版権 | ナノ
少年時代(シオライ、過去捏造) [ 88/196 ]



 少年は木陰を見つけた。

 あまり人目につかないそこは、少年にとっての逃げ場のような物だった。母さんに心配かけることもない。

 だから、時折、泣いた。







「ん〜」


 突然声が聞こえた。少年は反射的に身を潜めた。

 息を殺して、声の方を見る。 


「あ〜よく寝た」


 そこにいたのは少年くらいの年齢の少年。寝癖のついた髪を直しもせず、独り言を呟き始めた。


「うん、やっぱり子どもは枕の子だよな」


 ……それは風の子では?


「だって俺こないだまで全然眠れなかったんだ。これっておかしいよな。児童虐待だよな。お前はどう思うよ?」


 ごく自然に問われた。

 少年は目を丸くした。


「どうして、わかったんだ?」

「ん〜カン?」


 そういうと、彼は芝生の上に寝ころんだ。


「寝るのか?」

「うん」


 それっきり、彼らは何も話さなかった。









 それから

 少年がそこに行くと、必ず彼がいた。

 二人は特に何も話さなかったけど

 少年は思った


 彼といると、泣くのを忘れてしまう。


 名前すら知らない彼。

 いつも眠そうに緩んだ眼。そしてふとしたときに見せる悲しげな眼。


 彼は、何も言わない。

 少年も何も言わない。


 けれど、少年は気づいた。


 彼は少年といるのが嫌いなわけではない。でも、少年と深く関わるのをさけている。

 だから、何も言わない。少年も。




 いつか彼から言ってくれればいい。言わないようならこちらから言おう。


 大丈夫。僕はきみのこと、好きだから。


 味方だから。味方になりたいから。



 どうか一人にならないで。







 少年は未だに彼の名など知らなかった。





 空を見あげる。青い空。


「は〜……良い昼寝日和だ」


 そう言って彼は寝ころぶ。でも、昨日も一昨日も同じ事を言って寝ころんでいた。

 昨日は曇り。一昨日は雨だったのに。


 少年は彼の横に寝ころんだ。昨日も、一昨日もそうだった。少年も彼と同じく変わり者だったのかもしれない。

 



「君がシオン君か」




 びくりと少年の肩が震える。


「下賎な、犬」


 そのときだった。彼が、動いた。


「あんた、こいつの知り合い?」


 眠そうな双方は変わらないはずなのに、少年には彼がどこか別人のように思えた。


「知り合いというか、兄弟かな。まあこの子の中には半分汚らわしい血が流れている。犬と兄弟なんて僕らも変わった境遇だ」

「俺さあ、別に複雑なこと好きじゃねーんだ。嫌いなの。でも、人の眠りを邪魔すんなよ。夢見が悪くて仕方ねー。夢うつつの時気配がするわ、何かとんできそーだわ、おちおち寝てらんねーんだよ。あんたのせい?」

「……驚いたな、ガキのくせに」


 次の瞬間、ライナの体が消えた。いや、移動したのだ。

 早い。瞬きするまもなく、彼が男の前に現われる。


「求めるは雷鳴>>>・稲光」


 彼の声が聞こえたかと思うと、雷撃。


「ぐあっ」

「求めるは焼原>>>・紅蓮」


 続いて、炎。



 鮮やかな魔法に少年はしばし呼吸を忘れた。

 なんて、綺麗なんだろうか。



「お、お前は――複写眼!」


 男は慌てて逃げ出した。

 アルファ・スティグマ?


 少年は彼を見た。彼の眼の中には、朱の五方星。

 どこかで聞いたことがあった。瞳に朱の五方星を宿した化け物のことを。


 でも、怖くはなかった。

 綺麗な眼だと思った。



「なあ、お前逃げないの?」


 彼はしばらく口を閉ざしていたのだが、ようやく口を開いた。

 逃げる?


「何で?」

「わからないなら教えてやろう。俺は化け物なの。こわーい怪物なの。あんま傍にいると殺されるかもしれないの。だから普通の人は逃げるよ」

「そう?」

「そう」


 頷いた彼の眼は、また悲しそうな眼で

 だから


「だって、綺麗な眼だよ」


 そう言ったら、彼の眼はこぼれ落ちそうなほど丸くなって


「……お前、馬鹿」


 俯いてそう言った。

 別に馬鹿でも良い。


「下賎な犬と化け物なんて良いコンビじゃないか?」

「お前だけだよ。そんなこと思うの」


 しばらく笑った。

 彼の笑顔はとても眩しくて、少年はずっと見ていたいと思った。



 
 彼の笑顔が欲しい。





 少年は彼を見た。

 その目はいつも悲しげで、それを隠すように怠惰な様子を演じている。彼が眠るのはその目を隠すためではないだろうか。異様な、畏怖の、その五方星を。

 もったいない。



「もったいない!」

「……何が」



 少年は彼の髪を掻き揚げて、その眼を覗き込んだ。


「綺麗だって、言ってるだろ。なのに隠すなよ」

「……切るのめんどいんだよ」 


 そう言って彼は眠そうに欠伸をする。






 あれから、ほんの少しだけ二人の会話は増えた。

 少年は相変わらず彼の名前は知らなかったけど、それでも一緒にいようと思ったのだ。

 だって、寂しそうだから。


 そんなことは言い訳にもならないことはわかっている。でも、傍にいたかった。少年自身の為でしかなかったかもしれない。



 傍にいて

 話しかける



 それだけでお互いを許しあえているような

 そんな気が、した。 



「なあ、俺の眼なんかよりさ、お前の髪の方が綺麗だと思うけど?」

「髪?」

「太陽の光が反射して、さ。すっげー綺麗」

「そうかな?」

「そう」



 そう言って彼は眼を閉じた。

 

 昨日のように平和で

 昨日のように幸せで


 こんな日がずっと続けばいいと思ってたんだ







「なあ、この国ってどうなってるんだろう」

「? どうって?」


 少年は彼に悲しそうな眼をして見せた。


「戦争、戦争、また戦争。民のことなんて何も考えちゃいない」

「なら、お前が王になれよ」

「……僕が?」

「そう。民のことを考える、優しい王に」


 そう言った彼は、どこか変だった。

 妙に寂しげに見えたのだ。


 でも、少年はそれを見なかったふりをした。



「……王か」



 王。それは少年に出来た、初めての夢だった。














「なあ、王になるのにはいろんな事知ってないといけないんだって! どんなことが悪で、どんなことが善、とか」


 少年は重い、分厚い本を手に彼に言った。


「僕はやっぱり今の王が悪だと思う。僕は善の王になりたい」

「そっか」

「僕が王になったら、雇ってやろうか? 三食昼寝付きで」

「ん〜よろしく〜」

「約束だからな。指きり」


 少年の言葉に、彼は笑って小指を差し出した。



「嘘ついたら……」

「嘘ついたら?」

「変な過去をねつぞうする!」

「変な過去?」

「マダムキラーとか」

「うわっ。それは嫌だな」

「だから、守れよ?」

「わかったわかった」

「僕が王になるまで、ずっと一緒だからな? 王になってもだ」

「はいはい」





 日暮れになり、うっすらと周囲が赤く染まり始めた。


「じゃーな」


 彼はいつもよりだいぶ早く、去ろうとした。

 いつもは少年が帰るまで帰らないのに…


「またな!」


 明日は何を話そう。少年の頭の中はそれでいっぱいだった。












 もう、彼がそこに来ることはなかった。






 昨日という日はその一瞬しか存在しなくて

 だから、昨日と同じ今日が訪れることなんてありはしないのだ


 日々は常に変化している









「………」


 最後に彼に会ってから、どれだけの時間がたっただろう。


 少年はいつまでも彼を待ち続けていた。




 名前も、知らない。

 家も知らない。

 親とか、境遇とか、

 何で悲しそうにしてるのかとか

 僕といてちょっとはそれが薄まったのかとか


 何も、聞いてない。








 約束したのに。






「嘘つき」




 ずっと一緒だと





 約束したのに















 少年は彼を探そうと決める。

 そして王になろう。


 王の権力で彼を捕らえてしまえばいい。



 それから

 それから……






 とりあえず、やることは沢山ある。







 それから長い年月が過ぎ

 少年は青年になっていた










「……複写眼、か」


 ライナ・リュート。複写眼の保持者。

 彼と同じ。






 年齢的にも合う。だが、それだけでは断定できない。





「でも、調べてみる価値はある」




 複写眼ならばそれだけで利用できる。





 少年――青年は、真夜中の図書室にいた。

 周囲はしんとしていて、その方が調べやすいし、調べるものが調べるものであったからだ。



「ぐうぐう」



 そこに、間の抜けた声が聞こえてきた。



「誰だ!」



 
 するといつの間にか眠っている男がいて……


「……あ…」


 それは、彼だった。



 見間違えるはずがない。

 何度も思い出していた。

 ああ、これは彼だ。






 それから、彼の名前を知って

 青年も彼に名を教えて





 過去の話だけはしなかった








「ライナ」


 彼の名を呼ぶと、それだけで満たされた気持ちになった。

 初めて会ったときから何年も過ぎて、やっと名前を知った。

 長い長い道のり。








 やがて


 青年は王になり

 彼は旅に出る





 その先に交わる道がないと知ってはいたけれど、青年は彼を繋ぎとめようとした。

 複写眼という枷を利用して。



 卑怯でも良かった。今は傍にいなくても、絶対に逃げられない保障が欲しかった。


 だって、彼は一度消えてしまったから。





 




 それでも彼は消えてしまい


 青年には彼への想いだけが残った。





 王になるという夢は彼がいたからこそ生まれ


 王という役職には彼がいなければ何の魅力もなく





 民のためとか


 みんなが、笑っていられる国だとか




 その響きにさえも何の魅力も感じない。










 ただ、空しさだけが募る。





 一番欲しかったのは何だろう


 一番欲しかったのは王じゃない。





 みんなが笑っていられる国だって、欲しかったけどそこには彼がいなければ何の意味も持たない。









 立ち止まる、足


 凍りつく表情









 望むのは唯一つ









 彼とこころの底から笑い合える



 そんな、平和



 そして



 彼の笑顔








――――

一応完結です。後半はほぼ詩と捏造でした。まあ捏造は最初からですが(笑)

この辺が切りがいいかなーと思っての完結です。続きを書くことは…もしかしたらあるかもしれませんが、ないと思います。
途中なら書きそうですが。

なんか無理やり終わらせちゃいました(汗)何故か連載系はいつも無理やり終わらせてます。


キリリク本当にありがとうございましたv




[*prev] [next#]
top
TOPへ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -