかけられて、つい先日商業誌デビューしてしまった。ちなみに同人誌は出したことがなかったので、正真正銘初めての本、ということになる。
それは嬉しいようで、照れくさいようで、なんともいたたまれないものであった。
何故ならあの話のモデルは自分と次男であったから。
物語はごくありふれたものだった。
現実のそれと同じように兄弟である2人。現実と違うのはそれが彼らだけで完結していることと、1年だけ、年の差があること。弟はツンデレではあるけれど、もう少しだけ兄に優しく出来ていて。兄は鈍感ではあるけれどちゃんと弟を好きになってくれる。
それは夢物語でしか有り得ない世界だ。現実に弟が兄を好きになったとしても、こううまくはいかない。
兄弟が2人きりだったらよかったと。彼を泣かせることがなくなればいいのにと。幾度も幾度も思い描いた仮定の世界で。
現実には絶対に有り得ない。そんな世界だ。
あ。
また。
「最近カラ松兄さんケータイ見てるね」
今頃気づいたのかトド松が言う。
最近――2週間前から、急にカラ松のケータイいじりが始まった。
それまでは家ですることといったら、鏡の前で痛いポーズを決めることくらいだったのに。最近はだらしなく口元をゆるめながら液晶画面をのぞき込んでいるのだ。
「彼女できたのかなー。でもまさかカラ松兄さんと付き合う女の子なんていないよね」
そんな酷いことを言うトド松に「そうだな」と同意する。
(あいつの優しさに気づいた女がいるのだろうか)
(あいつを好きと言った女がいるのだろうか)
だとしたら、どうしたらいい?
どうしたら、カラ松から引き離せる?
▼▼▼
「どうしたんだ一松。兄さんに何の話だ」
『話があるんだカラ松兄さん』そう呼びかけてやれば嬉しそうにニコニコしながら簡単に2人きりになる。外にいたけれど両親も兄弟もいない家の中に戻る。
カラ松はいったい何の相談だろうとわくわくしながら待っているようだ。ほんとバカ。
「ねえ」
「ケータイの相手、誰?」
わかりやすくカラ松の表情が凍る。こいつ本当に演劇部だったのかね。
「だ、誰って」
「最近すげーニヤニヤしながらケータイ見てるよね。彼女?」
「――彼女じゃ、ない」
「ふーん」
カラ松がびくびく小動物のように震えているのを見て。ああ、違うな、こんなつもりじゃなかったのに。
すぐに別の弟にちょっかいをかけるから。おそ松兄さんに甘えようとするから。カラ松ガールなんていもしないものにすがるから。好きなのにちっとも気付かないで俺を煽るから。
俺は、ただ、あの物語の弟のように、素直に兄に好きと言いたかっただけなのに。
「一松……?」
俺の目からこぼれ落ちた何かが、カラ松のパーカーを濡らす。
嫌だ。カラ松が離れていくなんて、耐えられない。
「あんたが好きだ」
まるであの物語の主人公が言ったように、するりと俺の口からこぼれた言葉。
あ、でもこいつ鈍感だから、ここまで来たらもう一言。
「性的な意味で」
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