短編 | ナノ
2/21(水)
朔哉がうちを出ていってから一週間が過ぎた。
俺はまるで何か大事なものをなくしてしまったような、そんな表情をしていたらしい。久しぶりに訪ねてきた叔父に笑われた。
「失恋か、正彦!」
とびきりの笑顔。ムカツク。
そう思った一瞬のうちに叔父は半開きのドアに足を突っ込んできた。
「押し売りですか叔父さん」
「いや、ちょっと頼み事がありまして」
結構な力でドアを開くと叔父はさっきとは違った真剣な目で俺を見る。
これは厄介事を持ち込むときの目だ…
「俺にはずっと好きだった娘が居た」
「初耳です」
「俺だって恋くらいするわ。で、その娘は間もなく結婚して子どもを産んだ。しかしすぐに旦那と共に事故で死に、子どもだけが残った。
あの女は十分俺の性格知ってたからな、子どもが出来たと知ったときからずっと言ってたんだ『私たちが死んだらこの子は一人になる。施設には入れたくないからその時は頼んだよ』ってな。仕方ないから俺はその子を引き取った」
「親戚とかは…」
「生憎夫婦揃っていない。で、順調に育ったんだが問題が発生した」
叔父は言いにくそうに顔を歪ませた。
「俺に恋人が出来たって知って、迷惑かけられないからって家出したんだよ。この間。一応帰っては来たんだが家は出たいんだと。しかし独り暮らしは心配だ。そこで――」
「そこで?」
「あいつの大学に近いお前のマンションでしばく居候させてくれ」
「……居候って…」
冗談じゃない。いつ朔哉が帰ってくるかもしれないのに他人を住まわせたら誤解されるじゃないか。
そう思った途端己の馬鹿さに気付き舌打ちした。朔哉が帰ってくる筈がないのに無用な心配をしてどうする。
「そろそろ来る頃だからさ。お、来た来た」
叔父はこちらの意見など元より聞く気もないらしい。もう既にその子を住まわせると決めてあったのだろう。ドアの向こうに来たらしいその人物に呼び掛ける。
「朔哉」
その時、俺の中で時が止まった。
ドアの向こうには朔哉が困ったような顔で立っていた。
台風のような叔父が帰って、俺たちは向かい合うようにして座っていた。互いに言葉はなく、相手の出方を窺う。
先に口を開いたのは俺だった。
「チョコレート、また貰った」
俺の部屋に幾つか落ちている。
「ゴミは捨ててないし、料理も作ってないし、洗濯だってしてない」
おかげでちょっとした惨状だ。
「特撮見ても楽しめなかった。遊園地って聞く度に先週のこと思い出してた」
先日のEコレンジャーの舞台は遊園地だった。
「夜寝てて、思い出すんだ。お前が時々うなされてたのを。父さん母さんって呼んでたのを」
それがチョコレートではない方の寝言。
「俺はお前が好きみたいだ。それが嫌なら叔父さんとこ帰れ」
「………いい。別に」
「は?」
朔哉は無表情のまま言った。ここで暮らす、と。
「大学近いし、アンタ一人にすると心配だし――嫌いじゃないし」
ほのかに赤らんだ朔哉の顔に、俺は微笑んだ。
―END―
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