版権2 | ナノ





◆ ◆ ◆


その日松野家で最も遅く起きたのは次男のカラ松だった。彼が眠りから目覚めた時には横長の布団に兄弟の影はなく、彼が最初に思ったのは「しまった、今日は俺が布団をたたむのか」だった。六つ子の取り決めでは最後に起きた者が布団をたたむことになっていたからである。
それで、ようやく、名残惜しくも布団を後にしたカラ松はゆっくりと兄弟たちの姿を探した。ニートたちにしては珍しく全員に予定があったようで、家にいたのはカラ松だけだった。
では自分もカラ松girlに出会うために外に出ようかと、いつものジャケットに袖を通す。すると先ほどまで見ていた夢が断片的に思い浮かんだ。
おかしな夢を見ていた気がした。懐かしくもあったけれど、現実には有り得ないような夢だ。カラ松はそれが自分と一松の夢だったことは思い出せたけれどそれ以上のことはよく思い出せなかった。

(一松に会いたい、な)

どうしてかまだ見ぬカラ松girlよりも四男に会いたくなってしまった。おかしな夢を見たからかもしれない。
仕上げにサングラスをかけ、松野家をあとにする。一松はどこかの路地裏で猫と戯れているのだろうか。

カラ松にとって松野一松は特別な存在だった。兄弟の中の1人ではなく、大事なただ1人であった。
たとえばその隣はひどく心安らぐし、居心地がいい。口を開けば「うるさい」「黙れクズ」なんて可愛げのないことを言うけれど、こちらが黙ってさえいれば隣にいてくれることを許してくれる。
『いや、お前さ、それはおかしいって。何その信頼』などと長兄は眉をひそめるけれど。だって嫌われてなんていないし、布団は隣りだし、いつの間にか隣に来てくれていることも多い。
それポジティブすぎだってーなんて言われるけれど。

何より一松がカラ松を嫌わない理由があるはずなのだけど、それがなんなのかは、思い出せなかった。




一松はやはり猫に餌をあげているところで、声をかけようか迷っているうちにこちらに気づいたようで、くるりと振り向いた。
「何」
「いや、その、」
変な夢を見て、というのは理由になるだろうか。会いたくなったから、というのはおかしな理由だろうか。
「な、なんとなく、一松いるかなって思って」
その理由は一松にとって問題なかったようで、彼はまたネコの方に向き直った。帰れとは言わないあたり、カラ松がここにいることを許しているようだ。
具体的な用事があるわけでもないのでなんとなく一松の様子を眺める。1匹の猫がすっかり慣れた様子で一松に頭をこすりつけている。
そんな様子を見て、ああ、好きだなあと思う。
おそらく自分のこの四男への執着は兄弟のそれとは違う。恋情に似たものだとカラ松は自覚していた。
だがそれを口にする事ははばかられた。口にせずとも魂は繋がっていたから。なんてくさい言葉が脳裏に浮かぶ。

「カラ松」

一松の声。少し低めの声が、いつもの不機嫌そうなそれとは違って響く。

「なんだ、一松」

カラ松は知っていた。一松は周りに誰もいないとほんの少し饒舌になることを。舌打ちが減って、カラ松のことを気にかけてくれることを。
それにしては普段の扱いが悪すぎるような気もするが、それでも、そんなことでこの弟を嫌いになることは絶対になかった。

「お前さ、こんな兄弟いやにならないの? 無視されたり、痛がられたり」

何を今更言うんだろうか。

「僕になら本当のこと言えるだろ?」

真っ直ぐ、カラ松の目をのぞき込んでくる。
どうして一松はそんなこと言うのだろう。兄弟にはお前自身も含まれるじゃないか。

「何を言ってるんだブラザー。安心しろ、俺はお前達のこと、嫌いになんてならないぞ」

つまり嫌われるのが怖いのだろうかと。安心させてやろうと笑いかけたのに。
それは間違っていたのかもしれないと、鈍いカラ松でも気がついた。
どうしてか一松はひどく傷ついた顔をしていたから。

「カラ松、僕のこと、忘れちゃったの?」
「一松、だろ。なにいってるんだ」
「そう……だよね。もう帰ってくれない?」

どうして、そんなに泣きそうな目をしているんだろう。
カラ松はその理由を知っている気がするのに、どうしても思い出すことが出来なかった。



一松を、傷つけてしまった。
何故彼が傷ついたのかはわからなくても、自分の言動が彼を傷つけたという事実ならばわかった。だからこそ、カラ松は落ち込んでいた。
これは今度こそ本当に嫌われてしまうかもしれない。一松に見捨てられたら自分はまた1人きりになってしまうかもしれない。そうしたらどんなに悲しいだろう。
家に帰る気にもなれず、かといってカラ松girlを探す気にもなれず。ぼんやりとあてもなく歩き続けていると、猫を見つけた。

「あいつは……」

先ほど一松に頭をこすりつけていたやつによく似ている。同一猫かもしれない。
その影が道路へ飛び出していき、そこに1台のトラックが飛び込んでくる。
そのまま走り続ければ大丈夫なのに、猫は止まってしまう。

そこまで確認して、ようやく、カラ松の体は動いた。







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