十年目のPropose



「やる」
 ズイッと差し出された小さな紙袋を反射で受け取り、アスランは首を傾げた。
「誕生日はまだ先だけど?」
「……貴様のとんちんかんなところは本ッ当に変わらんな」
 心底呆れたまなざしにムッとするアスランにイザークは顎をしゃくってみせた。
「開けてみろ」
 仕方なくアスランは紙袋から小箱を取り出した。
 大きさからすると何かのアクセサリーだろうか。……いや、待てよ。
 アスランは眉を寄せた。
 ずいぶん昔の記憶がよみがえる。見覚えのある小箱の形とサイズ。
 かつてアスランは、カガリのためにドキドキしながら一つのアクセサリーを用意した。
 これは、そのアクセサリーを収めるものとよく似てはいないだろうか。そういえば、この紙袋に印字されたロゴマークはプラントでも有名な宝石店のものじゃないか。
 目を見開いてイザークを見つめる。
「十年だ」
 何も言えないアスランに、イザークが言う。
「俺が貴様に愛を告げてから、十年経った」
 十年前、イザークは愛を告白した。アスランに。
 アスランからするとまさに寝耳に水の出来事だった。ずっと戦友だと思っていたイザークがまさか自分を、その、愛していただなんて。
 それもアスランがキラに抱くような愛じゃなく、カガリに抱いたような愛を。
 カガリと別れて、二年後のことだった。
 不思議と嫌悪感はなかった。
 イザークが男を好きなのだとしても、その想いが自分に向けられているのだとしても、アスランにとってイザークはイザークでしかない。一度だって変わることなくアスランに手を差し出してくれた朋友だ。
 ここでアスランが「ノー」と言えば、きっとイザークは「そうか」と言って引くのだろう。簡単に引き下がるような男ではないが、引き際をわきまえない男でもない。
 元のように、とは行かずとも元に近い形で、二人はただの戦友に戻る。
 アスランはオーブで、イザークはプラントで。
 もう二度と、イザークはアスランに手を差し出すことはないだろう。二年前と違って、アスランは自分でオーブを選んだ。ただの戦友に戻ったら、イザークの目はプラントだけを、誰かほかの人間をまっすぐ映すのだろう。
 ──それは嫌だな。
 ふっとそう思った。どうしてそう思ったのか、アスランにはわからなかった。わからないままで終わってしまうのも。
 だからアスランは「時間をくれないか」と答えた。
 そうして、十年が過ぎた。
 ただの戦友ではないまま、何か別の名前があるわけでもない曖昧な関係のまま。
「貴様は時間をくれと俺に言ったな。だから寛大な俺は時間をやった。十年も、だ」
 穏やかな深さをたたえるアイスブルーの瞳がアスランを見据える。
 大人になったんだな、とアスランは思う。いつの間に、彼はこんな穏やかな目をするようになったのだろう。
「キラ・ヤマトとラクス・クラインは結婚した。貴様が愛したカガリ・ユラ・アスハも。ディアッカもな。……あとは俺たちだけだ」
 ああ、そうだ。それだけ長い時間が流れたのだ。
「答えを聞かせろ、アスラン」
 アスランは手にした小箱に視線を落とす。
「イザークは……俺のどこが、そんなに好きなんだ? その……十年も待てるほど」
 イザークは腰に手を当て、遠くを見晴かすように目をすがめる。
「わからん」
「は?」
 間抜けな声が出た。
「正直、なぜ貴様なのかと俺も思う。当時は恋だと思って告白したが、いまではこの気持ちが恋なのか、それとも行き過ぎた友情なのか……それすら、はっきり言ってわからん」
 なんだそれ。
 呆気に取られるアスランをよそにイザークは続ける。
「十年だ。貴様とは離れていた時間の方が長いし、その間に何度も見合いを薦められて、断りきれないものには何人か会ったこともある。中には俺好みの女だっていたさ。……それでも、俺が手にしたいと思うのは貴様だけなんだ、アスラン」
 イザークがアスランを見つめた。
「愛に決まった形などない。だから、これが俺の愛なんだ。貴様を愛している。それではだめか?」
 アスランは目を逸らした。
 ドキドキしてイザークの深い蒼を直視できない。
「お、俺はいま、オーブの人間だ。十年前とは事情がまるで違う。オーブ軍も機密に関わった俺を手放すわけには行かないだろうし、プラントにもいまさら戻れないだろう。それに、出生率の低下が深刻なプラントではいまだ同性愛を認めていない。結婚なんか……」
「結婚とは必ずしも法律の下で成立するものではないと俺は思う。昔と比べると婚姻統制は大分緩和されたが、それでも事実婚に走る男女カップルは少なくないんだ。そんなカップルは結婚していないと言えるのか? ラクス・クラインだって子どもは貴様とでないと望めないのに、キラ・ヤマトを選んだ。そんな彼女が幸せでないとでも?」
「それは……でも、オーブはどうするんだ。プラントは」
 段々逃げ道が封じられていくようで、アスランはおそらく一番難関なポイントを口にする。
 だが、そこでイザークはニヤリと笑った。まるで十数年前と同じ、子どもっぽい笑顔で。
「貴様も言ったじゃないか、アスラン。『十年前とは事情が違う』んだ。すでにアスハ代表からの許可はもらっている。プラントでも貴様の二度目の脱走に関しては冤罪が立証されているからな。まあ制限はつくが、戻れんこともない」
 二の句が告げないとはこのことだ。イザークが大人になっただなんて、そんなことない。イザークはやっぱりイザークだ。
 逃げられないように、外堀がしっかり埋められている!
「お前……謀ったな!?」
「何も嘘は言っとらんぞ」
 しれっと答える顔が小憎たらしい。
 イザークの美貌は衰えるどころかますます磨きがかかって、いまでも二十代前半と言っても通るだろう。そんな顔を張り倒してやりたい。
「『幸せになれ』」
「え?」
 アスランは聞き返す。
「『お前のこの十年を否定することになるだろうから謝りはしないが、お前をもうオーブから解放しよう。アスラン、幸せになれ』……彼女はそう言っていたぞ」
「……カガリが?」
 彼女を思い出しても胸はもう痛まない。胸を熱くする激情も走らない。彼女が結婚したとき胸に抱いたのは、ほんの少しの寂しさと懐かしさだけだった。かつてこの手で幸せにしたいと願った女性の幸せを、いまは穏やかにハウメアの神に祈れる。
 それでも、カガリからそう言われたことにアスランは動揺した。
 この十年、俺の存在は君の迷惑だったんだろうか。
「代表は最後に、こうも言っていたぞ。『お前がそばにいてくれたおかげで、私はこの十年を歩いてこれた。感謝している。ずっとそばにいてくれてありがとう』とな」
「カガリ……」
 そんな、感謝するのは俺の方なのに。
 アスランはぐっと拳を握りしめ、握り込んだ小箱に気づいて慌てて拳を開いた。
 意を決して、おそるおそる、小箱を開ける。
 深紅の布で覆われた台座に、シンプルなプラチナリングがきらりと光を弾いて嵌められていた。
「俺……幸せになっていいのかな」
「当たり前だ」
 アイスブルーがまっすぐにアスランを貫く。
 イザークが手を差し出す。
「俺を選べ、アスラン。幸せにしてやる」
 何度も差し伸ばされた手。
 でもそれを素直に受け取ったことはなかったかもしれない。なのにイザークは、まだ手を差し出してくれるのか。
 イザークはアスランを見ている。
 唐突に、そうか、と思った。
 十年前、ただの戦友に戻ってしまうのは嫌だと思った。戻れば、イザークがこんなふうにアスランを見ることもなくなるから。それは嫌だった。どうしてそう感じるのか、わからなかった。
 理由なんて、そんなのはもうただの独占欲でしかないのに。気づくのに、十年もかかってしまった。
「……俺って、本当に鈍いんだな」
「何をいまさら」
 アスランはイザークの手を、取った。
「わっ!」
 そのまま引っ張られて、アスランはイザークに抱きしめられる。
「…………十年も、待たせてごめん」
 イザークの肩に額を押しつけるようにして言うと、耳元でフッと笑う気配がした。
「構わん。これで貴様は、俺のものだ」
 ストレートに言われて、頬が熱を持つ。イザークの声が甘く耳に響く。
「結婚しよう、アスラン」
「……うん」
 アスランはもぞもぞとイザークの腕から抜け出した。
「じゃあ、これ……イザークが嵌めてくれ」
「ああ」
 イザークが指輪をアスランの左手の薬指に嵌める。
 アスランは確かめるように指輪を撫でる。よく指のサイズがわかったな、と場違いなことを考えた。
 そんなアスランの考えなどお見通しのようなイザークは一つため息をつき、アスランの顎をつかんで顔を上向けさせた。
 アイスブルーとエメラルドが交錯する。
 これが何を意味しているかわからないほど初ではない。アスランはゆっくりと目を閉じた。
 指を絡めて、十年目のファーストキス。
 遠くで、鐘の音が聞こえたような気がした。


2012.12.25


 
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