きゅう
「ねぇベジット、どこに行くの?」
ざくざく。落ち葉を踏む音だけが森の中に木霊する。
ベランダで寛いでいたら、唐突に部屋にベジットがやって来ていいところに連れてってやるって言われて連れてこられた先がこの森だ。
いいところ、と聞いて少し期待したけれど、森といえば花畑とか綺麗な景色とか、2人っきりになるには絶好のシチュエーションがある事に気付いた。ものは考えようよね。
けど、さっきからベジットは黙々と足を動かすばかり。いつもなら素敵な笑顔で振り返ってくれるんだけど、どうしたのかしら。
「ねぇったら!」
「………うるさい女だな」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
立ち止まったベジットに釣られて私の足も止まる。そうしてゆっくりと振り返ったベジットの表情に思わず喉が引き攣った。
「ここまで鈍ければただのバカか、それともわざと気付かないふりをしているのか…。ま、どっちにしろ俺がやることは変わりねぇんだがな」
ついさっきまでの笑顔と違い、振り返ったベジットの目が凍てつくように冷たい。
「何を…」
「まだわかんねぇか?…あぁ、わかりたくないのか。そりゃそうだよな。今の今まで優しくしてくれてた男に急に手のひらを返されちゃ。お前は俺がお前の事を好いていると思い込んでいたみたいだが、俺はただそれを利用しただけに過ぎない。全てはシュエを取り返すため。お前が俺からシュエを奪うから。一心にシュエの想いを受け止めるから」
何を言っているんだろう。私にはベジットが語る言葉の大半が理解できなかった。私がベジットからあの女を奪う?冗談!逆よ逆!あの女が私からベジットたちを取ろうとしたから、こうするしかなかったの!
けど、ベジットの鋭い眼光に当てられて私の口はぱくぱくとただ開閉するだけで、音が紡がれることはなかった。
一歩。一歩後退る。あれほど大好きだったベジットが、今はただ恐ろしくて仕方がない。
誰だ。あんたはベジットなんかじゃない。ベジットは強くてかっこよくてニヒルに笑う顔が素敵で圧倒的で自信家で計算高い知略家で…!
そんな、歪んだ笑みを浮かべるような人じゃない!!
「おかしいなぁ、俺はそんな奴知らねぇよ」
「ッ!!」
ガラガラと私の中のベジットが崩れていく。どうして逆ハー補正が効いてないの…?だって、神様からもらった特典なのよ…!?おかしいじゃない!効かないはずない!効いてないはずがない!だって…!
そこまで考えて、一番最初に抱いた違和感を思い出した。
初めてベジットと出会った時、一瞬だけと逆ハー補正が効いてないんじゃないかって思った時がある。けどそれはほんの一瞬で、気のせいだと思っていたのに。
「(気のせいじゃなかった。ベジットは効いたふりをしてわざと私に近付いたんだ)」
「貴様がいなくなれば、今度こそシュエは俺を見てくれる。俺だけを見てくれる。悟飯でも、ゴジータでもなく、ただ俺だけを…」
ベジットの手のひらに青い光が集まっていく。あぁ、私はここでベジットに殺されるのか。
逃げたい。死にたくない。けど、腰が抜けて、足が竦んで立てない。
「頼む…………俺のために消えてくれ」
そして、視界いっぱいに青い閃光で覆われた時、私の脳内を掠めたのは自分でも驚くような事だった。
「(可哀想なシュエちゃん)」
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