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呪いかまじないか(蟲師・化ギン) [ 167/196 ]
一つの所へ長くとどまれぬ体が恨めしく思うのは、こんな時だけだろうか。
ギンコは気だるそうな目で男を見た。眼鏡の向こうに見える2つの瞳が自分を捉えているのが妙に落ち着かなかった。その一方でひどく安堵して余計な力が抜けていくのも不思議だった。
「行くのか」
尋ねるというよりは事実をなぞるように漏れた言葉に「ああ」と短く答える。最初の頃であればもう少し居ないかと返されたのだが今では聞かない。
ただギンコの言葉を噛み締めるように口をもごもごとさせてから「そうか」と呟くのだ。
「今度は何処へ」
「北」
ギンコが言う方角が何処であっても、返ってくるのは病にかかったら自分の所へ来いと言うことはだった。
さあどうしようかねとお決まりの台詞を返しながら、また一つ時間が減ったことを惜しむ。
ギンコを引き留めるために用意されたであろう言葉が一つ、また一つと消えていく。そしてその時間が、用意された時間が、当初の頃よりだんだんと少なくなっていることにギンコは気付いていた。おそらくは、化野も。
冷めたのではない。
時間も、言葉も要らなかったのだ。
「なあ、ギンコ」
「何だ」
「『帰って』くるのか」
何時の頃からか、
化野が言い始めた言葉が、
「ああ、『帰って』くる」
ギンコの返すその言葉が、
互いを繋いでいるのだと確信していたのだから――
ギンコの去った部屋はやけに広く思え、何処からか冷たい風が吹き込んでくるような錯覚さえ覚えた。化野はそっと息を吐くと徐に立ち上がる。
ギンコから譲り受けた――というよりは買い取ったと言うべきか、そんな品を眺めて感情を戒める。
「『帰って』くる…」
その言葉が化野の心を少なからず慰めるのも事実であれば、それが鎖となり互いを戒めるのも又事実。本来ならば言うべきではなかったその言葉を化野はずっと我慢してきた。
それが、口からするりと滑り出したのは何時だっただろうか。
一度外へ出てしまえば最早それは化野には操れない。否、建前ではなく本音だけがそれを操るのだろう。だから、止められないのだ。そして、ギンコもそれに答えてしまった。
謂わば呪い(まじない)のような約束。
口に出せばそれは言霊となり力を持つ。それを知りながらなおそれを繰り返してしまうのは、その甘美さに溺れているからか。
彼は此処へ『帰って』くる。彼の『帰って』くる場所は此処なのだ。
そして慰められながら、後悔の念に駆られる。それはおそらくギンコも同じなのだろう。
しかし呪い(のろい)のような呪い(まじない)のような、そのどちらにも成り得る言葉は何時までも互いを縛り付けているのだろう。
×××
エコーさんに一万打の御祝い…だったんですが何だろうこの駄文。
是非見なかったことになさってください。スランプの産物です。いやいつも駄文ですけどね。
タイトルは『ノロイかマジナイか』と読みます。そのノロイ、もしくはマジナイにあたるのが…ってことです。要らん付け足し。
とにかくおめでとうございます!
ですがそんなに重く考えず自分のペースでのんびりとどうぞ。ここに生きた見本が居ますから!
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