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1.旅人のペンダント [ 173/196 ]
「おい、三谷」
突然呼び止められて亘は小首を傾げた。
「何、芦川」
ヴィジョンに行ってから何年が過ぎただろう。小学生だった二人は高校生になり、何故かずっと同じ学校にいた。
小学校は美鶴が転校してきたのだし、中学だってその延長みたいなものだから同じ学区内だった。そこまでなら別によくあることだ。
それが、高校まで同じというのが不思議だったのだ。
亘とて勉強ができない訳ではない。それなりに成績優秀な方だ。けれど亘のそれはあくまで凡人より少し上なレベル。高校入学にあたってそこから更にレベルを下げた。美鶴の頭脳はそれより幾らかは上であることは間違いなかった。
だというのに美鶴が選んだのは亘と同じ、それなりに平凡な学校。せめて私立にすればいいのに、と思う。亘としては母子家庭だったから公立を選ぶより他なかったのだが。
美鶴の家も大変なんだろうか。お金とか。
ミツル、と名前で呼ぶのが恥ずかしくなったのは小学校を卒業する頃。
突然苗字で呼び始めた亘に、美鶴は少し寂しそうな顔をして笑った。それでもワタルから三谷に呼び名を変えてくれた。
そんなとき、やっぱり自分はまだまだ子どもなのだなと思う。
「お前『旅人の証』、まだ持ってるか?」
「え……?」
「ペンダントだよ、ペンダント」
そう言うと美鶴は自分の服の中に手を入れた。
「ほら」
「あ、懐かしい」
「……懐かしいってお前…なくしたのか?」
「はは」
それは本当に懐かしい、『旅人の証』
亘にとってはヴィジョンという世界の存在する証でもあった。
「懐かしいなあ。キ・キーマとか、ミーナとか。カッツさんとか。皆どうしてるんだろう」
「さあな。で、お前はどうしたんだ?なくしたのか?」
まさか。
亘はにっこり笑って自分の服に手を突っ込む。
こんな風に笑ったのはずいぶんと久しぶりだ。いつだったか笑顔が可愛いと女子に言われたのを気にして、めっきり笑わなくなった。普通程度には笑うのだが、今するような笑みは全くといっていいほどしなくなったのだ。
服の中から出てきたのは、美鶴が持っているのと同じ、旅人の証。
「無くすわけない」
「そうか」
美鶴が釣られたように微笑む。
そういえば美鶴はよく笑うようになった。妹がいる世界だからだろうかもしれないが、それが亘と関わったからであればいいと、時々だけど思う。
無くすわけがない。あの時の、美鶴の思いを今も思い出すために。
自分の成長を忘れないためにも。
「なあ、ワタル」
「何?」
美鶴が亘を名前で呼ぶのはどれだけ久しぶりだろう。
「交換しよう」
「え?何でさ」
「何となくだ」
「何となくって……」
「俺はこれを持っていると嫌な事ばかり思い出す。全部がそうじゃないんだ。でも、良いことを思い出そうとすると隣合わせに嫌なことが出て来る」
「じゃあ、持たなきゃいいじゃないか」
「お前のを持っていれば、大丈夫だと思うんだ。だから、頼むよ、ワタル」
その声がまるで縋るようで、亘は頷くことしかできなかった。
「まあ、同じだしね」
「………俺は逃げようとしているんだろうか」
「いいんだ。ミツルは十分償ったよ」
小学校を卒業して、中学を卒業して、やっと入った高校で、
美鶴はすっかり変わってしまったのだと思っていた。まるでヴィジョンのことを忘れてしまったみたいに。
けれど、違ったのだ。
美鶴は自分の罪を忘れないように、その旅人の証をずっと持っていたのだ。
今でもなお、思い出すだけで泣いてしまうのに。
「泣かないで、ミツル」
強くなれるなら、自分の持つものなんて幾らでもあげるから。
その優しさを持ったまま、強くなれよ。
ミツルが自分自身で重くしていた罪は、漸く軽くなった。
―END―
最初はギャグにするつもりだったんです
なのに……見てたテレビがシリアスだったからつい!(おい)
ギャグなオチ
※ミツル変態注意報
「……ワタルのと交換しちゃった」
泣いた鴉がもう嬉しそうに微笑む。
「これ、あの頃ずっとワタルが持ってたんだよな…」
頬擦りスリスリ。
「………ワタル」
息荒く匂いを嗅ぐ。
「………次はリコーダー貰おうかな」
果たして彼の涙は嘘か誠か。
―本当に、END―
2006.07.27
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