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それは重ならない想いの矢印(忍たま:利→土→山) [ 161/196 ]



それが報われることのない想いだと知っていた
だから報われないのだということも







「やあ」



忍術学園の正門に居た、やたらしつこい事務員に折れ、入門票にサインをしていた時。声が聞こえてきて振り返る。



「土井先生」


土井は、少し苦笑して手に持っていた紙の束を利吉へ見せる。ああなるほど、と利吉は思う。



「それですか。父上が帰ってこられない原因は」



土井が持っていた紙の束は1年は組の答案用紙だった。また、視力としか思えない数字が並んでいる。どうせそんなところだろうと予測はしていたものの、改めて見ると逆に感動してしまう。

土井はまた苦笑しながら首を振る。
それもあるが、補習のせいだという。どちらにしてもあの1年は組なら仕方のないことだろうと納得してしまえる。

母上に何と言おうか。いっそこの答案を持って帰り、彼等の飲み込みの悪さでも説明しようか。そんなことを考えながら土井を見る。
その表情はやはり苦笑混じりなのだが、どこか嬉しそうに見えた気がした。



――父上がいるから、か




土井が自分の父に抱いている想いを知ったのは随分と前だった。特に何があったという訳でなく、ただ土井には母から父を奪ってやろうだとか、そんな考えは全くないらしい。そして父にその胸の内を伝える気もないらしい。







「父上は」




昔は、自分が父上という言葉を口にする度悲しげに歪んでいた彼の表情は、今では上手に隠せるようになっている。


「今は食堂にいるよ」

「そうですか」



今思えば、あの表情が何より好きだった。




「行かないの?」

「……すみません」

「別に、謝ることないのに」




不思議そうに首を傾げる土井に、利吉はもう一度声には出さずに謝った。





(すみません)




父上と、あの人を呼ぶ度に彼が傷つくのを知っていて、なのに口にする自分を。
彼の想いが決して実らぬことを喜んでしまう自分を。


彼があの人に想いを伝えない理由と、自分が彼に想いを伝えない理由は似ていた。







(結局、怖いのだ)




嫌われてしまうのが
距離を置かれてしまうのが
傷つけてしまうのが


ひどく、恐ろしい






「利吉くん、昼食は?」

「まだですが……」

「じゃあ、食堂に行こうか」




ホッとした笑みの次は、真剣な表情。




「………実は、今日はおでんなんだ」



利吉はポカンと固まり、やがて、笑った。




「好き嫌いは良くないと思いますよ?」

「………」





ほんの偶にでも、この人の隣に居られればそれで満たされる何か。

だけど、報われることはない。
それだけはわかっていた。



(好き、嫌いは)



その感情が良くないと知りながら




「私はあれだけはどうしても駄目なんだ…」

「『だけ』って練り物全てじゃないですか」



好かれることが出来ぬなら、いっそ嫌われてしまおうかと思いながらも、
時折見せる笑顔がそれを迷わせるのだと



なんて、残酷なのだろう。




「すみません、時間がないのでもう行きます。父によろしくお伝えください」

「うん、わかった――気をつけて」



その肩を抱き寄せて、口づけをすれば何か変わるだろうか?



「では――」





いつか、この均衡が崩れてしまえば良いのに。



‐了‐





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