短編 | ナノ 「美味しいですか?」


正体不明の少女に拉致されたことに気付いてから、だいたい1時間くらい経っただろうか。今は夜の7時。もう夕飯を食べてもいい時間だった。
腹の虫を柊が訴える前に少女は部屋へ食事を持ってきた。……そんなことより早く開放してくれればいいのに。


「はい、あーん」


少女が嬉しそうにスプーンを差し出してくる。いいかげん家に帰して欲しいのだが、そういうつもりもないらしい。
仕方なく口を開くと、スプーンが口内に入り込む。それがシチューだと気付いたのは彼女が「美味しいですか?」と顔を覗き込んできた頃だった。

「自分でできるから」

少女からスプーンと、箸を奪う。
左手は柵へ繋がれていたが、右手は自由だった。もっとも先程までは両腕が不自由だったのだけれど。
少女は残念そうな顔をしたが、落ち込んだ様子もない。無言で食事を進める柊を楽しそうに見ている。

「美味しいですか?」

今度は無視できず、曖昧に頷いた。事実、まずくはなかった。こんな状況でもなければ素直に美味しいと思えただろう。

「良かったー」

少女が微笑む。
彼女の視線はもっぱら柊のシチューに注がれていたから、おそらくそれが1番の自信作なのだろう、と柊は思った。

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