十年目のPropose」と同設定


十年目のHoneymoon



 宇宙空間に浮かぶ、数多の砂時計。
 生命の存在を許さぬ星の海にあるそれは、儚くも美しい、アスランの故郷だ。
 アスランはシャトルの窓からプラントを感慨深く眺めた。
 ──帰ってきた。
 思えばプラントで過ごした時間は月やオーブと比べて長くはなかったが、そう感じる。
 窓から視線を戻し、膝の上に置いた自分の左手に目をやる。その薬指にはプラチナリングが嵌まっている。
 十年越しのイザークからのプロポーズを受けて、四ヶ月。
 オーブでの引き継ぎだのプラントでの市民権復活だのとなんだかんだ時間がかかってしまったが、アスランは今日、プラントに帰ってきたのだ。
 港に降り立ったアスランは、人込みの中でも目立つ銀髪を見つけて目を瞬かせた。
「イザーク! 迎えに来てくれたのか!」
 駆け寄ると、私服姿のイザークは意地悪く笑った。
「貴様が道に迷ったりしたら事だからな」
「誰が迷うか」
「ふん、どうだか。何せ貴様は抜けている」
「言ってくれるな」
 二人は軽口を叩き合って、屈託なく笑い合う。
 イザークとこんなふうに笑い合う日が来るなんて、十年前は思わなかった。彼にはいつもいつも迷惑をかけて、怒られてばかりだったのに。
 港を出たアスランは首を傾げた。てっきりエレカで迎えに来たと思っていたのだが。
 その様子を察したイザークが口を開く。
「最初はエレカで迎えに来るつもりだったが、思い直した。貴様は、街を見るのはずいぶんと久しぶりだろう」
 この十年でアスランがプラントに来たのは、数えられる程度しかない。
 二度目の大戦後、ラクスは評議会に請われ、招請を受けて議長の座に着いた。そのラクスとオーブ代表首長であるカガリが親しいことで、両国の関係は良好なものになっていった。だがオーブは中立の国だ。トップ同士が個人的に親しくても、オーブはプラントに寄りすぎてはいけない。ラクスとていつまでも議長でいるわけではないのだ。現に彼女は先年、議長の座から退いた。けれどそれで国交に影響が出るようなことはもちろんなく、いまや慣例化したオーブ代表首長のプラントへの公式訪問が年に一度ある。アスランがプラントに足を踏み入れるのはそのときだけで、それでも訪問中はあまり大使館から出ないようにしていた。カガリが私的に友人を訪うときでさえもアスランは一人オーブに残った。
 それがアスランの──せめてものけじめだったのだ。
「イザーク……」
 彼の気遣いが嬉しい。プラントの街並みを見るのは、本当に久しぶりだった。
「……ほら」
 アスランが笑うと、スッとイザークが右手を差し出した。アスランはそれを見下ろす。
「……なんだ?」
「わからんのか。貴様それでも軍人か!」
「いまは民間人だけど」
 プラントでイザークと暮らすためにオーブ軍は退役したし、ザフトに戻ると決めたわけでもない。そもそもいまさら戻れはしないだろう。
 それでも以前とは違って亡命者ではないし、アスランは正真正銘の民間人だった。
「では訂正する。貴様それでも元軍人か!」
「だからなんだよ」
 怪訝に眉を寄せたアスランのそばを、手を繋いだカップルが通りすぎていった。なんとなくカップルを目で追い、繋がれた手に目が釘付けになり、イザークに視線を戻す。
「………………」
 そしてもう一度、差し出された右手を見た。
「お前……ッ!」
 一瞬で顔が真っ赤になった。
 こんな街中で、手を繋ごうと言っているのか!? 三十路過ぎの男同士が!?
「そっ……」
 そんな恥ずかしいことできるわけないだろう──そう叫びかけたアスランは、はたと気づいた。
 イザークがそっぽを向いた。その横顔がほんのり赤い。
 恥ずかしいのは、イザークも同じなのかもしれない。
 あの日、アスランはこの手を取ろうと思った。何度も何度も差し出された手を、ようやく。そして、これからは素直に差し出された手を取ろうと決めたのだ。
「……イザーク」
 ギュッと手を握り、指を絡めた。
「俺は、お前の恋人だもんな」
 同性愛の認められないプラントで、アスランはイザークと生きていくことを決めた。
 それならば、表で手を繋ぐ。それしきのことができなくてどうするのだ。
 イザークが指を絡め返した。
「訂正しろ。恋人じゃない──婚約者だ」
 アスランは目を丸くし、笑った。
「そうだったな。すまない、婚約者殿?」
「ふん、行くぞ」
 グイと手を引かれる。人目は気にならなかった。
 十年前の自分なら、きっと人目を気にしてイザークと手を繋ぐことはできなかっただろう。こんなところでも年月の経過を実感する。
 手を繋いで、懐かしいけれどどこか目新しい街を歩く。
 あの店は知ってる。このマンションは知らない。こんなところに公園なんてできたのか。ああ、あれ懐かしいな。
「あれ? なあイザーク、確か官舎はあっちだろう? それとも移転したのか?」
 アスランはイザークと一緒に暮らすことになっている。
 官舎住まいと聞いていたのにイザークがザフトの官舎とは違う方角へ向かったので、アスランは足を止めて尋ねた。
「官舎を出て家を買ったんだ。官舎は独身用だから、貴様と暮らすには少し手狭だったしな」
「ふぅん」
 独身用と言っても、『白』の部屋ならそう手狭でもないと思うけど。でも、独身用で同棲はまずいかもしれない。もちろん夫婦用の官舎もあるが、それを使えるのは法的に婚姻を結んだ夫婦だけだ。自分たちでは使えない。
 オーブでの暮らしが長かったおかげでというべきか、アスランは日常生活ではしっかりした経済観念を持っている。だが、なぜか一定レベルを超えると途端に金銭感覚がザラ家の子息に戻ってしまうという厄介な癖を持っていた。なのでイザークがさらっと告げた「家を買った」発言はあっさりスルーして、アスランは納得した。
 港からここまで、途中バスに乗ったりもしたが結構な距離を歩いた。けれど現役軍人と退役したばかりの元軍人の二人はさして疲れた様子もなく歩き続ける。
 やがて閑静な住宅街に入り、アスランはきょろきょろ辺りを見渡す。
 緑の多い、落ち着いたところだ。アスラン好みの場所だが、邸宅と呼ぶに相応しい建物しか見当たらないここに集合住宅があるのだろうか。
「ここだ、着いたぞ」
「え……?」
 イザークが差す指先を追ったアスランは、ぽかんと口を開けた。
 重々しい黒の門扉。ぐるりと中を囲う白い塀。閉ざされた門扉でよく見えないが、ここが二人で住むには充分すぎる広さの一軒家であることはわかった。
「イザーク! 家を買ったって、アパートメントじゃなかったのか!?」
「俺は『家』を買ったと言っただろうが」
「そうだけど……でもお前、一軒家って!」
 買ったのがもし家ではなく部屋だったとしたら頓着しないというこのズレた反応もまた、アスランがアスランたる所以である。
「ようやく貴様と暮らせるんだぞ。俺がそうしたかったんだ。事実上の結婚生活を、ザフトの官舎なんて味気ない場所で過ごしたくはなかったしな。……嫌だったか?」
 いつだって自信に満ちているイザークが不安そうに表情を曇らせる。そのめずらしい姿にドキリとして、アスランはもじもじと首を横に振った。
「い、いけなくないけど……」
 照れからぼそぼそと答えてうつむいたアスランは知らない。それまでの不安げな瞳はどこへやら、イザークの瞳がきらりと勝利に輝いていたことを。彼は確信犯だった。
 イザークが門扉の脇にある液晶画面に顔をかざした。網膜認証システムらしい。
 なめらかに門扉が開く。アスランはイザークに手を引かれて玄関に向かう。きょろきょろと落ち着かない気分で辺りを見回せば、緑に溢れた庭もとても広かった。たとえば犬を飼っても走り回って遊ぶスペースには困らないだろう。ガーデンパーティーだってできそうだ。
 そしてアスランは遠慮がちにそっと、これから『我が家』となる家を見上げた。
 二階建ての屋根は渋味のあるブルー。壁は優しい色合いの赤煉瓦だ。扉は白。一階にはテラス、二階にはバルコニーも見えた。
 じわりと、アスランの胸に感動めいたものが広がる。
 彼は自分がそうしたかったからだと言ったけれど、この家はアスランのためでもあるのだ。
 ここが、イザークが、アスランの帰る場所になる。
 それは無意識にずっとアスランが望んでいたものだ。キラもラクスもカガリも、アスランを大事にはしてくれたけれど、そこはアスランの帰る場所ではなかった。それなりには幸せだったけれど、本当は欲しかった。
 アスランだけの帰る場所が。アスランだけを迎えてくれる場所が。
 そしてようやく──手に入れた。
「……ありがとう……」
 アスランが言葉とともに握る手に力を込めれば、イザークも答えるように握り返してきた。
「──おかえり、アスラン」
「……ただいま、イザーク」
 二人は互いに見つめ合い、微笑み合った。


 ──二人の蜜月が、いま、始まる。




2013.2.18


 
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