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赤頭巾(仙行仙、童話パロ) [ 119/196 ]






あるところに赤頭巾と言う男がいました。


「頼むぞ、如月。道中狼に会ったら片っ端からコレで撃ち殺しなさい」


なにやら物騒な会話をしていますが、赤頭巾は海にある『いそかぜ』という自衛艦に向かいました。肩には猟銃。更にかごに入った手榴弾。……これは配役ミスかもしれません。









途中、花畑がありました。赤頭巾は近道になるから、とその道を通る事にしました。花と猟銃…実にミスマッチでしたがそんなこと赤頭巾は気にしません。

その上赤頭巾はズンズンと花畑を突っ切ります。 無愛想だからより怖いものです。歩くたびに肩に背負った猟銃が揺れるのもまたなんとも言えずに怖いものです。どうしてこうも容姿と行動が合わないのでしょう。

赤頭巾はふと足を止めました。花畑の中心に、とても似つかわしくないものがありました。狼です。狼がどっかりと腰を下ろして、真剣な目で何かをしています。普通の人間なら逃げ出したでしょう。しかし、赤頭巾は普通などではなかったのです。



――道中狼に会ったら片っ端からコレで撃ち殺しなさい



あの言葉は“命令”でした。だから赤頭巾は狼を撃たなくてはなりません。それが“命令”であり、赤頭巾の存在する意味でしたから。

だから、赤頭巾は躊躇いなく銃を構えました。その様にはまったく隙がなく、それでいて実に自然でした。



引き金に指をかけると、カチャリとした金属音が聞こえてきました。赤頭巾は冷たい、氷のような瞳で狼を見つめます。



と、狼が空を仰ぎました。それでも赤頭巾は撃つつもりでした。躊躇いなどありません。しかし…狼が何をしているのか気付いてしまい、引き金にかけた力を緩めてしまいました。






狼は、絵を描いていたのです。






だからどうした、と普段の赤頭巾ならそう思いました。赤頭巾もよく絵を描きますが、好きとか嫌いだとか、そんな意味で描いた事など一度もなかったのです。

でも、狼は楽しそうに絵を描いていたのです。

その絵は、暗い暗い夜の闇に包まれてしまった海でした。深く、この世の果てまでも続くような海に、重い波。不安で、けれどしっかりしと構えている大きな海でした。


狼にはこの花畑の向こうにこんな海が見えているのでしょうか。





そうしている間に、狼は赤頭巾に気付いたようで、ニコリと笑って振り返りました。


「おー、この辺じゃあ見ない顔だな。お使いか?」


人を疑うという事を知らないのでしょう。狼は人懐っこい笑みを浮かべています。先ほどの生命の危機も知らずに…



「……絵」

「ん?」

「絵、どうして描いてるんだ?」

「ああ、昔人間が筆を落としていってなぁ。絵の具とかはそこいらの花が染料だからどうにかなるし、紙ならあそこの工場がほっぽり出してるのがあるから」


見ると狼の筆はボロボロでした。筆を拾ったのは随分と昔のことだったのでしょう。そのせいでせっかくの絵があまり上手く描けないようでした。



「……俺、『いそかぜ』に行くんだ。だから、その帰りに筆買ってくるから」



狼は不思議そうに目を丸くしました。でも、赤頭巾は後ろも見ずに走り出しました。












『いそかぜ』は花畑の向こうにありました。といってもそれほど近くはありません。狼はもう声も届かないほど遠くにいることでしょう。


赤頭巾の任務は、この『いそかぜ』に潜伏しているホ・ヨンファという狼を倒し、『GUSOH』を奪い返すことでした。そして最悪の場合赤頭巾はヨンファを道連れに死ぬことになるのです。

その命令を聞いたとき、赤頭巾は何も感じませんでした。恐怖もなく、歓喜もなく、ただその命令を受け入れました。そしてそれは今も同じ……筈でした。



『いそかぜ』には猟師がいました。赤頭巾はじっと彼を見張りました。猟師なら狼を見つけることだろうとふんだのです。


……ところが




「――鼠がいるようだ」




猟師は猟銃の先を赤頭巾のいるダクトに向けました。気づかれたのでしょうか。赤頭巾は呼吸を殺して必死にやり過ごそうとしました。しかしそれも無駄でした。

猟師はダクトに向けて一発撃ちました。弾はダクトを突き破り、赤頭巾のすぐ脇を通り抜けていきました。


「降りてこい!!」


それでも赤頭巾は動きませんでした。しかし猟師は諦めませんでした。更に二発続けざまに撃ち、間をあけてもう一発撃ちます。どうにか回避することのできた赤頭巾でしたが、猟師の次の行動はとんでもないものでした。


「静姫!」


猟師は誰かから何かを受け取ったようでした。そして次の瞬間、ダクトが爆発したのです。



ダクトが壊れればそこにいた赤頭巾も下に落ちてしまうことは歴然でした。それでも赤頭巾は忍者のようにスタッと落ち――というより着地しました。勿論これが普通の人間なら無様に落ちただけだったことでしょうが。

着地すると赤頭巾の目の前には猟師がいました。猟師は赤頭巾に猟銃を突きつけています。それでも赤頭巾は迷いのない目でキッと猟師を睨み付けています。絶体絶命のピンチ。それ以外にこの状況を表す言葉は見つかりません。しかし、赤頭巾は死に対して何の恐怖もありませんでしたからどうとも思いませんでした。

猟師は撃つだろうと赤頭巾は思いました。しかしいつまで経ってもその時は訪れませんでした。それもその筈、猟師は凍り付いたようにその場に立ちつくしていたのでした。



そこで赤頭巾は気づきました。猟師はおそらく赤頭巾を狼だと思っていたのでしょう。そう思って撃ったのに落ちてきたのは狼でなく人間だったから驚いているのです。そうとしか考えられませんでした。

案の定猟師は穴が開くほど赤頭巾を見つめていました。狼が何故人間に変わったのかとでも思っていることでしょう。やがて、猟師は赤頭巾の両手を掴み、グイ、と自分に引き寄せました。



「おれと世界を変えないか?」




それはまさに愛の告白でした。そう、猟師は赤頭巾に一目惚れしてしまったのです。












ここで少し、猟師の目から赤頭巾を見てみましょう。赤頭巾は名前の通り赤い頭巾をつけて……いるわけありません。何故なら赤頭巾はいわば隠密です。真っ赤な頭巾をつけていたら目立って仕方ありません。だから赤頭巾はとりわけ普通の格好をしていました。だいたいあんな趣味の悪い頭巾をつける気など起きませんでした。

そして髪は黒。同じように黒い瞳は鋭く、まるで猫のように警戒心を露わにしています。そしてその目は猟師の心を見抜くかのようでした。


とにかく、そんな赤頭巾に猟師は恋をしてしまったのです。が、当の赤頭巾はそんなことには全く気づいていません。だいたいどちらも男なのですからそんなことに気づく筈もありません。



「世界?」
「おれと朝鮮に行こう。お前を王にしてやろう」
「は?」



猟師は何やら壊れてきました。それでも赤頭巾は首をかしげています。




「――危ない!!!そいつは狼だ!!!!!!」





驚いたことにあの花畑にいた狼がやってきました。息を切らせて二人に近づくと、赤頭巾を猟師から護るようにして猟師に向かいます。




「こいつはホ・ヨンファっつう狼だ!」
「……ホ・ヨンファ」



すると猟師の頭部から、犬のような耳が飛び出てきました。狼です。猟師は狼だったのです。

狼は猟師――本当はどちらも狼なのですが混乱を避けるためホ・ヨンファの方を猟師と呼んでおきます――に立ち向かっていきます。





何故でしょう。赤頭巾は不思議に思いました。だって赤頭巾が狼と出会ったのは本当につい先ほどのことでした。護ってもらうほどの理由がありません。筆を買ってくると言ったから?そんなことくらいで自分の命を危険にさらす必要がどこにあるでしょう。それでも、狼は体を張って赤頭巾を猟師から護るのでした。


しかし、猟師は猟銃を持っていました。まだ弾が残っていたはずです。狼に向けられているそれを見て、赤頭巾は肩に背負っていた猟銃を構えました。



「撃つな!」




赤頭巾は驚きました。狼が言ったのです。猟師の命乞いなどではありません。



「逃げるぞ!」
「………」



狼は猟師に絵の具を投げつけました。それもうんと濃いのです。どろどろというよりベタベタしていそうでした。それが猟師の頭上にかかり、猟師は混乱しているようでした。その隙に狼は赤頭巾の手を引いて走り去りました。














「――アンタのせいで任務失敗だ」


唐突に、赤頭巾は呟きました。けれど起こった様子はなく、それどころか楽しそうに微笑みました。それは赤頭巾の見せる初めての笑顔でした。そして笑うと不思議なことに清々しい気分になりました。



「……筆、買えなかったからコレやる」


そう言って赤頭巾は自分の持っていた筆を渡しました。



「いいのか!?」
「ああ……だから」





だから、あの絵が完成するその日まで、一緒にいても良いかと聞きました。狼はニカリと笑います。



「じゃあ、一緒に描こうな!!」




二人はまたあの花畑に向かいました。











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