悪夢再来
楽しみにしていた分、思いのほか落胆は大きかったらしい。
私らしくない。なんて、もうそんなことはないのだけれど、どうしても考えてしまう。
「(あの子と出会う前は、何かに楽しみを見出したりしなかったものね)」
自分のことで精一杯で、他の人のことなんて考える余裕なんてなかった。私が放つ言葉で誰かが傷つこうが落ちこもうが、構ってられなかった。
…けど。
「(シュエがずっと一緒にいてくるたから…)」
どんなに悪態をつこうがどんなにひどい言葉を浴びせようが、全部なんでもない顔してそばにいてくれるから。こんな私の手を離さないでいてくれたから、私は周りにも、自分自身にも優しくなれたような気がする。
通い慣れた街の商店街を歩く。
ロゼと分担して買い出しに来ている今、私の担当は足りない調味料やお肉の調達だった。
ロゼがハンバーグを作ってくれるって言うから、ちょっぴり嬉しくて若干いいお肉を買ってしまった。
「〜♪、♪♪〜…」
「…………失礼、お嬢さん」
そろそろロゼと待ち合わせした場所に向かおうと歩いている時、ふと見知らぬ男に声をかけられる。
長身で、夜みたいな色をした髪をたずさえた彼は、おじさんと言うには随分歳若い印象だった。
「え?」
「いや、ハンカチを落としたみたいだったからね。これは君のだろう?」
差し出す男の手には、たしかに私のお気に入りのハンカチが握られていた。
「いつの間に…。わざわざ拾っていただいて、ありがとうございます」
「いいんだ。困った時はお互い様だからね。…それに」
「…!!」
ぐいッ。突如腕をひかれて前につんのめる。咄嗟に手放してしまったらしい買い物カゴは道端に散らばり、中身がぶちまけられていた。
……それより、さっきまでの雰囲気とはまるで違う目の前の男にぶるり、背が震える。
なんだ…なんなんだこの男は…!!
「私はいいものを見つけた。まさかこんなところに隠れているだなんて思わなかったよ」
「!!あ、あなたはッ…!!」
にたり、と口元を歪め、さっきまで発していた声とは全く別の声が発せられ、そして聞き覚えのあるその声に今度こそ全身か震えた。
「なんで…、なんであなたがここにいるの…!?」
「君は昔から質問が好きだな。…前にも言ったろ?」
それは、君が鍵であるからにしてほかならない。
耳元で呟かれた彼の言葉に、数年前の悲劇が脳裏を過る。
錬金術の叡智だと宣って両親を殺し、国を滅ぼし、禁忌に触れたこの男が…!!こいつが…!!
「その歌は皇族の一部しか知らない」
「!!!」
さっきの、鼻歌…!?無意識に、母が歌ってくれたあの歌を発していたというの…!?だとしたら、単なる私の失態…!
「お嬢様?」
ふと、背後で聞きなれた声が飛んできた。ゆっくりと振り返ると、不思議そうに首を傾げるロゼがいて。そして、私のすぐ近くにいる男を見た瞬間、彼女の目が大きく開かれた。
「お、前…!!」
「おやおや、どうやら死に損ないもいたらしい」
「姫様からッ…!!離れろ!!!」
ロゼが隠し持っていた銃を放つ。弾丸は地面に触れた瞬間、赤い炎が火柱となって立ち上った。
「うわッ!な、なんだ!?」
「急に火が…!みんな逃げろー!!」
「(街の人が…!)ッ、ロゼ!!」
「うぁああああ!!!」
だんッ!だんッ!
手当り次第に撃ちまくるロゼは周りの様子がわかっていない。おかげで男からの拘束は逃れることができたけど、これじゃあここが火の海になってしまう。
「ロゼ、ロゼ!やめなさい!」
「ですが姫様!!今この場であいつを仕留めないと姫様が…………ッあ!?」
「、ロゼッ!」
「全く、ほんっとうに面倒な女だな」
ロゼの腹部に当たった風の塊。その反動で吹き飛ばされたロゼはビルの中に背中から突っ込んでいった。
「あなた、ロゼになんてことを!!」
「この程度であの女が死にやしないさ!…さて、これで君を守ってくれる人間はいなくなったわけだけど」
「ッ…」
「もちろん、手伝ってくれるだろう?」
彼は私の目の前に手を翳した。ぼんやりと赤く発光するそれにだんだんと瞼が重くなって、それで…
「準備が整った。真に神へといたらしめん楔を解き放つのだ」
シュエ……
シュエ、どうか…
助けて…
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