お茶会とは言い切れない
「ねぇシュエ、この後時間ある?」
授業が終わり、教材を鞄に詰めていた時に声をかけてきたのはエマだった。可愛い顔して毒を吐く末恐ろしい友人だが、普通にしているとただの美人さんである。
エマの問いかけにちらっと横目で時計を確認する。悟飯が授業終わるのはまだまだ先だしなぁ。待ってる間暇だし。
「少しだけなら空いてるよ。どうかした?」
「先週ね、この近くにケーキ屋さんができたの。ちらっと見たけど多分シュエ好み。行く?」
「え、行きたい行きたいすっごい気になる!ちょ、待ってすぐ片づけるから」
「はいよ」
かたん、と近くの椅子を引いて腰かけたエマを横目に慌てて帰り支度を再開させる。肩に鞄をひっかけて、エマに終わったよと声をかけるとのっそりと立ち上がった。
「遅い」
「ごめんって。じゃあ行こうか。案内よろしく」
「はいはい。こっちよ」
塾を出て、てくてくと歩道をエマについていく。近くといっても少し歩く距離だったみたいで、大体10分くらいだろうか。大通りに面したところにこじんまりと建っているそこがエマおすすめのケーキ屋さんらしい。外装は可愛いというよりどっちかというとアンティークに近い。ケーキ屋というより喫茶店と言われた方がなんとなくしっくりくるなぁ。
「シュエ、なにやってんの。入るよ」
「あ、うん」
いつの間にかドアを開けていたらしいエマがひょっこりと顔を覗かせて私を見ていた。視線が「早くしろ」と言いたげだよエマさんや。
苦笑しつつもエマが開けてくれているドアの隙間に体を滑り込ませ、店内に入る。外装と同じようにアンティーク調で揃えた店内は全体的に落ち着いた雰囲気をしていて、イートインコーナーだけでなくいろんなジャンルの本やレコードが所狭しとおいてある。見た目と違い、内装が意外と広いらしい。そしてエマ曰く、壁のレコードはお客さんが聞きたいものをオーナーに持っていけば蓄音機で流してくれるらしい。素敵だ。素敵すぎるぞこの店。
店員さんに案内された客席でほぅっとため息をつきながらキョロキョロと見渡していると、向かいに座るエマがくすり、と笑った。
「どう?あんたこういうの好きでしょ?」
「すっごく好き。エマありがとう好き大好き愛してる」
「気持ち悪い」
「ひどい!」
まぁ、エマが辛辣なのは今に始まったことじゃないんだけどね。メニュー表とにらめっこしながらどれにしようか迷ってると、いつの間にか注文するものを決めていたらしいエマが店員さんを呼んでいた。ちょちょちょちょお!!早い、早すぎるよエマッ!!私まだ決まってない!!
「このガトーショコラとブレンドコーヒーのセットで」
「かしこまりました。お連れ様はどうしますか?」
「ぅえッ…!?えっと…うーん…じゃあ、お姉さんのおすすめはどれですか?」
「私のですか?」
「はい」
「私はね、このフルーツタルトとアールグレイをよく一緒に食べますよ。店員の贔屓目なしにオーナーの作るケーキはどれもおいしいですから、あくまで参考程度に、ね?」
「ふふ、ありがとうございます。でも今日はお姉さんのおすすめをいただきます」
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね」
ぱたぱたと厨房の方へ去っていくお姉さんの背中を見送りながら再びメニュー表に視線を落とす。さっきのお姉さんの言う通り、どれもこれもおいしそうなケーキでいっぱいだ。いっそのこと全部食べたい。…通おうかな。
「……シュエってさ、案外誰でもさらっとコミュニケーションとるよね」
「誰でもって…そんな尻軽女みたいに言わないでよ…」
「いや、誰もそんなこと言ってないから」
「…まぁ、人と喋るのは嫌いではないよ。特に初めて来たお店とか、喫茶店とかケーキ屋さんとか。お母さんやブルマさんママと一緒に来た時だって、まず初めにその人のおすすめを聞くかなぁ」
「なんで?」
「だって、その人のおすすめのものを私も食べてみたいっていうかなんというか…まぁ、そんな感じ?よくわかんない」
「変わってるわね」
「そう?」
まぁ、確かに前世のころは絶対にしなかったであろうことをさらっとできるようになったというか、するようになったのは正直自分でもすごく驚いてる。私個人としては、何注文するか迷った時には必ず店員さんにおすすめのものを聞くようにしている。やっぱりおいしいものを食べたいじゃない?そういうことだよ。
「お待たせしました」
少ししたらさっきと同じお姉さんが私とエマのケーキを持ってきてくれた。ことり、と目の前に置かれるケーキを目の当たりにして思わず感嘆の声を上げた。上げざるを得なかった。だってだって、1つ1つがつやつやキラキラ光っててすごくきれいなんだもん。スポンジの上に宝石がたくさんのってるみたい。
子供みたいにケーキに見入っていた私をエマとお姉さんがくすり、と笑い、なんだかすっごく恥ずかしくなった。なんだいなんだい、どうせ私は子供っぽいですよーっと。
「…うわ、うんま」
「でしょ?シュエ甘いもの好きだからね。連れてきてよかったよ」
「うん!ありがとうね、エマ」
「…お礼なんていいわよ」
ぷいッとそっぽを向いたエマだが、耳が真っ赤なの私は知ってるよ。まったくツンデレさんめ。カレンさんもツンデレだけど、エマも大概だよね。私の周りにはツンデレしかいないのか。
アールグレイの紅茶もとてもいい香りで、一口飲んだだけで胸の奥がなんだかほっこりした。
「ふー、おいしかったぁ。私ここ通いそうだよ。今度ブルマさんママに教えてあげよっと」
「弟さんも連れてきてあげたら?」
「ん、そうする」
もきゅもきゅとおいしそうにケーキを頬張る悟飯を想像してみた。…うん、可愛い。
「…顔、緩んでるわよ」
「え、まじか」
きりッと真顔に戻すとエマは露骨にため息を吐いた。ちょ…傷付くんだけど…
「いつも思うけど、あんたたち本当に仲がいいわよね。今日も一緒に登校してたの見てたよ」
「まぁ、家族だし。それに同じ塾だからねぇ」
「ふーん」
エマの言葉に正直ドキッとした。仲がいいのは今も昔も変わらないけれど、私と悟飯には人には言えない絶対的な秘密があるから。姉弟でそういう関係とか、もし知られてしまったらいくらエマでも私を軽蔑するだろう。だから、悟られないように、バレないように、隠し通さないといけない。
ふと壁の時計を見上げると、針は夕方の15時40分を指していた。いつの間にか結構時間が経っていたらしく、気付けばもうすぐ悟飯の授業が終わる時間だった。
やっば、早く待ち合わせ場所行かないと。
「ごめんエマ、そろそろ悟飯の授業が終わるから戻らないと」
「もうそんな時間?それじゃ、帰ろうか」
「ごめんね?」
「いいよ。あんたも一応お姉ちゃんの仕事してるわけなんだし」
伝票をレジに持っていきお会計をすませる。ごちそうさまでした、と告げ店から出ようとすれば、さっきのお姉さんが小さな箱を2つ抱えてやってきた。私とエマはそろって首を同じ方向に傾げる。
「引き止めちゃってごめんね。これ、オーナーがあなたたち2人にって詰めてくれたの」
「え!?そんな、いいですいいです!ここのケーキすっごくおいしかったから、また来ますんで…」
「それはそれ、これはこれ。オーナーがおいしいおいしいって食べてくれるあなたたちのことを気に入ったみたいでね、ぜひお土産に渡してくれって。…それとね、ここだけの話、これ次の新作のケーキなの」
「「…!」」
「私も1つ作ったんだけどね、よかったら感想聞かせてほしいなぁ」
いたずらっ子のように笑うお姉さんに私たちは観念して白い小さな箱を受け取った。そんなこと言われちゃったら、断ることなんてできないじゃないのさ…
「…ありがとうございます。帰ったらおいしくいただきますね」
「はい!」
からんからん、と鳴り響くベルの音を聞きながら店を出る。思わぬ手土産に私とエマは顔を見合わせ、どちらかともなく笑いあった。
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最近オリキャラとの絡みが多すぎて…
☆エマ
夢主と同じ塾に通うクラスメイト。ナガトと同じくらい仲がいい。
見た目はとても美人さん。けれどひとたび口を開けば毒舌の嵐。残念な美人。
薄い栗色のセミロングに葡萄色の目。
以上オリキャラでした。
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