はち
固くて痛いであろう地面にぶつかるはずだった。けれどどういう訳か、私の体は痛みどころか、逆にふわふわと謎の浮遊感を感じていた。
………え、死んだ?私死んだの?
「何馬鹿なこと言ってんだ。そんなわけないだろ」
「ファッ!?」
ぎゃああああああああ!!!なんか…!!なんか知らない人にお姫様抱っこされてるんだけどおおおおお!!誰!?あんた誰!??しかも裸ベストとか…!!変態かよ!!
大いに戸惑っている私の雰囲気を察したのか、裸ベストの人(あれ、なんか見たことあるような服…)は盛大なため息を吐き、じっとりと私を睨めつけてきた。
「お前、本当にわからないのか?」
「え…えッ…!?存じ上げませんけど…!?」
「はぁ…これは、悟空とベジータが合体した姿だ。フュージョンって知ってるだろ」
「ふゅーじょん…」
「フュージョン」
あ………あー……あーー……。悟天とトランクスくんがやってたあれか…。2人の動きが完全にマッチしないと成功しない低確率合体。しかもコスト悪し。
……ってことは、え!?ベジータさん、お父さんと合体したの!?ポタラの時でもアホほど嫌がってたのに!?よくあの変な動きできたな…ぶち切れると思ったんだけど…
何はともあれ、裸ベストの人(めちゃくちゃ訂正された)は地面に衝突寸前だった私を助けてくれたようで、お姫様抱っこをしたまま岩陰に隠れているブルマさんのところまで連れていってくれた。
「ブルマ、シュエを頼んだ」
「もー!!絶対こうなると思ったんだから!!」
「ご、ごめんなさ……いッ」
「どうした?」
「うぐッ…肩、外れちゃってさ…自分ではめれないんだよね…」
「ブルマは…」
「無理に決まってんでしょ。あたし医者じゃないんだから」
「……後で入れてやるから、それまで我慢できるか?」
「うん」
「よし。いい子にしてるんだぞ」
ゴジータさん(なんかさん付けしないといけない気がした)はぽんぽんと、まるで私の頭を子供みたいになでつけると瞬く間にウイスさんと交戦するブロリーさんのところへ行ってしまった。
「……なんだ、このとてつもない違和感は」
お父さんとベジータさんが合体したんだよ、ね…?なのになんだこの“これじゃない”感。お父さんはともかく、ベジータさんは過保護だけど露骨に子供扱いはしてこない。
…性格は若干お父さん寄り…?それともお父さんとベジータさんの上に成り立つゴジータさんと言う新しい人格…?
わからん…わからんぞ…!
「シュエちゃん、大丈夫?」
「えぁ…!?あ、はい、何とか…」
「まさか孫くんとベジータがフュージョンするなんてねぇ」
「さっき瞬間移動したのは合体するためだったんですね」
ウイスさんとブルマさんがしみじみと話している。いや、本当にそれだよ。
ゴジータさんは驚くほど強かった。私はともかくお父さんやベジータ、フリーザが手こずったブロリーさんをいとも簡単にいなしている。それどころか余裕綽々と言いたげに口元の笑みは崩れない。
ゴジータさんとブロリーさんが打ち合う度に地面が割れる。マグマが吹き出し、岩底に溜まる。
激しくぶつかり合い、ついにブロリーさんの体制が崩れた。それを見逃さないゴジータさんは追撃の嵐。
「だりゃあああああああ!!」
………………待って。
「あぐッ…うぉぉああああああ!!!」
ねぇ、待った。ちょい待ち。
「はぁぁああああ…!!たぁああああああ!!!」
あの人、マジでブロリーさんを殺しにかかってるんじゃないの!?いや、本気でやらないとブロリーさんには勝てないけど、あれはやりすぎって言うか、容赦ないというか…!決して正気に戻すためではないよね!?
「ね、ねぇウイスさん…!ゴジータさんやりすぎじゃない…!?」
「そうですねぇ。あのままじゃ死んでしまうかも」
「え"ッ」
ばッ!
勢いよく戦っている2人に目を向けると、ブロリーさんがゴジータさんに圧倒されている。
容赦ないゴジータさんの追撃の嵐。そしてついに、ブロリーさんの体制が崩れた。
息をする間もないほどの猛攻は確実にブロリーさんを追い詰める。そうして青色サイヤ人になったゴジータさんの攻撃はさらに激しさを増すのだった。
そんな時、不意に空が不自然に暗くなる。遠くの方に黄金に輝く見覚えのあるでかい龍はきっと神龍だろう。一体誰が召喚したんだ…?フリーザではなさそうだけど…
「素晴らしい!これでいよいよ決着が着くかもしれませんねぇ」
「!」
ウイスさんの言葉に背筋が凍った。
決着が着くってことは、ゴジータさん、本気でブロリーさんを殺す気なんじゃ…
「かぁー…めぇー…」
呆然とウイスさんを見つめていたら、視界の隅で青い閃光が瞬いた。膨れ上がるただでさえでかいゴジータさんの気。そして見覚えのありすぎるあのフォーム。
「待って…!だめ!」
ゴジータさんは、本気だ。
いくらブロリーさんでも、あんなものをまともに食らったら無事じゃすまない。
「はぁー…めぇー…」
「ゴジータさん!」
なんとか止めようと声を張り上げるものの、私の声はゴジータさんにまで届かないらしい。
どうにか空を飛ぶまで回復した気をフル稼働させて空を翔ける。
そして…
「波ぁぁああああああああ!!!」
「だめぇええええええ!!!」
迫り来るかめはめ波とブロリーさんの間に体を滑り込ませ、動く左腕をめいいっぱい広げる。
瞬く閃光の向こうでゴジータさんの目が限界までかっ開いたのが見えた気がした。
「ッ…!」
あまりの眩しさに目を瞑ろうとした瞬間、あらぬ方向にかめはめ波の軌道が逸れた。同時に、背後から消えるブロリーさんの気配。
恐る恐る振り返ると、そこにはブロリーさんの姿はおろか、気の残留さえも残っていなかった。
「はッ…はぁッ…」
助かった…。
そう理解した瞬間、一気に冷や汗が流れ落ちた。バクバクと今にも口から飛び出そうなくらい早鐘を打つ心臓を抑え付けるように胸元を掴んだ。
「……」
ふと、つかつかとおっそろしいほど険しい顔をしたゴジータさんが近付いているのに気付いた。あ、これはお約束のあのパターンじゃなかろうか。
ーばちぃぃいいいん!
なんて、頭によぎった瞬間片頬に訪れるとんでも衝撃に軽く体が仰け反った。仰け反るだけですんだってことは、それほど手加減してくれたということだ。
けれど、痛いものは痛い。
よく見ると、ゴジータさんが振り抜いた腕がびっくりするほど震えていた。
「お前、自分が何をしたのかわかってんのか!?俺があと一瞬でも気付くのが遅れたら、今頃お前は…!!」
「殺そうとしたでしょ」
「は…」
「本気で、ブロリーさんを殺そうとしたでしょ!!」
「、」
「こっちのセリフだ!!サイヤ人の性かなんか知らないけど!!私たちの目的はブロリーさんを“止める”ことであって“殺す”ことじゃない!!あんたこそ私が飛び出さなかったら当てるつもりだっただろ!!」
掴みかかるようにして胸ぐらを掴みあげると、ぼたぼたと馬鹿みたいに目から熱いものがこぼれ落ちる。何歳だよ、泣くなんてみっともない。女はすぐに泣くとか言われたくないから泣くのずっと我慢してたのに、なんで今更。
ゴジータさんもまさか私が泣くなんて思っていなかったのか、ぎょッと体をびくつかせた。大の男がそんなことしてもかわいくないんだぞおおお!!!
「そ、それに…!私だって死のうと突っ込んでいったわけじゃないし…!そりゃ昔は悟飯に戦ってほしくないって思ってたし、みんなに怪我とかしてほしくないから敵わないってわかってても戦ってたけどッ!!」
「お、おい…」
「今回戦ってたのだって、フリーザがいたから…!2人でならどうにかなるって思ったからで…!」
「シュエ…」
「誰だってお父さんがピンチなら助けたいって思うじゃん!ラディッツの時のあれ、結構トラウマなんだからね!私を…!邪魔者扱いみたいにしないでよ!ばかぁああ…!!」
ついつい子供みたいに泣き叫んでしまった。こんなのただの自分の中で正当化された言い訳に過ぎなくて、昔のようにお父さんが私に頼ってくれなくなった事が悔しくて仕方がなくて。
けどそれは、戦うことをやめた私への報いなのだ。
止めよう、止めようと何度も拭っても、涙は止まるどころかむしろどんどん溢れ出てくる。
あーもう!!これだから涙腺はッ!!
「わ、悪い…」
ごしごしと目元を擦っているとやんわりと腕を取られ、そのまま抱きすくめられた。鼻をすすりながら目線だけで見上げると、さっきまできりりとしていたゴジータさんの眉がへちょん、と垂れ下がっていた。小動物かよ。
「頭ではわかってたんだけど、ブロリーのやつ強いから、ついつい加減ができなくなっちまって…。それに、やっぱりシュエは女の子だから、あまり傷とか作ってほしくないんだ」
「言い訳すんなおっさん!」
「おっさ…!?」
「いい歳こいてんだろ!……私、きっとまた今回みたいに中途半端に首突っ込むよ。けど、後悔とかしてないから。だって、戦える力があるのに何もしないのはただの傲慢だもの。私はたとえ弱くなったとしても、抗うことはやめない」
「……」
なんか、歳を重ねる事に口が悪くなってきてるような気がするんだけど。神経が図太くなっただけなのかなんなのかわかんないけど、よろしくない傾向だと思う。治す気ないけど。
最後にぐいッと目尻に溜まる涙を拭う。
「…でも、助けてくれてありがとう。本当に」
「…ん」
さっきしばかれた頬をゴジータさんの大きな手が包む。なんとなく、ゴジータさんの雰囲気がお父さんに似ているからか安心する。
目を細めて擦り寄ると、頭上から「んんん…!」と唸り声が聞こえた。なんやねん。
「なんやねん」
「いや、別に…」
だから、困った顔してそっぽ向いてもかわいくないってばよ。
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