彼はそれを愛と言った | ナノ はじまり




どうして、という訳じゃない。
目の前の席に座る男子生徒はいつだって机に突っ伏して眠っていた。いびきこそかかないが、毎時間にも及ぶそれを意識しないでいられる人間はいないはずだ。

会話は……入学式の日にしたかもしれないが、そのくらい。
名前順だった教室の座席が、ついに席替えというものによって変わった6月の始め――


机を運んでみれば、見たことのある背中。
またしばらくこの背中を見ながら授業を受けるのか、となんともいえない気分で眺めた。


別にその背中が振り返り、話しかけてくるわけじゃない。そんなこと、クラスの誰がそこに座ったとしてもするはずがないだろうけど。
だって、俺ハブられてるし。





   




羽村真琴がクラスで一人、孤独なことになっている訳はそれほど深いものではない。ただ「人付合いが上手くないから」と「一人でも良いと満足してしまえるから」だ。
積極的に誰かに話しかけることもしないし、されない。でもそれでいいかなと思ってしまう。強がりではなく。

それからもう一つ……彼が人より少しだけ、アニメが好きだということ。
まあ世間はそれをオタクと呼ぶのだけれど。


アニメは日本の文化だぞ、と呟く。学校からの帰り道、一人なのはまあいつものことだ。
だいたい誰かと下校した記憶もない。

アニメソングを口ずさみながらぼんやりと道を歩く。それなりに楽しいと、思う。
帰ったら録画したあれを見よう。それから例の新刊が……


不意に、身体が反応した。



「お、羽村。また明日な」


――肩を叩かれた。
一瞬だけ並んだ彼の身長は自分と大差ないことに気付く。それからすぐに背を向けて歩き出す。その背中を自分はとてもよく知っていた。

いつも寝てたくせに。名前、覚えてたのか。



「――野村」


だからといって何が変わる訳でもないけれど、なんとなく嬉しいような、そんな気がした。






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