彼はそれを愛と言った | ナノ
家族が増えました
(SIDE:野村柳)
「あ、柳君。お帰り」
呼ばれて振り返ると高校生が嬉しそうにこちらに手を振った。
「橘さん」
「久しぶり」
「……今朝も会いませんでしたっけ?」
「うん」
男前に分類される顔で柔らかく笑う。
……無駄にカッコイイってこういう人を言うんだろう。
「そうそう、食べ頃な野菜がいくつかあるんだ。後で持ってく」
「いつもありがとうございます」
「うん。じゃあね」
彼と別れるとすぐに家に着いた。
「……あれ?」
玄関に脱ぎ散らかされた靴を見て、首を傾げる。弟妹たちの靴。兄の靴。見知らぬもう一足の靴。
誰か来ているのだろうか。それにしては余りに静かだ。そっと靴を脱ぎ、居間へ向かう。
ふすまの前には弟妹たちがひっそりと息を止めるようにして座り込んで居間の様子をうかがっていた。
「ただいま?」
「あ、やなぎにーちゃん。しずかにっ」
「しょうごにいちゃんがトモダチつれてきてるの」
「え……?」
兄さんが友達を……?
息をのむ。だって兄さんが友達を家に連れてきたことなんて大昔に一度あったくらいだ。
そっと隙間から覗き込むとそこには羽村さんがいた。この間、兄さんが友達だと紹介してくれた人だ。
「……珍しい」
兄さんが家に友達を連れてきた。なんだか嬉しいような、悔しいような。
ううん、素直に「嬉しい」にしておこう。
ぼんやりとそんなことを考えていると足元で弟たちが何か喚いていた。ああ、そんなにふすまに体重をかけると…………遅かったか。
ドスンと音を立てて弟たちが倒れる。ふすまは破れこそしなかったが外れてしまい、兄さんたちのいる居間と僕らのいる廊下の仕切がなくなる。
その外れたふすまの上に重なるように倒れる弟たち。
それを見た兄さんは笑って「お帰り」と言った。
羽村さんが買ってきたというケーキを無言で食べ続ける弟たち。
お茶でも煎れようと思ったけど兄さんが煎れて来ると言ったのでやめた。
羽村さんはクリームを頬につけた弟たちを微笑ましそうに見ている。それだけでこの人はいい人なんだなと思う。
「はい、お茶……朝日、クリーム鼻についてる」
兄さんが呆れたように朝日の鼻を拭く。
「しょーごにーちゃん、はむらくんあしたもくる?」
「ケーキ目当てか朝日」
「……はむらくん、きて」
「咲……お前もケーキ目当て?」
「あしたもきてもいいわよっ」
「あの、ケーキなくていいんで、あそんでください」
気がつけば弟妹たちはわらわらと羽村さんを取り囲んでいる。羽村さん困ってるだろうなと思ったら案外楽しそうだ。
「……来てもいいのか?」
羽村さんが不安そうに兄さんを見る。
「当たり前だろ」
兄さんが笑う。
家族が増えるみたいだな、と。なんだかわくわくした。
それ以上に兄さんも羽村さんも楽しそうだったからそれがすごく嬉しかった。
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