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フリーターと殺し屋(蟲師・化ギン) [ 166/196 ]


※その名の通りのパロディ





「失敗した」



ギンコは表情一つ変えずにそれだけ言うと、家へ上がり込んだ。その動作だけならいつもと変わらない。なのに、ギンコの口からは「失敗した」という言葉が漏れ、額からは赤い液体がダラダラと流れていた。



「ギ、ギンコ?」



慌てた化野はギンコの後を追う。血の独特な生臭さが鼻を刺激した。今までもその臭いがすることは幾度かあったが、それは大抵ギンコの浴びた返り血でありギンコは何時だってかすり傷一つ負っていなかった。
それが、今日は違う。

一体何が有ったのか。化野はとにかく止血が先だ、とギンコを座らせた。
一度は捨てた、医者になるという夢。その夢を再び蘇らせたこの男のために、始めたばかりの勉強が役に立つなど皮肉じみている。


化野は溜め息を一つ、吐いた。













「悪いな」



そうは言ってもちっとも殊勝な感じがしない。


「どうしたんだ、一体」


こちらも興味無さそうにしておいた。が、内心はひどく苛立っていた。

ギンコがこれまで『仕事』に失敗したことは、一度としてなかったのだ。否、あっても化野には見せなかっただけかもしれないのだが。
大したことのない傷だとわかりながらも、動揺は隠せなかった。




「さあな」




だのに、ギンコは教えようとはせず、ならばと化野も追及しなかった。



「最近、コンビニはどうだ」

「別に、お前が来なくなった以外何も変わらない」



ギンコの来ないコンビニは今一つ面白味に欠けた。しかしギンコの来ていたところも同じようなものだったから、結局何も変化していないのだろう。


そもそも二人の出会いはコンビニだった。アルバイトをしていた化野が、定時に煙草を買いにくるギンコと交した言葉。いらっしゃいませとか、ありがとうございましただとか、そんな変わり映えのない言葉くらいだった。だから、個人的な付き合いなどなかった。


その後、倒れていたギンコを介抱した化野は、何故か今この男と奇妙な関係にあった。
代わりに買ってきた煙草をギンコに渡しながら、化野は薬を探した。



それを傷口に塗りながら聞く。




「痛むか?」

「いや、別に」



出血のわりに傷は浅く、ギンコのいつもと変わらぬ表情と声音にほっとする。



「……………実は、な」

「何だ」

「失敗は、仕事じゃない」

「……じゃあ何故だ?」

「――電柱にぶつかった」




言いづらそうに口にした事実はあまりに似合わなくて




「夜中に出歩くからだ」

「そういう仕事だから仕方がない」




闇に紛れるように歩くくせに、どうしたって闇とは一体化出来ぬものなのだと安堵した。
ああ、矢張りこの男は人間だ。





「……笑うな」

「悪い。つい、な」




込みあげてくる笑みはどうやら収まりそうにない。





不思議なものだ。自分が目指すものとギンコの今は対極に位置している。生と死。隣り合わせで背中合わせで、一番近くにあるもの。それでいて遠くにあるもの。
そんなものに、ギンコは化野に成れという。化野はギンコを止めはしない。


互いを信じているだとか、そういうものではないと思う。
ただ、何をしても構わないのだと思う。法律や、道徳など関係ない。ギンコが捕まろうと、化野が最低な医者になろうと、互いの態度だけは変わらないのだという、確信。

それだけだ。

互いを一番の味方と思っているのではない。ただ、どんな事実があっても二人は二人で、この関係は終わらないのだ。
深くもない。浅くもない。深入りせずとも理解している。その理解が完全でないことも。





つまり、フリーターと殺し屋が医者と殺し屋になったところで、それらの名詞にどれだけの形容詞がついたところで、何も変わらないということだ。



「気を付けろよ、おっちょこちょい」

「――どっちが」


だから、二人はいつまでも笑い合う。



‐了‐



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