彼はそれを愛と言った | ナノ 接近





教室に着くと珍しく野村章吾が起きていた。

折りたたみ傘、持って来なかったんだけど大丈夫かな、雨。

でもこれから寝るのであれば問題ないかもしれない。なんだか眠そうに欠伸を噛み殺しているし。
ところが野村はくるりとこちらに振り返り、

「おはよ」

と、笑った。
……笑った?

「……おはよう」

思わず返したけれど、もしかしたら他の誰かに向けての言葉だったのかもしれない。慌てて周囲を見回すが、特に対象となりそうな人物は見当たらない。

「いや、お前に言ったんだけど」
「俺に?」
「そー」

……やはり今日は雨だ。

「1時間目って実験だっけ」
「あ、ああ」
「実験室って第一と第二どっちだっけ」
「第二」
「サンキュ」

ああ、なんだ、それを聞きたかっただけか。
ホッと息を吐くと、担任が入ってきた。野村は前を向いて、やはり眠そうに欠伸を噛み殺した。

今日は寝ないつもりなのだろうか。本当に珍しい。
そろそろテストがあるから、だろうか。
後でノートを貸して欲しいと言ってくるかもしれないから、少し整理しておこうか。いや、さすがにもう他の奴に声をかけるか。


……なんだろうね、嬉しいのかな。



一瞬でも誰かと会話するのは、そう悪いものじゃないと思った。




…………すぐ、離れていくだろうし、もう声をかけてこないだろうけど。



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