短編 | ナノ 2/14(水)






バレンタインデー当日。
例年であれば朝から甘いもの責めに遭うことを憂鬱に思う筈のこのイベント。だが俺はそんな憂鬱などすっかり忘れて別の憂鬱なことを考えていた。

今日で朔哉がいなくなる。

そもそもどうして朔哉を引き留めたのかと聞かれてもそれはわからない。ただ同情したのかもしれないし本当にチョコレートの処分方法に困っていたのかもしれない。

紙袋に入ったチョコレートを覗き込んで、漏れるのは溜め息。
けれどこれを見せたときの朔哉の表情を想像すると面白い。

そんな楽しいのだか悲しいのだかわからない気持ちを連れて、俺はドアを開けたのだった。






適当な箱を開ける。中に入っていたチョコレートがなくなるまで一個ずつ朔哉の口に放り込む。
そんな作業を5回ほど繰り返した頃、朔哉は言った。

「ヒラオカさん」

それまで子どもが親にするような目で餌付けされていたのだが、遂にその時が来てしまったのだろう。覚悟を決めた俺に聞こえてきたのは思ってもみなかった質問だった。


「俺、いつ、好きって言った?」
「す…ああ、チョコ?」


何故か安堵しつつ俺は朔哉を拾った夜を思い出していた。


「寝言だよ」



夜遅く、聞こえてきた寝言。そのうち一つはチョコレートが欲しいという、なんとも口元に笑みが浮かぶような内容だった。

「だから好きなのかと思って。違うかもしれないとも思ったけどな」


しかしそのときの朔哉の目や今の恥ずかしそうに目を伏せている様子を見ればそれが当たっていたことがよくわかる。

俺はまた新しい箱を手に取った。


「行くとこ、あるの?」


朔哉が黙って頷く。それが本当ならどうして行き倒れていたのか、なんて聞いてはいけないことだろうか。
俺はただそうかと頷き返して朔哉の口にチョコレートを運んだ。やや荒れた唇に偶然を装って触れてみる。鋼のように固いと思っていた朔哉の唇は、女とは違うけれど、ちゃんと肉だった。



そのまま吸い寄せられるように口付けたのは、何故だったか。
朔哉は決して女ではないし、外見が女に近いわけでもない。

けれど感じていたのは欲望。女に抱くような……











翌日起きると朔哉は消えていた。当然かとは思ったけれど虚しさだけが募る。



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