十年目のPropose」、「十年目のHoneymoon」と同設定


疵付けてくれなきゃ赦してしまいそう



「まだ怒っているのか」
 イザークは嘆息しながら、ソファに座って頑なに背中を見せている恋人に声をかけた。けれど返答はなく、イザークはまたため息をついたのだった。
 十年以上に渡って想い続けたアスランを婚約者としてプラントに連れ帰ってからわずか数日、早くもこんな事態になろうとは。
 いや、イザークにはわかっていた。こうなることが。それでも、イザークはアスランをプラントに連れ帰したかった。アスランが遠く離れてもなお、ふるさとを愛していることを知っていたから。
「いい加減に機嫌を直せ、アスラン」
「だって聞いてない! お前が国防委員長になるなんてこと!」
 ──その言葉通り、イザークが着ているのは白ではなく、かつてアスランがそばでよく見ていた紫の軍服だった。色も装飾も、父のと同じ。
 アスランがプラントに帰ってきて、イザークが用意したふたりの新居に落ち着いて。イザークは休暇を取っていたから、甘い三日間をふたりで過ごした。明日から出勤だと言ってイザークが見せた軍服が、それだった。
 そしてアスランはへそを曲げてしまったのだ。
 振り向かない背中にイザークが、さてどうしようかと考えたときだった。インターホンが鳴った。それも門の前のではなく、この家の玄関のものが。
 門の鍵は網膜認証システムで、あらかじめ登録した人間のものでないと反応しない。不用意に覗き込んだりすれば、即座にザフトの警備部に通報される仕組みだ。もちろん不正アクセス対策もしてある。アスランには遅れを取ったとはいえ、イザークの情報プログラミングの腕前は確かだ。何しろいまだにアカデミーにおける彼らの成績は破られていないのだから。
 そんな門を難なく通過できる人間は、イザークとアスランを除くとひとりしかいない。──ディアッカだ。
「迎えが来た」
「迎え……?」
 言うと、アスランが怪訝そうに振り返った。

「お迎えに上がりました、ジュール国防委員長閣下」

 開かれた玄関の扉。口調だけは真面目だけれど、それにそぐわないにやけた笑みを浮かべているのは──。
「ディアッカ!」
「やっほー、アスラン。お久し」
 ひらひらと手を振るのは、イザークと同じく紫の軍服を着たもうひとりの戦友だった。
 リビングから顔を覗かせたまま目を丸くするアスランを見て、イザークはディアッカに目配せする。瞬時に意味を察したディアッカは一瞬嫌そうな顔をして、けれどやれやれと肩を落としながら頷いた。目だけで謝意を伝えると、イザークは「寝室に忘れ物をした」と告げてアスランの視界から消えた。
「ディアッカ……」
「同棲ほやほやでそんな顔してるってことは、イザークはお前に何も言ってなかったんだな」
 そこでアスランは怒りを思い出したらしい。ディアッカからも顔を背ける。
「聞いてないさ! イザークが俺の帰国と引き換えに国防委員長になったなんて!」
 唇を噛みしめるアスランに、ディアッカは苦笑しただけだった。


「もともとさ、ずっと打診されてはいたんだよ。イザークを国防委員長に、って件は」
 アスランはリビングに戻り、イザークが語らなかった経緯をディアッカから聞いていた。
 国防委員長は文字通り国防を担う人間だ。そのポジションにはやはり、戦争の現実を知っている人間を据えたいと議会は考えた。そこで白羽の矢が立ったのがイザークだった。実際、イザークほどの適任者もそうはいないだろうとアスランも思う。
 人は忘却が得意な生き物だ。戦争が終わってまだ十年。けれど戦後の復興は驚くべき速度で進み──まだ十年、されどもう十年でもある。忘却の針はゆるやかに廻る。人々の中に根差したものは深いが、表面上は戦争などなかったかのように平穏だ。それは悪いことではない、けれど。
「でも、イザークはずっと断ってた。軍人である自分がそんな大きな権力を手にするわけにはいかない──ってな」
「……うん」
 それはきっと、父のことも関係しているのだろう。ザフトという組織を作り上げ、国防を担い、数多の大きな罪を犯したアスランの父。
 ザフト出身の紫の軍服をまとった国防委員長というのは、あまりにあの人を連想させる。
 事実、軍人はあまり大きな権力を持つべきではないと思う。軍人はあくまで国に民に従い、国を民を守るべき存在だからだ。そしてそれを大義名分に──人殺しを行える存在だからだ。
 イザークもアスランも軍人だ。胸に抱いた想いがなんだったのであれ、ザフトに入ることを選んだ。それは誰に強要されたわけでもなく自分で選んだこと。後悔はたくさんした。けれども自分が軍人でないことなど想像できない。アスランは軍を辞したけれど、本質はもう軍人だ。必要であればためらいなく銃の引き金を引くだろう。
 過去に軍人が政権を握った例は歴史を紐解いてみればいくらでもあるが、同じように歴史を鑑みればわかるだろう。その末路が。
 だからイザークは、その打診を拒んでいた。それなのに国防委員長になる道を選んだのだ。アスランのために──アスランのせいで。
 アスラン・ザラの帰国を認める唯一の条件──それがイザークの国防委員長就任だった。
 綺麗事ばかりでは政治は立ち行かない。──けれど!
「はい、そんな顔しない」
 ばすっと頭をはたかれて、アスランはいつの間にか視界から外していたディアッカを瞳に映した。
「そんな顔、って」
「俺のせいだ、って顔」
 図星を突かれた。
「お前のせいじゃねえから。確かに決め手のひとつにはなったけど、イザークもぐらついてたからさ。アイツ昔から叫んでただろ、石頭どもがッ! って」
 そうだった──思い出して、アスランは思わず微笑む。
「国防委員長になれば、もうちょっと堂々と口を挟めるようになるだろ? だから思い切ってみるべきだろうか、って悩んでたところにお前の帰国を条件に出されて決めた、ってだけだから。お前のせいじゃない」
「でも……だったら話してくれてたって……」
「話したらお前、素直にプラントに帰ってこなかっただろ」
 うぐっとアスランは言葉に詰まった。た、確かにそうかもしれない。
 ただでさえ、アスランはなんやかんや言いつつ素直には応じなかったのだ。国防委員長の件を聞かされていたら、アスランはまだ、ここにはいなかっただろう。外堀をきっちり埋めていたイザークが話すわけがない。
 見抜かれている。……いろいろと。
「まあ心配すんなって。そのために補佐官の俺がいるんだからな」
 片目をつぶりながら、ディアッカは自らを指差した。
「イザークなら大丈夫って信じてるけど──いざってときは殴ってでもアイツを止められる位置にさ」
「ディアッカ……」
 強いな、とアスランはディアッカを見つめる。その決意は言葉だけのものではないだろう。だからこそ強いと思う。
「だから観念して、イザークと幸せになれよ、アスラン」
 染み入るようにディアッカの言葉はアスランの中に入ってきた。
「それに、お前らには諦めないでほしかったからな。──俺は、諦めちまったから」
 はっとアスランは息を呑んだ。
 ディアッカがずっとひとりの女性を想っていたことを知っている。そしてディアッカは去年結婚した。──彼女ではない女性と。
「もちろん嫁さんを愛してないわけじゃないぜ? 幸せだしな。ただ……同じ恋の仕方は、できないからさ」
 その声には少しだけ寂しさが含まれていた。
「イザークが好きだろ? アスラン」
「……ああ」
「その気持ちを一番にしろよ」
「……わかった」
 素直に答えると、戦友はにんまりと笑った。
「だってさ。よかったな、イザーク」
「──!?」
 ばっと後ろを振り返る。そこには、リビングの入り口に立つイザークの姿があった。
「い、い、いつから……っ!」
「わりとはじめから」
 開いた口が塞がらない様子のアスランにイザークは低く笑う。そんな姿もひどく様になっていて、腹立たしい。
「機嫌は直ったか? アスラン」
「──ッッ! 直ってない!」
 顔を赤くして叫んだアスランに、背後でディアッカが噴き出した。




2014.4.11


 
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